俺の友人を紹介します

 いくつかのグループに分かれた生徒たちが廊下や教室で思い思いの話に花を咲かせている——。


 私立御影池みのいけ高等学校。

 昨年改築されたばかりの真新しい校舎は所々に木材を使用した素朴な造りで、可もなく不可もなく……。

 在校の生徒数もそこそこ。学力もそこそこ。

 特に制服のデザインがいい訳でもない。

 まあ、だいたいが平均的な高校だ。


 ぺたぺたと学校指定のスリッパを鳴らしながら翔は人垣を縫うように歩く。

 1年6組の開け放たれた扉をくぐり窓際から2列目、後ろから3番目……。

 自席に着くと近付いてきた気配に振り返る。


「よーっす! 今日も朝から不機嫌そうだな」


 カラリと無邪気な笑顔を携えて声を掛けてきたのは、短く切り揃えられた髪が快活な印象を与えながらも愛用の丸眼鏡が何とも言いがたい弱々しさを醸し出している男子生徒。

 多島たじま京介けいすけだ。


 そうと認識した瞬間に翔は開き切っていない目を更に細めた。


 ……下がり気味の口角と気怠げな目元から、しばし、周囲には悪印象を与えてしまっているらしい。

 実際は何も考えていない場合が多いのだが。

 分かっていて「今日も」と述べる京介のそれはからかい以外の何物でもない。


「……はよ」

「んだよ、本当に機嫌わりぃのか?」

「いや。眠いだけだ」


 荷物を机の横に掛けた翔は席に座って目を瞑る。

 むうと眉間にシワを寄せ、顔をしかめさせると噛み殺しきれなかった欠伸を口から漏らした。


 その様子に京介はぱちりとまばたきを1つ。

 表情は呆れを含んだものへと変わる。


「また寝なかったのか?」

「2時には寝た」

「それ寝たうちに入らねーよ」


 ……プレドマに叩き起こされた脳はしばらくの間、冴え渡ってとてもじゃないが2度寝ができるような状態ではなくなる。

 設定した時間から寝過ごすというようなことは避けられるものの、根本的な睡眠不足が解消される訳ではなく、夜更かしの後なんかには時間差でやってくる睡魔に悩まされることになるのだ。


 翔は今、とても眠い。

 瞼が落ちきりそうな程にとても眠い……。

 いや、瞼はすでに落ち切っている。

 眠い。ともかく眠い。ひたすら眠い。


「……本を読んでたら気付くと2、3時間ぶっ飛んでんだよ……仕方ないだろ」


 夢の世界に片足どころか半身くらいは浸かっていそうなくらいぼんやりとした思考で会話を続ける翔に京介は無情な一言を返した。


「睡眠モード使って読めよ」


 違いない。

 様々なことが睡眠と平行して行える時代に高々読書で睡眠不足に陥るというのはナンセンスだ。


 ……しかし、相性や好みは人それぞれ。

 何にでも存在する。

 様々なことが睡眠と平行して行える時代になろうともアナログ派や旧機器派が消え去ることはないのだ。


「読書は起きてするに限る」


 紙媒体であればなお良し。


 翔は重度のエンプだが、だからこそ、ゲーム以外を目的にプレドマの睡眠モードを使用することはない。

 ただ現実を延長させただけの時間を『夢』と呼ぶ方がよっぽどナンセンスだと思ってもいる。


 ……まあ、それ以外の通話だとかネットだとか。

 外出モードを含めると生活から切り離せるものではなくなっている。

 完全なアナログ派とも旧機器派とも言いがたいが。


 それはそれ、これはこれってことで1つ。


「おはよう多島くん」

「あっ桜井さくらいさん!」


 不意に声を掛けてきた女子生徒に「おはよー」と返しながら京介は自身の頰が緩むのを自覚する。

 薄っすらと目を開けた翔はそのだらしない横顔を見て内心でため息を吐き出した。

 酷い眠気に襲われていなければ実際に口からこぼしていたことだろう。


 ——桜井さくらい璃乃りの

 セミロングの黒髪を二つに結っている。

 全体的にふわふわとした雰囲気が印象に深い女子生徒だ。


 席は翔の前。

 ついでにいうと京介はその斜め前。

 翔をダシによく話し掛けている彼の好意は傍から見ていてかなり分かりやすい。


「信山くんも。おはよう」

「……はよ」


 名指しされて無視する訳にもいかなかった。

 チラと京介から璃乃へ視線を移す。

 ……自分の冷めた対応はそれだけで人を遠ざけるようだが天然なのか鈍感なのか。

 おそらく前者だろうと思う。

 控えめに笑った璃乃に翔の態度を気にした様子はない。


「今日も眠そうだね」


 翔は答えなかった。


「夜中の2時まで本を読んでたんだってよ、こいつ」


 代わりに京介が答える。

 そうなの? と、首を傾げた璃乃にやはり翔は答えなかった。


 沈黙が落ちても我関せず。

 頬杖をついて目を閉じなおす始末。


 もちろん、突発的な難聴に陥った訳でもなければ話し掛けられているのが自分だということを理解していない訳でもない。

 ただ寝たい。

 何度も繰り返し言っているように酷く眠いのだ。


 故に話したいのなら2人で勝手に話していろと言いたいぐらいの心境でいる。

 無視を決め込んだ翔の頭を京介は容赦なく殴った。


 ゴッと鈍い音が立つ。


「いっ……!」

「相槌くらい打てよ、たくっ」


 患部を押さえて悶える翔に京介は呆れたようにため息を吐く。

 ……ふざけんなクソ野郎!

 椅子に腰掛けたまま体の向きを変えた翔は無言で京介の脛を蹴った。

 もちろん思い切り。

 お前は手加減を覚えろ、という思いを乗せて。


 それから、声を張り上げる京介と静かに端的に喋る翔のは口論はSHRの為に担任が教室へやって来るまで続いた。

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