漆話 罠
その日の晩の事だった。時刻は三日前と同じ、丑の刻。
私は一人、手燭片手に別棟の風呂場に来ていた。手燭を風呂場の入口に置き、自分は相変わらずどす黒い風呂場の真ん中──赤黒い染みがあるところまで進み出る。
そして、袴の帯を解いた。
そのままゆっくりと、さながら誰かに見せつけるように丁寧に脱いでいく。
脱ぎ終わった袴を畳みもせずにその場にばさりと落とす。袴は、くしゃっと足元で丸まった。
身につけているものは下着だけ。春先とはいえまだ夜更け。吹く風はまだ冷たくひんやりとしていて、肌に当たる度に寒さを感じる。
それさえ無視してその場でゆっくり、くるりと回る。冷たい空気が肌に纒わり付く。
手燭の火がぼんやり揺れる。
ちょうど一回転し終わった時、その時がきた。
昼、廊下で感じた殺意に近いあのどす黒い気。
それが今、私の背後に居る。
その気配が、どす黒い漆黒のもやが部屋全体を包み込んだ時、
──手燭の火が、消えた。
それと同時にくるっと回る。暗闇の中、宙に浮かぶは六つの目。
ぎらぎらと、獲物を探すような目で私を値踏みしていた。
が、それも長くは続かない。
自分たちの置かれた状況に気付いたそれらに、焦りの表情がちらつき出した。
怖くなんかない。
私は一歩踏み出す。相手が怯えるように、さらに一歩踏み出した。
そして、顔に出来うる限り最高級の笑みを浮かべて──
「───捕まえた♡」
その言葉を合図に、背後から一人の男が現れた。
壁だったはずの空間から突如現れた男は、通り際に外套を下着姿の私にかけて、六つの目からの視線を遮るように、あたかも守るかのように私の前に立ち塞がる。
そして一言、宣言するように──怒鳴る。
「こいつは僕の助手だ!勝手に手ぇ出そうとはいい度胸だなぁ、お前ら!」
奇声を発しながら六つの目が飛びかかってくる。
それは──あの三人の書生達だった。
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