第14話 リューレイさんと私


 コッソリとリューレイさんの後をつけること、三時間ほど。私は今現在も歩いている真っ最中です。


「おっ、ととっ」


 危うく足を滑らせて転けそうになるのをこらえます。


 さすがに歩きにくくなってきましたね。


 それもそのはず整備された街道はとっくに外れてしまい、だいぶ山道のようになってきているのですから。


 こんな所をたやすい顔して進んでいくなんて、リューレイさんは流石にAランク冒険者といったところでしょうか。素直に感心してしまいます。


 などと、一人で頷いているとリューレイさんが辺りを伺います。


 そして、一通り確認すると軽く頭をかいて、そのまま元の方向へ進んでいきます。


「なんか、違和感があるんだよな……」


 なんて呟く声が聞こえてくることを考えると、私たちがついてきているのを感覚的に理解しているというところでしょうか。


 シロちゃんとクロちゃんによる『こうがくめいさい』と『しゃだんふぃーるど』のおかげで気付かれずにすんでいますが、何もせずについて行っていれば即見つかっていましたね。


 おかげで助かりました。


 内心で感謝を告げつつ、私もキョロキョロと辺りを伺ってみます。


 それにしても、大分リベルティアの街から遠ざかってしまいましたね。


 周りを見渡すと、木々が少なく岩肌があちこちに見られます。


 リューレイさんもこんなところまで、違法魔道具に関係する仕事をしに来なくてはならないのですか。


 一体何があるのでしょうかね。


 きっと、違法魔道具の製造拠点だとか、保管庫だとか……そういう所を摘発しに行くのだと思います。


 そういう施設となると警備している人たちも大勢いるでしょうから、戦闘に発展しそうですね。


 そうなれば、こっちのものです。どさくさに紛れて違法魔道具を回収して……。


 と、ここまで考えて、この仕事がまさか何日もかからないか不安になってきました。


『ようやく来たな』とガンドルフさんがリューレイさんに言っていたことから考えると、わざわざ呼びつけた可能性が高いので、何週間も街の外での仕事を任せたりはしないと思いますけど……これは希望的観測ですかね?


 最悪、野宿を想定して師匠の倉庫から取り出す必要がありますね。

 

 別に野宿ぐらいしたことはあるのですが、一人だと準備が面倒なのです。


 姉弟子達と素材取りに行かされたときの野宿は、準備自体は楽でしたねー。


 別のことで大変でしたが。あのダメ姉弟子め……。


 自分の思い出した記憶に対して、イラッとしていると、リューレイさんが歩みを緩めます。


 さらに、


「もう、そろそろか?」


 などと、呟くではありませんか。


 どうやらこの近辺に違法魔道具に関わる何かがあるようですね。


 私も辺りを見回してみるのですが。


 特に施設っぽいものは見つかりません。


 そのまま、しばらくゆったりと歩いていたリューレイさんですが、唐突に魔剣を抜き去ると身体の正面に向けて構えました。


 な、何が起きたのでしょうか……。


 構えたリューレイさんを観察するとシロちゃんが呟きました。


「近づいてくるです」


 何がでしょう? と聞く前にドスドス!! と、大きな足音が私の耳に聞こえてきました。


 一体何が来るんですか!?


「グルルルルルルルァアアアアアアア!!」


 叫びながら現れたのは二メイルから三メイルほどの大きさの灰色の魔獣。


 太い二本の足で立っているドラゴンのようにも見えますが、強靱な歯を見せつけるような口元を考えると、どちらかというとトカゲのような気もしますね。


 なかなか強そうに思えます。


 私の予想を裏付けするようにリューレイさんも少し驚いたような声を出しました。


「っち、予想より悪いのが出てきたな。なんだって、コイツがこんなところに……」


 リューレイさんは魔剣を構えたまま魔獣の動きを観察するように呼吸を整えていました。


 一方で魔獣の方もそんなリューレイさんを油断無く見つめます。


「グルルゥ」


 低いうなり声を上げ、相手を威嚇しつつも先ほどのような咆哮は一切出しません。それだけ、リューレイさんの強さを本能で計り取っているのでしょう。


 どちらが動くのか……、私がそんなことを思った瞬間でした。


「はぁ!」


「グルルァ!」


 どちらからともなく、駆け出したリューレイさんと魔獣がぶつかり合います。


 リューレイさんが振るった魔剣に相対するように、魔獣はクルリと一回転して自らの尻尾をぶつけました。


 すると、キィン! と魔剣が魔獣の鱗とぶつかったのか甲高い音を立てます。


 金属同士がぶつかったかのような音ですね。


「やっぱり、そう簡単に通してはくれないか……あまり使いたく無かったんだがな」


 リューレイさんはそう呟きながら一旦距離をとります。


「……グルルルルル」


 魔獣の方もすぐにリューレイさんに近寄っていくようなことはなく、その場で体勢を立て直していました。


 尻尾を見てみても怪我のようなものは見えませんね。


「いけ!」


 このままの純粋なぶつかり合いでは時間が掛かると判断したのか、リューレイさんが短く宣言すると、魔剣のラインが強く光り輝きいつか見た属性刃を生み出しました。


 ただ、あの時と違い本数は四本です。


 色も赤、青、黄、緑と基本属性のもののようですね。


「…………」


 魔獣はそれを見て、唸るのを止め警戒するように見つめます。


 状況が良くない方へ傾いているのが理解出来ているのですかね。


「くらえ!」


 リューレイさんのかけ声にあわせて四本の属性刃が魔獣目掛けて飛んでいきます。


 もちろん、リューレイさん本人もただ見ているだけではありません。

 自らも、属性刃をおとりのようにしつつ、突貫していきます。


 魔獣は迫り来る属性刃とリューレイさんを二本の太い足を器用に動かしての回避するのと、尻尾を巧みに使うことで防いでいたのですが、五方向から襲いかかる刃をしのぐのには多大なる集中力が必要となります。

 

 そのせいか、一本の属性刃が魔獣の顔面へと突き刺さろうとしていました。


 回避も尻尾も間に合うタイミングではないので、これで終わったな、と私は思っていたのですが、魔獣はこれを防ぎました。


 どのようにしたのかというと――


「グルルルルルルルァアアアアアアア!!!」


 このように吼えて防いだのです。


 厳密には、吼えたときに口から波動のようなものが見えたので、魔法か魔獣に備わっている固有能力で防いだのでしょう。


 ただ、それで満足してしまったのか一瞬とはいえ、動きを止めてしまったのはマズかったですね。


 相手が二流ならばそれでも大丈夫だったのでしょうけど、ここにいるのはAランクのリューレイさんです。


 そのような隙を見逃すはずがありませんでした。


「今だ!」


 振り抜かれた黒い刀身が魔獣の胴体を切り裂きました。


 鱗で守られていても無防備な状態で攻撃されれば受け流すことも防ぐこともできないようです。


「グルルルルルァアァァァァァ!?!?」


 ドバッと赤い血が噴出し、魔獣が痛がる声をあげてその場から飛び退きます。


「っち、浅かったか!」


 そんなリューレイさんの声を裏付けるように魔獣は健在でした。


「グルルルルルルル!!」


 切り裂かれた箇所が治るといったことはなく、今も血を流しているものの、二本の足でしっかりと立っています。


 それどころか、リューレイさんを怒りがこもった目でにらみ付けているように感じました。


 自身を傷つけた相手なのですからそれも当然でしょうかね。


 それにしても、あの魔獣強いですね。


 それが、この戦いをここまで見ていた私の感想でした。


 Aランクのリューレイさん相手におされているとはいえ、ここまで戦えるということは、あの魔獣は少なく見積もっても冒険者ギルドにおけるBランク相当の魔獣になると思われます。


 街道から外れているからといって、街に一日かからずに行ける場所にいていい魔獣ではありません。


 あんなのと同じくらいの強さの魔獣が似たような場所にわんさか出てくるようでは、殆ど人が街道を歩けませんからね。


 今回の件は特殊なケースといえるでしょう。


 それはそうとして、リューレイさんもなぜあの技を使わないのでしょうか。


 私が脳裏に浮かべているのはシロちゃんとクロちゃんに対して使った技のことです。


 たしか、『エレメンタルバースト』と言っていたでしょうか。


 あの技は下準備がいるみたいですが、発動したときの威力はかなりのものだと思います。


 シロちゃんとクロちゃんには効かなかったとはいえ、あの巨体をまとめて呑み込んでしまうほどですからね。


 あれを使えばあの魔獣も楽に倒せそうな気がしているのですけどね。


 なのに、リューレイさんは使うのは魔剣の特集効果である属性刃のみでそれ以外の技は使っていません。


 一体なぜなのでしょう?


「どう思います?」


 そんな風にシロちゃんとクロちゃんに聞いてみたのですが、返ってきたのはこんな声でした。


「……グルルルルルルルルル」


「ぐるる?」


 なんか変な音が聞こえますね、振り返ってみればそこそこの近さにリューレイさんが戦っている魔獣と同じ姿をした魔獣がそこには存在していました。


「はい?」


 しかも魔獣の瞳は完全にこちらに対して狙いを定めています。


「なんでですか!? この魔獣はあっちでリューレイさんと戦っているじゃないですか!?」


「おそらく家族的な?」


「つがい的な?」


 言いたいことは分かりますが、なんでこっちに……私の姿は見えないはずなのに、と思いましたがシロちゃんとクロちゃんが『こうがくめいさい』とやらを発動する前に言っていましたっけ――『においとけはいは完全には消せぬです』って。


 まさか、この魔獣においいで私のことを見つけたとでもいうのですが!?


「ひえええええ!? これでもくらいなさい!?」


 突然の出来事に混乱した私は、リュックから師匠謹製の『爆音弾』を取り出すと魔獣目掛けて投擲します。


 『爆音弾』は師匠が作った投擲用の使い捨て魔道具です。効果は何かにぶつかったときに破裂して強烈な音と衝撃を発生させるというもの。


 単にふき飛ばすだけでなく、相手の耳や頭にも負荷をかけることが出来るという優れものです。


「あー、ふぃーるどぬけたです」


「これはまずいです?」


 シロちゃんとクロちゃんがなにやら言っていましたが、私の耳には全く入ってきていませんでした。


 なぜなら、私は対『爆音弾』のために耳を塞いでいたからです。


 投げられた『爆音弾』は魔獣にぶつかると、その効果を発揮しました。


 ドッゴォォォォォォォォ!!! と大きな音と衝撃波をまき散らした『爆音弾』は魔獣を思いっきり吹っ飛ばしました。


「グルルルァ!?!?」


 ついでに、私も多少吹っ飛ばされます。


 惨めに転がることこそありませんでしたが、よろめいて衝撃に流されるようによたよたと何歩か歩いてしまいました。


 だから、気付かなかったのです。


 シロちゃんとクロちゃんが使ってくれている『こうがくめいさい』と『しゃだんふぃーるど』の効果範囲をでていたことに……。


 そうなれば当然気付かれることになります。


「リーア嬢!? なんでここに!?」


 魔獣との戦闘中であるリューレイさんが驚愕の表情で私を見つめていました。


 どうしましょう?


 吹っ飛ばされても立ち上がった魔獣を見つつ、リューレイさんへの言い訳を考えるのでした。

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