終話 期限
さっさと走り去ってしまった馬鹿を気にも止めず、帰路に着く。
隅田の家ではやりすぎた。いくらなんでも、完全に夜が明けた時点で酒を止めればよかった。
いくら呑んでも呑んでも酔う気配すらなかった。一度流石に止めようとは思ったが、興味心が勝ってしまった。せめて一度は酔ってみたいと思ってしまったのが運の尽きだった。ひたすら呑んで、漸くほろ酔いとはこんな感じなのかと感じることが出来た時にはもう既に三日たっていて、奴との約束の時間まで刻一刻と近付いていた。
まあ、慌てて大量の空き瓶を処理している最中に捕食されかけの馬鹿娘を発見出来たのだから、終わりよければ全てよしだと思いたい。
ただ、いくら阿呆娘だとはいえあの推理もどきを鵜呑みにした時はどうしたものかと内心頭を抱えたものだ。
あの推理、実は嘘である。
いや、より正確に言うと辻褄が合うよう即興で作った適当な法螺話である。
推理なんてしてない、経験で犯人を当てたなんて言ったところで奴は納得しない。あの好奇心の権化を頷かせる為には致し方ないことだった。
それに、真実とは案外虚弱なものだ。
確認することが出来ない、という条件下の状況において、『全ての辻褄が合う話』というのは真実に成り代わることができる。
そういう意味ではあながち嘘は言っていない。…辻褄が本当に全部あっていたかどうかは不安なところだが。
だが、知識はある程度あるのだから、多少は疑ってくれてもよかったんじゃないかとは正直思う。
…しかし、
(『神の子』ねぇ。)
バケモノ達がそう叫んでいたことを思い出す。
それはあながち、間違いではない。
あの娘は、幼少期に失った力のことについてあまり覚えておらず、自分はただ霊感が強いだけだと認識しているらしい。
実際はその程度のものではないということを、当の本人は自覚していない。
あのときバケモノに狙われたのは、人間であるという点のみならず、その力に多くの原因が潜んでいるということを、知らない。
本人は、いくら霊感が強かろうと、人に神が見えるわけがないという事実に、気付いていない。
……あのバケモノ三体を葬った時、視界にちらりと入ったあの娘の様子を思い出す。
なんの感情もない、ただ凍てつく目を持つ人形のようだった。
(記憶と力は失っても、根っこは変わらないということか。)
例え今、この瞬間に他の人間と変わらない生活がおくれていたとしても、それは恐らく時間の問題だった、ということなのだろう。
(…憐れなことだ)
初めてあの娘と出会ったあの事件の後、娘の父親に依頼されたことを思い出す。
『娘を、守ってやってくれ』
馬鹿馬鹿しい。
何故他人である僕が護る必要があるというのか。
…いや、こればかりは完全に自業自得だ。断りきれず、そして今でも契約を切り上げることができないでいる自らに非があるからだ。
(本当に、愚かだな。)
自らのことを愚かしく感じると共に、あの夜を思い出す。
いくらその素性はかなり特殊なものだったとはいえやはり年頃の娘だったようで、恐怖を感じることもあるし、甘たくなる時もあったらしい。
あの姿を見ると、なんらそこらに居るような女学生と変わらないことを自覚させられて、気に食わないかあの娘になんだか愛嬌があるように錯覚してしまう。
(あれのどこに愛嬌があるのか全くわからんが。)
我ながらそう思ってしまうのは既に末期だと思う。
…もし、その何処にでも居るあの平凡な少女に、真実を伝えたらどうなるだろうか。
(いや、別にする訳でもないが)
そういう厄介事は彼女の父親に全て任せてしまえばいい。
僕の仕事は、残り僅かな人間生活を謳歌する彼女を見守ること。たったそれだけなのだから。
いや、本当は見守りたくもないが、今現在退路が絶たれている以上、やるしかないのだろう。
…暖かな日差しは、嫌なことまで思い出してしまって、どこか憂鬱な気分になる。
これはきっと、疲れているからに違いない。とっとと帰って酒を…いや、暫くやめておこう。また引っ込みがつかなくなって、何日も呑み続ける光景が目に浮かぶ。
(じゃあ、久しぶりに寝てみるか。)
僕はひとつ、大きな欠伸をした。
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