弐話 厄介事
「久しぶりだな。」
「…はあ。」
嫌がる署長を引き摺るようにしてお連れした先は、私の自宅こと壬生邸だ。
その昔、ご先祖さまが気まぐれで始めた事業が大当たりしてくれたおかげで、自宅はやたら立派な日本屋敷であり、私自身、何不自由無い生活を送ることが出来ている。本当に、ありがたいことだ。
そんな、やたらと広い客間に嫌がる署長を無理やり通して父を呼び、私は座卓に茶をお出しして父の隣に腰を下ろしたのがつい先程の話である。
「さて、君を呼び出したのはほかでもない。仕事の依頼だよ。」
「…………はあ。」
署長が心底嫌そうに、座卓の上に置かれた温泉饅頭を口に含む。
(仕事の依頼って……)
家業の影響か父は非常に顔が広く、また伝も多い。故に並大抵の事情じゃ署長を呼び出してまで仕事の依頼をしたりしない。そんな人がここまでするということは、大抵がろくでもないことか、はたまた、
「どうせ、面倒臭いことだろう。」
「まあ、そういうことになるな。」
署長の顔がますます不機嫌そうになってゆく。
「だったら他を当たってくださいよ。」
じろりと父を睨む。くくっと父は笑うと、湯呑みに手を伸ばした。
「まあまあ、そう言わないでくださいよ先生。」
微笑みを顔に貼り付けたまま父は言う。
「君にしかできないことなんだからさ。」
そういうと懐から一通の手紙を取り出し、署長に差し出した。
「これは?」
「菖なら分かるだろう、隅田さんからだよ。」
「隅田さん!」
隅田さんといえば、父の旧友にして家族ぐるみの付き合いがある方だ。父曰く、私が幼い頃からよく面倒を見てもらっていたという。
尤も、私には7歳より前の記憶が無いのだけれど。
「で、隅田…さんがなんだって?」
手紙を読む仕草さえもせず、署長は手紙をびらびらさせている。
「なんかな、幽霊が出るらしいんだよ。隅田さんのお宅で。」
「…幽霊?」
あまりにも父があっけらかんと言うものだから思わず聞き返してしまった。父はそうだよと頷いた。……でも、
「幽霊なら、僕じゃなくても他に適任者がいるだろう。」
私もそう思った。それこそ除霊を生業としている人は居るんだから、除霊を署長に頼むくらいならその手の人に任せればいいんじゃないのだろうか。
…しかし、
「どうもそういう訳にはいかなさそうなんだよ」
「というと?」
署長は訝しげに尋ね、父は湯呑みを再び手に取った。
「いや、それは現場に行って聞くといい。手紙なんぞを読むよりそっちの方がわかりやすかろう。」
ますます怪しげに父を見る署長を真っ直ぐ見すえ、父は初めて笑みをその顔から取り払った。
いつにもなく、真剣な顔だ。
「なら、繰り返そう。」
そしてニヤリと笑う。
「これは、君にしかできない仕事だ。……それ以上に説明はいるか?」
いるでしょ、普通。
しかし、父は仔細を話すつもりが無いらしく、それ以上言葉を紡ぐことなく再び顔に笑顔を貼り付けた。署長は心底嫌そうにはぁ、と深い溜息を吐くと、
「…わかりました。引き受けます。」
「君ならそう言ってくれると思ったよ。」
そして私を見る。
「お父様、私も行きたいです。」
「分かってるよ菖。」
父は私の頭を優しく撫でると、懐から懐紙を取り出した。そしていくらか銭を挟み、署長に差し出す。
「これくらいあれば交通費は足りるだろう。案内は菖にさせる。明日にでも、向かってくれ。」
やったぁ!思わず拳を握りしめる。署長は本気で嫌そうな顔をしているが無視しよう。署長にとっては面倒臭いだけの依頼だが、私にとっては非日常の塊だ。楽しくないわけがない。もう、にやけを抑えることが出来ない。楽しみでたまらない。
そうと決まれば話は早い。
「荷物纏めてきます!」
そう言い放って客間から走り出た。背後から何か署長が呼び止めた気がするが、うん。
無視でいっか。
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