第2章 深幻想界〈シンイマジア〉

魔光蹂躙

「なんだよこれ……体に力がみなぎってる!」

 ソーマは自分の体に起こった異変にアゼンとしていた。


 立ち上がったソーマの体は、元のソーマの姿ではなかった。

 細くてしなやかなむきだしの手足。

 パチパチと紫色の火花を散らした輝く銀髪。

 背中でしなっているのは、緑色に輝いた大きくて透明な翅。


 ソーマの体は、少女の姿と同化していた。

 少女の手足や腹を引き裂いていた黒い氷は、跡形もなく砕け散っていた。

 少女の体は、完全に回復していた。


 ソーマの視界は、さっきまでとはまるで違っていた。

 暗い夜の森のはずなのに、視界がどこまでも鮮明クリアだ。

 あたりにいる兵士全員の姿。

 むこうにいる所長や女の姿まで。

 ハッキリ見えた。


 聴覚も鋭くなっていた。

 兵士たちが落ち葉を踏む音。

 息を吐く音。

 引き金に指をかける音まで。

 個別に全て認識できる。


 そしてなによりも不思議なのは、体の感覚だった。

 少女の姿をしたこの体が、はっきり自分のものだという感覚は確かにある。


 だが、いま少女の体の動きをコントロールしているのはソーマではなかった。

 ソーマが何を思うことなく、体が勝手にあたりを見回し、普通に歩き出す。

 ソーマの中にいる何か別の者が、少女の体を操っているのだ。


「いったい何が……?」

「王女が……復活しただと!?」

 ヘリのそばでは、所長と黒衣の女が驚愕の表情で少女を見つめていた。

 女は緑の瞳を光らせて、少女をにらんだ。


「撃つのです! あの者は我らの妨げ!」

「う……撃て!」

 女の言葉に、所長が一瞬ためらう。

 だがすぐに少女を指さして、兵士たちにそう命令した。


 命令を受けた兵士たちが少女に接近し、取り囲んでゆく。


 タタタタッ!

 タタタタッ!

 タタタタッ!


 兵士たちの放った弾丸が少女を襲う。

 だが先ほどと同じだった。


 少女の体の周辺に発生したユラユラした揺らぎ。

 その揺らぎに触れると、弾丸は少女の体をそれてデタラメな方向に飛んで行ってしまうのだ。


「火の力で弾を飛ばすのか……」

 少女はあたりのに散っていく弾丸を、興味深そうに見つめて呟いた。

 だが次の瞬間には兵士たちを見回して、ニヤリと笑った。


「フン。そんな単純な武器でこのわたしを……インゼクトリア第3王女『ルシオン・ゼクト』を殺せる気でいたのか?」

 少女は笑いながら、自分の右手を優雅にかざした。


 ポ ポ ポ ポ ポ……

 かざした掌の周囲に、不思議な明かりが灯ってゆく。


 ホタルだ!

 ソーマはその明かりの正体に気づいて、心の中で叫んだ。


 少女が何処からか呼び出したのは、緑色の燐光を瞬かせた無数の……ホタルだった。


「ならば見せてやろう。インゼクトリアの戦いというものを」

 少女がそう呟くと、宙に舞ったホタルたちの明かりが、徐々にその強さを増していく。

 ホタルの光が直視できないくらいまぶしく輝いた、次の瞬間!


「ルシフェリック・アロー!」

 兵士たちをグルリと指さしながら、少女は叫んだ。


 ビュンッ!

 ビュンッ!

 ビュンッ!


 一瞬の出来事だった。

 緑色のまばゆい閃光がいく筋もあたりを走った。


 ドサリ。

 ドサリ。

 ドサリ。


 兵士たちがうめき声1つ上げず、つぎつぎ地面に倒れていった。

 少女の号令とともに、ホタルたちの発光部から発射された光の矢が、兵士たちのコンバットスーツを貫いていたのだ。

 少女を取り囲んでいた10人以上の兵士たちは、同時に、一瞬で倒されていた。


  #


「所長! ココは危険です。早く研究所ラボに戻りましょう!」

「……グッ!」

 ヘリコプターのパイロットが、所長にそう呼びかける。

 一瞬で倒された兵士たちを見て、所長の顏が引きつっていた。

 所長は黒衣の女を見た。


「きさまらの持ち込んだトラブルだ。バケモノはバケモノ同士で始末をつけろ……!」

 女に向かって吐き捨てるようにそう言うと、所長は剣を持ってヘリコプターに乗り込んだ。


 バラバラバラバラ……

 回転翼が動き始め、池の水面がさざめく。

 ヘリが池から離水して、夜空に舞い上がった。


  #


「盗人め。逃がさない!」

 飛行するヘリコプターを見上げて、少女が叫んだ。

 少女の背中から生えた翅が、大きくしなって緑の輝きを増していった。

 少女の体がフワリと地上から飛翔してヘリの機体を追いかけようとした、その時だった。


「やめさせろ、グリザルド!」

「まかせろ!」

 黒衣の女が少女を指さしてさけんだ。

 それに答えるグリザルドの声と同時に、少女の上から、何かが覆いかぶさってきた。

 

「なっ!」

 とっさにその場から身をかわす少女。


 鋭い爪があたりの木々を薙ぎ払った。

 さっきまで少女の立っていた地面をえぐった。


 少女に襲いかかったのは、真っ赤な鱗に覆われた竜だった。

 竜の背中にまたがって手綱を引いているのは双頭のリザードマン。

 グリザルドだ。


「コイツでくたばれ!」

 グリザルドのかけ声と同時に、竜が再び前足を振り上げて少女に叩きつける。

 だが少女に怯む様子はなかった。


「ルシフェリック・セイバー!」

 少女が右手を上げてそう叫ぶと、周囲のホタルたちがその輝きを増した。


 ビュンッ!

 一筋の緑の光線が竜の前足をかすめると、次の瞬間。


「ギャオオオオオオ!」

 竜が凄まじい咆哮を上げた。

 青色をした竜の血が、そこら中にまき散らされていく。

 

 ホタルたちの放った閃光が寄り合わさった光の刃レーザーカッターが、竜の右前足をその根元から切り落としていたのだ。


 凄い!


 ソーマは少女の能力に圧倒される。

 この少女は、ホタルを操って戦うのだ。

 ホタルの発光器官から放たれる光が、矢になり、刃になった。


「くそおっ! こうなったらっ!」

 竜にまたがったグリザルドが怒りの声を上げた。

 竜の爪が、攻撃が、少女には通用しない。


 グリザルドは竜の手綱をピシピシと2度揺らした。

 すると……


 ボオオオオオ……

 竜の喉元が膨れ上がっていく。

 鋭い牙の生えそろった竜の口から、真っ赤な炎が漏れ出し始めた。


「ほう。竜の吐息ドラゴンブレスか……」

 竜の様子に気づいた少女が、グリザルドを見上げて冷たく笑った。


「へへへ。謝ったってもう遅いぜ。このまま丸焼きになりな!」

 少女を見下ろし、グリザルドも不敵に笑う。

 竜の喉元が風船みたいに膨らみきって、真っ赤な輝きが増してゆく。


「ふーんそうか。で、なにか。ソイツでわたしを森ごと焼き尽くすつもりか?」

「あたりまえだ! やってやる」

「本当に?」

「本当だ! 舐めやがって」

「やめておけ。炎で焼かれるとすごく……熱いんだ」

「ギャハハハッ! あたりめーだろ。熱いなんてモンじゃねえぜ! あっと言う間に燃えカスになってあの世行きだァ!」

 自分の右手をかざして、グリザルドを引き止めようとする少女。

 だが、もうそんな説得はリザードマンの耳に届かないようだった。


 ゴオオオオオッ!

 竜の口元から火柱が噴き上がった。


 放射された火炎が少女に向かって一直線。

 そのまま少女の体を焼き尽くす……かと思った、その時だった。


「ルスフェリック・バースト!」

 右手をかざしたまま、少女が叫んだ。


 ギュゥゥウウウウウウウンンン……


 うなるようなにぶい音と共に、ホタルたちの放った閃光が一カ所の集中していく。

 光の束が竜の火炎にぶち当たった。


 光が竜の炎を切り裂き、まき散らしながら、一直線に竜のもとへ走って行き……

 そのまま竜の喉元に炸裂した!


 ボンッ!


 竜の頭が、炎を噴き上げて一瞬でぜた。

 頭部の失われた身体から漏れ出した火炎が竜の全身を焼き尽くしてゆく。


「ギャアアアアアアアアアアアッ! ちいいいよぉおおおおおお!!!!!」

 漏れ出した炎で火だるまになったグリザルドが、竜の死体の背中から転がり落ちた。

 絶叫を上げながら地面を転がりまわっていたリザードマンの体も、しばらくすると動かなくなった。


火炎飛竜サラマンダーは攻撃中の火炎のうを直撃されたらそれでオシマイだ。そんなこともわからないのか?」

 燃える竜の死体に向かって歩きながら、少女はため息をついた。


「だから言ったのに? 熱いからやめておけって……」

 黒コゲになったリザードマンを見下ろしながら、少女は憐れむようにそう呟いた。


 ギッ!


 少女がリザードマンから顏を上げた。

 紅玉ルビーみたいな少女の真っ赤な瞳は、池のほとりに立った黒衣の女をにらみつけていた。


「お前だな? このわたしに魔氷の刃を突き立てたのは!」

「クッ……!」

 女を指さして怒りの声を上げる少女。


 指先に集まったホタルたちが、再び緑色の光を強めていく。

 女は1歩、2歩と池の方に後ずさる。


「インゼクトリア第3王女であるわたしに刃を向けた罪。命をもってあがなえ!」

 少女がそう叫ぶと同時に、ホタルたちから放たれた緑の閃光が、女の体に一点集中した。


 だが、その時だった。


 ス……

 

 女の体が池の水面をすべった。

 まるで氷のリンクを舞うスケート選手みたいに水面を走って、少女の攻撃から距離を取る。

 と同時に。


 バキンッ!

 バキンッ!

 バキンッ!


 池の水面が盛り上がって、大きな水柱が……いや、氷柱があがった。

 女が走ったその後の水面が次々に黒い氷の柱となって、少女の放った光の矢をさえぎってゆく!


「おのれっ!」

 砕け散った氷の欠片と立ち上る水しぶきで、あたりの視界がふさがれていく。

 氷の欠片を振り払いながら池に駆け寄る少女。

 だがそこにはもう、女の姿も気配もなかった。


「魔氷の使い手か……。いったい何者なのだ?」

 少女はあたりを見回しながら、厳しい声でそう呟いた。


  #


 すごい!

 すごい!

 すごい!


 少女の体の中で、ソーマが思うのはそればっかりだった。

 見たことも無いような生き物。

 魔法。

 そしてソーマたちを殺そうとした男たち。

 自分の体に起こった異変。

 現れた少女の強烈な強さ。


 全てが未体験のとんでもない出来事だった。


 でも……。

 冷静に考えると……。


 俺これからいったい、どうなっちゃうんだ?

 少し落ち着いてきたソーマが、そんなことを考え始めた、その時だった。


「おい!」

 少女が誰かに声をかける。

 だがあたりには誰もいない。


 …………?


「おい、お前だお前!」

 …………俺?


「そう、お・ま・え!」

 少女はソーマに話しかけているようだった。


「さっきから、すごいすごい・・・・・・ってうるさいぞ……」

 え、聞こえてたの?


「あたりまえだ。お前・・はもう、わたし・・・なんだから」

 当然だろみたいな感じで、少女が答えた。


「わたしのになったんだから、もう少し静かにしてろ。早くわたしに吸収されて無くなってしまえ!」


 

 ( ゜Д゜)……へ?


 ソーマは、意味がわからなかった。

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