合体!!

「あいつらの方から来やがったのか!? それにしても早いな!」

「そーさ。なにしろ連中は『接界点ゲート』の出現には、とにかくうるさい。あたしたちが余計なことをしないか、ずっと監視していたのさ……」

 地上に接近してくる輸送用ヘリコプターを見上げて呆れた声を上げるグリザルド。

 黒衣の女は双頭のリザードマンを向いてそう答えた。


「ギャオオッ」

 ヘリコプターの浮袋式着水装置フロートが池に着水した。

 池のほとりで様子をうかがっていた竜が、警戒のうなり声を上げた。


 ガサリ。ガサリ。

 そしてヘリの着水に呼応するように、あたりに異変がおきていた。

 雑木林の枝葉をかき分けて、この場に駆け寄ってくる何人もの人影があった。


 全身をおおった夜間仕様の迷彩服とコンバットアーマー。

 目元を覆った暗視ゴーグル。

 両手に構えられたアサルトライフル。


 グリザルドと女を取り囲んでいるのは、10人以上はいるだろう。

 所属もわからない武装した人間の……兵士だった。

 兵士たちが女とグリザルド、そしてうなりを上げる竜に向かって、銃口を向けている。


「グリザルド。飛竜を黙らせな!」

「はいはい。わかったよ」

 黒衣の女が用心深く兵士たちを見回しながら、リザードマンにそう命令した。

 グリザルドが竜のもとに歩いて行くと、手綱を引いて竜を鎮める。


 女の顔は、水上のヘリコプターの方を向いていた。

 ヘリのキャビンスライドドアが開いた。

 池のほとりに、何者かが降り立った。


 背の高い、高級そうなグレイのスーツに身をつつんだ中年の男だった。

 綺麗に撫でつけた半白の髪。

 目元はサングラスに覆われていて、その表情はうかがい知れない。


「これはこれは。まさかあなた様・・・・自らおいでになられるとは……」

「時間通りか。約束のモノは?」

 女が、よく通る低い声で媚びるように男に呼びかける。

 女の方を向こうともせず、男は冷たい声でそう言った。


「ここに、この通り。深幻想界シンイマジアはインゼクトリア帝国の至宝。『ルーナマリカの剣』にございます……」

 女がうやうやしく、グリザルドから受け取った剣を男に差し出した。


「ふん。きさまらの世界の能書きなど、どうでもいい。こいつは研究所ラボに回収して検査にかける。きさまらの言っていた基準値・・・を満たしていれば、きさまらの働きにも報いてやろう」

 女の差し出した剣を乱暴にもぎ取ると、男は忌々しげに女を向いてそう答えた。


 その時だった。


「所長! その……ご報告が!」

「どうした?」

 銃を構えた兵士の1人が、男にそう声を上げた。

 所長と呼ばれた男が、不機嫌そうにそう訊き返す。


「人間の……人間の子供が倒れています。3人!」

「子供……だと?」

 兵士の報告に、所長が眉をひそめた。


「ああ、その者たちですか……」

 黒衣の女が倒れたソーマたちの方を向くと、なげやりな調子でそう言った。


「我らが『接界点ゲート』を通るところを見られましたゆえ、我が術で眠らせています。人間の子供ゆえ処遇は人間であるあなた様にお任せしますが……?」

「『接界点ゲート』を見られただと……!』

 女が、所長を試すような口調で彼にそう言う。

 所長の顏が厳しくなった。


「所長。どうしますか? 手当して保護しますか?」

「いや、目撃者を生かしておくことはできん。この場で処分しろ!」

 兵士の問いかけに、所長はハッキリとそう命令した。


  #


 ……「処分」だって!?

 ソーマは全身が総毛立った。


 地面に顔を伏せて、あたりの状況がハッキリしないソーマ。

 だが所長と呼ばれた男と、女の会話はハッキリ聞こえた。

 あたりを銃器を持った兵士たちが、とり囲んでいることも。


 そして、いまソーマのすぐ前にいる兵士に所長が下した命令。


「処分」しろ!

 

「ふゥ……」

 命令を受けた兵士が、やるせない様子で肩で息をした。

 そしておもむろに、ソーマの前に倒れている戒城コウの頭に銃口を向けて……


 引き金を引こうとしている!


「やめろォ!」

 自分でも気がつかない内に。

 ソーマはそう叫んでいた。

 体が地面から跳ね上がった。

 ソーマの全身がバネになった。

 地面を蹴って、ソーマは目の前の兵士に飛びかかった。

 コウを撃とうとしているソイツに獣のように襲いかかった!


「わっわっ!」

「やめろ! やめろ! やめろ!」

 ソーマの不意打ちに、兵士がバランスを崩した。

 

 タタタッ!

 ライフルから発射された弾丸が、コウの頭をそれて地面をえぐる。


  #


「なんだ?」

「何故だ……!?」

 林の中で起きている出来事に、所長は不審そうな声を上げた。

 そして黒衣の女は驚愕の声を。

 黒いフードの奥の緑色の目がギラギラと輝いていた。


「あたしの術が……『コーマの鈴』が効いていない!? アイツはいったい……!?」


  #


 ソーマと兵士が、地面でもみ合っていた。

 兵士の持ったアサルトライフルにむしゃぶりつくソーマ。

 どうにかこいつから銃を奪って、コウとナナオを助けないと!


 だが、その時だった。


 タタタタタッ!


 乾いた音が夜の空に響いた。

 ソーマの体が、兵士からふっ飛ばされていた。

 数メートル宙を舞ったあと、ソーマの体は地面に転がった。


 ソーマの胸には、腹には、いくつも無残な風穴が空いていた。

 兵士はとっさに、引き金に力を込めていた。

 誤って発射された弾丸が、ソーマの上半身をハチの巣みたいにしていた。


 学校のブレザーが赤黒く血に濡れていた。

 血の水たまりがソーマの周りの地面に広がっていく。


「コウ……ナナオ……!」

 口から血を噴きながら、ソーマは無念のうめきを上げていた。

 痛い……熱い……。

 全身が火の様だ。

 息ができない。

 体に力が入らない。

 目の前がボンヤリしてきた。


 俺、死ぬのか。


 コウ。ナナオ。ごめん。

 ユナ。姉さん。さよなら。

 あと、それと……


  #


「いけない!」

 わたしは感じた。

 魔素エメリオの塊が、傷ついている。

 小さなヒトの子の命がいま、消え去ろうとしている。

 その子の体から魔素エメリオが漏れ出して、辺りに拡散して消えていく。

 わたしの命を繋ぐ最後のチャンスが。


「だめだ! だめだ! だめだ!」

 わたしは全身の力を振りしぼる。

 傷ついた身体を引きずって、消えゆくパワーのスパークに近づいてゆく。


  #


「友を……救いたいか?」

 薄れてゆくソーマの耳元で、誰かの声がした。


「え……?」

 ソーマは最後の力を振りしぼって、顔を上げた。

 傷ついた少女が1人、ソーマの方に足を引きづりながら近づいてきた。


  #


「今度は……なんだ!?」

 池のほとりから立ち上がって、死にゆくソーマに近づく者の姿を目にして。

 兵士は戸惑いの声を上げた。


 ソーマの方に歩いてくるのは、黒い氷で手足をえぐられ腹から血をしたたらせた少女だった。

 輝くような銀髪が泥にまみれていた。

 美しいその顏が苦痛に歪んでいた。


 1歩、2歩。

 少女はソーマに歩みを進める。


  #


「インゼクトリアの王女! まだ生きていたのか!?」

 黒衣の女が少女の姿に気づいて、苛立ちの声をあげた。

 

「あの者を撃ちなさい。早く! 深幻想界シンイマジアより剣を取り返しに来た我らの敵です!」

 少女を指さし、女は兵士にそう叫んだ。


「ヒッ!」

 パニックに陥った兵士が、少女に銃口を向けて引き金を引いた。

 

 タタタタッ!

 タタタタッ!


 少女に発射される弾丸。

 だが弾丸が少女に命中する気配はなかった。


 少女に到達するその直前。

 弾丸はそのルートを歪めて少女の側面に曲がってしまうのだ。


「ありがとう。コゼット……」

 耳元をハサハサと飛び回る青いチョウに、少女は小さくそう呼びかけた。

 

 少女が、ソーマのもとに辿りついた。


  #


「友を救いたいか?」

 今度はハッキリ。

 ソーマの耳元で声が聞こえた。


「……できるのか?」

 ソーマは声にならない声でそう問いかける。


「できる。おまえがわたしに、その体を捧げるならば。おまえがわたしのとなるなら約束しよう。わたしはお前の友を救ってやろう」

 少女の声が、ソーマにそう呼びかける。


 ササゲル?

 カテ?


 いったい何を言ってるんだ?

 ソーマには意味がわからない。


 まあいいや。

 どうせ死ぬんだし。

 ダメでもともと。


 せめてコウとナナオが助かるなら……


「ササゲル」

 ソーマは声にならない声で、少女にそう答えた。


 と、次の瞬間。


 ソーマの上半身が、何者かの手で抱き起された。

 

「え……!?」

 ソーマは目を開ける。

 目の前に、少女の綺麗な顏が迫っていた。

 ソーマを抱き起していたのは、傷ついた少女の腕だった。


 そして……ツ……

 

 少女の桜色をした柔らかな唇が、ソーマの唇に重なっていた。

 少女の濡れた舌先が、ソーマの中に入って来た。


「ンンゥウウウ……!?」

 ソーマが驚愕の声を上げたその瞬間。

 少女の体が緑色に輝く光の粒になった。

 

 光がソーマを包み込む。

 光がソーマの内側を満たす。

 細胞の1粒1粒に、キリキリ光が食い込んでくる。

 ソーマの全身に、少女の存在が沁み込んでくる・・・・・・・


「うああああああああ!」

 身体に感覚が戻って来た。

 まず銃で撃たれた痛みが、ソーマの全身を苛んだ。

 でもそれは一瞬のことだった。


 ソーマの体に満ちていく、凄まじいパワーのホトバシリ!

 それはソーマが生れてから味わったことのない、快感だった。


「フウウウウウ……」

 ズクズクする全身を必死で抑え込みながら。

 剥き出しになった両肩を自分の腕でシッカリ抱きしめながら。


 かつては御崎ソーマだった・・・存在が、地面から立ち上がった。

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