第29話 リベルティア編 エピローグ
見事に黒騎士と部隊長を取り逃がした翌日、私は借りていたホテルの一室で出かける準備をしていました。
運良く、このホテルは魔獣の襲撃を免れたらしく無事だったのは幸いでしたね。
とはいえ、窓の外から街を見渡してみれば大部分の建物は意外と無事だったりするのですけどね。
どうやら、魔獣の大半は学院の闘技場周辺から出現したらしく、局地的な被害は大きいもののエリアとしては小さい規模でおさまっているのだとか。
まあ、このホテルの近くの店も被害に遭っているので、離れていたところは無傷というわけではないようです。
あと、その局地的な被害とやらは、シロちゃんとクロちゃんと黒騎士との戦闘の余波と思われますが、バレていないようなのでよしとしましょうか。
正直、限定スイーツを食べ損ねた時点でこの街に用はないのですぐにでも出て行くとしましょうかね。
街の復興作業を見ていると、少しばかり悪い気もしますが、私はこの街の住人じゃないですしね。
それに、手伝ったところで小娘一人の力なんてたかがしれています。
「さて――」
準備を終えた私は、ホテルのチェックアウトを済ませ、外門へと歩き始めるのでした。
リーアがホテルのチェックアウトを済ませているのとほぼ同時刻、リベルティア冒険者ギルドの一室にて二人の男が話し合っていた。
そのうちの一人――支部長でもあるガンドルフが口を開く。
「それで、昨日の報告は間違いないんだな?」
「あー、まあそんな感じ……だな」
一方でどこか歯切れ悪く答えるのはリーアもよく知るAランク冒険者であるリューレイだった。
「なんだ、その覇気の無い返事は?」
「いやー、あんまりこの件に触れたくないっていうか……」
「当事者なんだからダメに決まっているだろうが!」
「ですよねー」
ガックリと肩を落としたリューレイを見て、ガンドルフは明るい声をかける。
「大丈夫だ。襲撃犯の主犯格を取り逃がしたのは痛かったが、それ以外に目立ったミスは一つも無い。ギルドとしてもリューレイのことは高く評価している」
「本当ですか?」
その言葉にリューレイの顔に覇気がもどる。ガンドルフと付き合いが長いせいか、本心からの言葉だと理解出来たからだろう。
「ああ、それにしても今回は見事に後手に回らされた感があるな」
「それは自分の依頼も含めてってことですよね?」
「その通りだ。リューレイが戻ってくるタイミングで、Bランク以上の魔獣被害が街道付近で数件の同時発生――近場のギルドに応援要請はしていたが、その前に先日の騒動は起きてしまったからな」
そう。リューレイが街での魔獣騒ぎにすぐに来られなかったのは、ガンドルフが口にした『街道の魔獣被害』が原因なのだ。リーアが尾行した時に遭遇したアサルトラプトルもこれにあたる。
「どうやら、相手は魔獣の召喚が出来るみたいですからね……あれも昨日の魔獣みたく召喚して放置しておいたって事でしょう」
「おそらくそうだろうな。目的はリューレイの足止めだろう。うちのギルドの管理エリアギリギリに現れていたからな」
リアレンティオで事を起こすにあたって最も厄介であるギルド最高戦力のリューレイを依頼により街から遠ざけておけば、それだけでやりやすくなるのは間違いないだろう。
「違法魔導具の召喚機構についてはなにか分かったんですか?」
「ああ、大まかだが解析結果と予想が届いている。回路の一部に使用者の魔力を蒐集しため込んでおくように細工してあったようだ。使用すればするほど溜まっていき、強力な魔獣が出現するのだろうとのことだ。ここら辺はもう少し詳しく調べてみるそうだが、この機構自体が使い捨てのようで復元が出来るかどうかすら定かではないらしい」
「なるほど、それで質の良い魔導具をあそこまで安くばらまいていたわけですか……そういえば、あのタイミングで魔獣が同時に現れた理由は?」
「外部からの操作なのか、時限式なのかは分かっていない。どちらにしても、厄介な相手ということだ」
ガンドルフがため息をつきながら、腕を組む。
そのまま、重苦しい空気が流れそうになるも、リューレイがあっけからんとした様子で肩をすくめた。
「まあ、そこまでやってもリーア嬢のせいで完璧とはいかなかったみたいですけどね」
「……彼女のことは一先ず置いておくとして、報告にあった襲撃犯である黒騎士の打倒はリューレイでも厳しいというのは本当か?」
苦虫を噛みつぶしたような表情でガンドルフはリューレイへ問いかける。リューレイの実力を知っているガンドルフとしてはどうにも信じづらいのだ。
そんなガンドルフの心情を知ってか知らずか、リューレイは落ち着いた様子で冷静に自分の分析を口にする。
「あっちの部隊長とか呼ばれていた奴ならそんな苦戦せずに倒せるとは思いますが、あの黒騎士は……全力でやって倒せるかどうかってところですね。確実に倒すならAランクがもう二人は欲しいところです」
全身をオリハルコン装備で固め、その性能を遺憾なく発揮できる相手などリューレイとしても絶対に倒せるなどと断言できるものではない。
「ふむ、それは厳しいな。そして、彼女の凄さもまた際立つ」
そうなると、最後には逃げられたとはいえ、あの黒騎士を圧倒していた化け物を使役している少女がいかにとんでもない存在なのかよく分かるというものだ。
「……こちらとしては助かった手前、あまり強く言えんが彼女の存在は到底無視できるようなものではない」
深刻な顔でガンドルフが口にしたのはリーアについてだ。
ギルドしてもだが、国としてあれほどの力を個人で持っているというのは看過できないことだった。
「あー、そこはわりと大丈夫じゃないですかね。正当な理由があれば、普通にこちらを慮ってくれましたし」
だが、ガンドルフよりも少しとはいえリーアとの付き合いがあるリューレイはそこまで心配していなかった。
感情的な面もあるが、あれで案外理知的な存在だと認識しているからである。
まあ、ガンドルフが危惧するとおり、(彼女の周囲の被害が)危なっかしい面も確かにあるが……。
「……そうか、そう言うなら大丈夫かもしれんな」
「……なんか嫌な予感がするんですけど」
そのままガンドルフは表情を整え居住まいを直すと、リューレイを真っ直ぐに見つめる。
「キミは彼女とつきあえる希有な人間と上は判断した」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
「よって、キミを彼女付きのギルド員とする。よかったな、これが終わればSランクになれるそうだ」
「だから!?」
リューレイの言葉を無視してガンドルフは言葉を続ける。
「ちなみに、断った場合Bランクに落とすことも視野に入れているそうだ」
「それ実質、拒否権無いでしょうが!? 俺が何年かけて今のランクになったと思っているんですか!? というか、この依頼はいつ終わる扱いなんですか!?」
「あの力が罪なき一般市民に向かないよう舵取りを頑張ってくれたまえ。ついでに、地形や環境にも配慮してくれると助かる。あと、依頼の期限は上からの判断次第だ」
「嘘だろ、おい!? あの嬢ちゃんの舵取りなんか出来るわけ無いだろうがぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ギルドの一室にリューレイの悲痛な叫びがこだまするのだった。
私がシロちゃんとクロちゃんと一緒に門に向けて歩いていると、瓦礫の撤去作業を行っている集団とすれ違ったのですが、その中の一人を見つけて思わず声を上げてしまいました。
「「あ」」
それは向こうも同じだっようで、私の声と重なります。
彼女は一言二言話すと集団から離れて、私の元へとやって来ました。
「よかった、無事だったのね」
安堵したように声をかけてきたのはミーシャさんですね。学院生もこういった作業に駆り出されているようです。
「ええ、あの後魔獣退治やら色々ありましたが……そちらも無事だったみたいですね」
「これでも学院生ですから、小型の魔獣くらいならなんとかなるわ。それに、ギルドや兵士の避難誘導のおかげで危険な目には殆どあわなかったしね」
「それはなによりでした」
と、ここでミーシャさんが私の格好を見て尋ねてきます。
「ひょっとして、もう出ていくのかしら?」
今の私の姿はミーシャさんと出会ったときとさほど変わりません。師匠のリュックがあるので収納は気にする必要はありませんからね。
明確な違いといえば旅行用のローブに身を包んでいる点でしょうか。
「ええ、元々出て行く予定でしたから。限定スイーツのために一日延ばしたようなものですし」
「ああ、そうだったの」
「結局食べ損ねてしまい、ひじょーに残念ですが」
「あははっ、それはご愁傷様ね」
私が口を尖らせると、ミーシャさんがクスクスと笑います。その直後、ジッと私の目を見つめてきました。なんか、少し真剣っぽい感じですかね。
「だったら、来年また食べにくればいいわ」
「来年ですか?」
「ええ、旅をしているんでしょ。なら、またここに観光しにくればいいわ。その頃には闘技場も直っているでしょうし、限定スイーツももっと美味しくなっていると思うわ。料理研究部もだけどイベントを台無しにされたせいか、みんなもう来年に向けて張り切っているのよ」
もちろん私もね。と言いながら、ミーシャさんが先ほどとは違いニッコリと笑いました。
「いいですね」
それに応えるように私も笑います。
あの本にも書いてありました。『冒険というのはその場での出会いが自身を成長させてくれる』と。
これを成長と呼ぶのかは分かりませんが、良い出会いとはいえるのではないでしょうか。
ミーシャさんに別れの挨拶をして門を出た私は、一度だけリベルティアを振り返りつつ、整備された道をゆったりと進んでいきます。
「さあ、どこに行きましょうかね……海か山か、それともガイドブックに従って観光地を優先するべきか――悩みますね」
「どこでもごじゆうにー」
「おともしますゆえー」
私が悩んでいると、シロちゃんとクロちゃんがぴょこっ、と肩に乗ってきました。
「では、こういう悩んだときに使える師匠の道具を――」
私はリュックに手をつっこみながら、歩き続けるのでした。
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