第27話 いけ好かない黒騎士


 黒騎士は大剣を構えたもののいきなりこちらに襲いかかってくる素振りは見せません。


 剣の構え方など私は詳しく知りませんが、あまり力が入っていないようにも見えます。


 いったい何を考えているのでしょう?


「なぜ、僕が武器を構えただけで襲いかかってこないのか不思議がっているようだね」


 私の心を読んだかのように、黒騎士が落ち着いた声音で問いかけてきました。


「…………」


 私は返事を一切しないまま、油断しないで黒騎士をにらみ付けます。


「ふふふっ、怖い目だ。こちらからの言葉に反応しないのは、それが隙になるからかな?」


 なにやら、一人で語っていますがここは徹底的に無視です。


 こういう手合いの話術に乗っかった場合、気付いたら相手のペースなんていうのはよくある話です。


 師匠やソフィア姉で身にしみて理解しています。


「まあいいさ、キミが何を思って僕達と敵対するのかは知らないが――」


 いや、だからあんたらのせいで限定スイーツがおじゃんになったからですよ、と言いたくなりましたが何も言わずにシロちゃんとクロちゃんへ、今です! と思いを込めて目配せします。


 どう考えても隙ですからね。


 そんな、私の視線を受け取ったクロちゃんが一瞬にして黒騎士へと肉薄します。


「はいよー」


 真っ正面に現れたクロちゃんは黒騎士の身体目掛けて角をすくい上げるように振るったのですが、


「おおっと! 甘いよ?」


 黒騎士が大剣を使って見事に防いでいました。


 あの一瞬で大剣の構えを変更して、刀身で受け止めるとはかなりの使い手のようです。


 しかも、クロちゃんの攻撃をくらったというのに、吹っ飛んでいません。流石に多少は後退していますが、耐えきったというのは驚愕に値します。


「……重い一撃だ。攻撃力はかなりのもの、そして素早いときた。厄介だね!!」


「なんのー」


 鬱陶しそうに振るわれた大剣をクロちゃんはバク転をして回避します。

 空中に高く飛び上がったクロちゃんに思わず視線が向いてしまいます。


 それは、黒騎士も同様のようでした。


 身構えつつも、次に何をしてくるのか? と反射的に気にしてしまったらしく、兜ごと頭がクロちゃんへと向けられてしまいます。


 ですが、それは紛れもない隙です。


 だって、次に攻撃するのはクロちゃんではなくシロちゃんですから。


「さんだーぶらすとー!」


 バリバリバリバリー!! と、雷が迸り、黒騎士目掛けて飛んでいきます。


 どうやら、辺り一面にまき散らすのではなく、収束させているようですね。ほうほう、こんなことも出来るのですか。


 私がそんな風にシロちゃんの『さんだーぶらすと』を観察している間に、黒騎士の胴体に雷が見事に命中します。


 こうなれば、あとは簡単です。いつぞやの野盗みたく、しびれた黒騎士をふん縛って、リューレイさんあたりにでも渡せば終了です。


 なんて、思ったのがいけなかったのでしょうかね。


「良い連携だ。少し焦ったよ」


 黒騎士は何ともないように突っ立っていたのですから。


 しかも、口では焦ったとか言っていますが、その声音は落ち着いたものです。微塵も動揺などしていないでしょう。


 そもそも、どうやってシロちゃんの攻撃を防いだのでしょうか。


 ですが、その答えを考えている余裕はありません。


 なぜなら、黒騎士が大剣を構え直し、こちらに攻めてきているからです。


「ふふふっ、今度はこちらから行くよ? 地裂斬!」


 地面を滑るように振るわれた大剣から衝撃波が放たれ、土砂などを巻き込みながら私達へと向かってきます。


「がーどしぇるー」


 クロちゃんがその身を角から発生させた淡い光で覆ったかと思うと、そのまま立ちふさがります。


 そして、次の瞬間にはドッゴォオォォ!! と思いっきり大きな音が聞こえてきたのですが、


 私には何も来ていません。


 クロちゃんが全てを受け止めていました。


 サイズ的に不可能かと、思ったのですが見事に止まっていますね。


 それを見た私はクロちゃんへとすぐに声をかけます。


「大丈夫ですか!」


「へいきです」


 見た目通り、怪我一つ負っていないようですね。


「なるほど……防御力もあるんだね。これはますます――……」


 自分の技があっさり受け止められているというのにも関わらず、黒騎士は苛立った様子も、驚愕した様子もありません。


 それどころか、どこか感心しているような気さえしてきます。


 あの男――いったい何を考えているのでしょう。


 いえ、それよりも問題なのはシロちゃんとクロちゃんを相手取って、あの黒騎士がほぼ無傷という点です。


 いくらリューレイさんを相手にしたときとは違って、シロちゃんとクロちゃん省エネモードであるとはいえ、ここまで戦えるとは思っていませんでしたからね。


 本気を出せば勝てるとは思いますが、その場合被害がどれほどになるか。私の命の危機ならばとっくに本気を出させているのですが……なまじ、現状で戦えているのが判断を迷わせます。


「どうしたんだい? もうお仕舞いなのかな? 来ないのならば、こっちから――」


 再び大剣を構えた黒騎士がこちらに攻めてくる!! と思ったのですが、黒騎士が突如その動きを止めました。大剣の構えも、先ほどよりも緩い構えかたです。


「と、思ったけどもう潮時みたいだね」


 いきなり何を言い出しているのか分からず、思わず声を上げようとしたのですが、それよりも早く、別の声が響き渡ります。


「ふははははっ!! 私、復活!」


「いつの間に!?」


 見れば、縛り付けていた部隊長が黒騎士の隣に出現しているではありませんか。


 焦りつつ周りを見渡してみれば、他の黒装束は未だ地面に倒れ伏しており起き上がる気配がありません。


 ということは、あの部隊長だけ、逃げ出したということでしょう。


「かなり厄介な拘束だったが、私にかかれば、抜け出すことなど!!」


「っ!」


 部隊長の告げる言葉に思わず歯がみしました。


 間抜けに見えましたが、一応、部隊長ということでしょうか、なんて思っていたのですが、


「何を格好付けているんだい? 僕が時間を稼いであげたからだろう? しかも、渡しておいた虎の子の術式まで使用してかい?」


「いだっ!? いだいであります!」


 黒騎士が部隊長の頭部をわしづかみにして持ち上げていました。


 というか、あの部隊長未だに縛られたままじゃないですか。


 しかも、よく見れば、胸元から破れた術符らしきものが出ているのが見えます。


 どうやら、使い捨ての術符で黒騎士の元へ移動したみたいですね。


 そんなものまで、持っているなんて……こいつら本当になんなのでしょう。


 ポータルのような魔導具は師匠でさえも、私達に使わせたり、渡したりといったことは基本的にないというのに。


「ふむ、あまり驚いていないみたいだね」


「うう……あやつは魔女の関係者ですからな。こういった術符や魔導具にも慣れているのだと……ぎゃあ!?」


 痛みをこらえながら私のことを語る部隊長でしたが、黒騎士に思いっきりはたかれていました。あれは痛そうですね。


「それは大事な情報だろう? すぐに話すべきだと思うんだけど?」


「……も、申し訳ありませぬ」


「まあいい、なら、僕の予想は間違っていなかったわけだ」


 なにやら、私達――特にシロちゃんとクロちゃんを見て、一人で納得して頷いていますね。気持ちが悪いです。


「とはいえ、そうなると色々と考えなくちゃいけないね。いきなりは無理だろうし、ここは逃げの一手かな?」


「だから、逃がすわけがないでしょう!!」


 露骨な誘いですが、逃がすわけにも行きません。


 短距離とはいえ、転移用の術符すら用意できるヤツらです。ブラフだと思っていたら、稀少な転移用の魔道具を持っていて、使用して逃げられる、なんてことが大いにあり得ます。


 私は手に持った小筒を黒騎士へと向け魔力弾を放ちます。


「面白い魔導具だね。それも魔女の作ったものかな?」


 しかし、それはあっさりと避けられてしまいました。


 当たればラッキー程度のものとはいえ、ここまで簡単に避けられると腹が立ちますね。


 とはいえ、シロちゃんとクロちゃんが攻撃するには十分でしょう。


「ふぉとんれい、しょーとばーじょんはっしゃー」


 シロちゃんが黒装束達にも使用した、『ふぉとんれい』を黒騎士目掛け放ちます。


「キミは邪魔だよ!」


「ひええええええ!?」


 それを見た黒騎士は部隊長を後ろへと投げ飛ばすと、シロちゃんの放った光線を大剣で防いでいきました。


 大剣を巧みに操り、手元で回転しているかのように振り回しながら、防ぐ様は一種の曲芸のようにも見えます。


「ぐれーとほーん!」


 シロちゃんの光線を防いでいる真っ最中の黒騎士目掛けクロちゃんが突撃します。


 その姿を見た黒騎士は大きくバックステップすると、クロちゃん目掛けアーツを放ちました。


「斬鉄刃!」


 クロちゃんの光り輝いた角と黒騎士の技がぶつかり合います。大木すらはじき飛ばすクロちゃんの一撃と真っ向からやり合っているというのは最早、


「もいっちょー!」


 クロちゃんと打ち合っているのをみたシロちゃんが再び『ふぉとんれい』を発射します。


 先ほどとは違い、大剣はクロちゃんと打ち合っている真っ最中ですから、防御に使うことは不可能でしょう。


「流石に、僕でもこの二体を同時に相手取るのはつらいなあ!!」


 そう言いながらも、放たれる光線を最小限の動きで避けていきます。


 流石に、全ては避けきれず鎧や兜に命中しているのですが、多少衝撃がいくだけで、致命傷にはほど遠いようです。


 あの大剣と鎧はやっぱり……なんて、考えていると、部隊長の声が聞こえてきました。


「準備できましたぞ!!」


 何の準備を……と視線を向ければ、部隊長が手に持つ簡易型ポータルから魔法陣が出現しているではありませんか。


 というか、いつの間に拘束が解けているのですか!?


 一瞬、混乱しましたが、おそらく黒騎士が後方へ放り投げたときに解除したのでしょう。


 シロちゃんとクロちゃんの『ばいんど』を解くとはあの黒騎士、戦闘能力だけではないみたいですね。


 あれを使わせるわけには行きませんね。


 まだ、こいつらに恨みを返せていない状況で逃げられるなど論外です。


 黒騎士はシロちゃんとクロちゃんを相手にしていて、そう簡単に行動はとれないはずですから、私が行くしかないでしょう。


 そう思い、駆けだしたのが失敗でした。


「暴風刃!」


 黒騎士が私目掛けて、風の刃を放ったのです。かまいたちのようなものですが、威力、大きさともにかまいたちよりも上です。


 あんなものをくらったら私などひとたまりもありません……と思っていたのですが、風の刃が私に届くことはありませんでした。


「させぬです」


「やらせぬです」


 シロちゃんとクロちゃんが防いでくれたからです。


 ですが、シロちゃんとクロちゃんがここに来たということは……?


 ばっ、と視線を向ければ、黒騎士はすでに部隊長と合流していました。


 これでは、間に合いません。


「ふふふ、じゃあ、失礼させてもらうよ」


「魔女の手先の小娘め! この借りは次の機会に返させてもらおう!」


 そんな声とともに、黒騎士達は魔法陣を起動させて逃げ――




「貫け!!」


 逃げようとしていた黒騎士達の周りから色とりどりの刃が降り注ぎ、簡易型ポータルが形成していた魔法陣は消え失せてしまいました。


「ぬおっ!?」


「この攻撃は……彼も来たのか」


 黒騎士の声につられて私も同じ方向を見てみます。


「細かいことはよく分からないが、街をメチャクチャにしてくれたのはお前たちでいいんだよな?」


 すると、そこには多数の属性刃を浮かべながら、魔剣を構えたリューレイさんが立っていたのでした。


 いや、遅いですよ。


 そして、格好付けてる場合でもないですって。

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