第11話 学院生の噂話

 闘技大会という聞き慣れない言葉――いえ、意味は分かるのですけど。


 正確には闘技大会と違法魔道具が繋がらないのです。


 闘技大会というのは一般的に何かを競いあって優勝者を決めるものです。


 そう考えた場合、行われるのがリベルティア魔法学院なわけですから、魔法を競い合うのだと思ったのですが、なぜここで違法魔道具が出てくるのでしょうか。


 本気で分からないでいると、


「持ち物なれば?」


「道具のしようありです?」


「あ、そういうことですか」


 シロちゃんとクロちゃんの言葉で正解が分かりました。


 ミーシャさんはそれを見て、『せいか~い! この子達かしこーい!』と笑いながら膝元のシロちゃんをわしゃわしゃと撫でています。


 この闘技大会では魔道具の使用が認められているということのようですね。


 ただ理解はしても納得は出来ないといったところでしょうか。


 思わずミーシャさんに問いかけてしまいました。


「良いんですか、それ?」


 私がそんな質問をしてくるのは予想していたのか、ミーシャさんは苦笑しつつ答えてくれました。


「それがね。一流の魔法使いなら魔道具を使いこなせてこそ! なんだって。まあ、私も屁理屈にしか聞こえないけどね」


 そう言われれば、なんとなくは分かりますけどね。


 とはいえ微妙な気分は晴れないのですが。


 そんな私の内心を気にも止めずにミーシャさんは続けます。


「実戦だと魔道具を使わない事なんて滅多にないから、今のうちに慣れさせておこうっていう面もあるみたいよ」


「ああ」


 一応納得は出来ました。


 魔道具と一口に言っても戦闘用の魔道具は使用者の魔力を消費して使用するものが殆どです。


 どれだけ強力な魔道具を手に入れたとしても、使用者が使いこなせなければ全く役に立たないわけです。


 つまり、ゴミ。


 闘技大会において、魔道具の使用が認められているのは、そういったことからだと思われます。


 魔力不足や練度不足で魔道具を上手く使えなくても、自業自得になるということでしょうね。


 ここまで闘技大会についてミーシャさんに聞いてきましたが、魔道具の使用が認められているとなるとそこで違法魔道具が使われることが想定されるわけですね。


 そう問いかけると、ミーシャさんが頷きます。


 ですが、ここで根本的なことが疑問としてでてきました。


「あれ? でもなんでわざわざ違法魔道具になんて手を出そうとする人が出てくるんですか?」


 戦闘用の魔道具なんてごく普通に――とまでは言いませんが、店で売られていることも多いのです。


 材料さえあれば魔道具なんて私にだって作れるのですから、魔法学院の生徒ならば自作できる人だって沢山いるはずです。


 それなのに、どうして『違法』とつくものを使おうとするのか分かりません。


 違法魔道具は質の悪いものだと爆発したり、魔法が暴発したりといった事故を引き起こして、使用者だけでなく周囲の人が怪我をしたなどという話も聞いたことがありますからね。


「あー、それはね。殆どの戦闘用魔道具が売り切れになっているからかな?」


「売り切れ」


「そうよ。いつも闘技大会の前は品薄になるみたいなんだけど、今年は特にそれが顕著みたい。素材とかも結構ないらしくて、私が『妖精の葉』を手に入れられなかったのもそれが原因なのよね」


 ミーシャさんがため息交じりに語ってくれました。


 ふむふむ、結構分かってきましたかね。


 とはいえ、新たな情報を入れすぎたので落ち着く目的で、カフェラテを一口飲みます。


 ほどよい甘さが心地よいですね。


 なんて、思っているとミーシャさんも話し疲れたのか同じタイミングでカフェラテを飲んでいました。


 コップを置いたミーシャさんが何か思い出したかのように『あ!』と口走りました。


 何に気付いたのでしょうかね。


「それともう一つ」


「なんでしょう?」


「違法魔道具に手を出す理由は、売り切れ以外に噂も原因だと思うわ」


「噂ですか?」


 噂なんて形で広まっているということは、確証はないということなんでしょうけど、やっぱりそういうものって気にしちゃいますよね。


 私も姉弟子の流布する噂に何度騙されたことか……思い出したら腹が立ってきましたね。


「なんでも、今回の闘技大会には王族やそれに近い貴族が見に来るだの、良い成績を残せば、国家魔法士になれるだの、研究所にスカウトされるだのってやつね。将来に向けて良いアピールをしとかなきゃって張り切っている生徒が多いのよ」


「うわぁ」


 思わず声が出てしまいました。随分無秩序な噂ですね。


 本当にそういうことがあるのなら、とっくに発表されていそうなものですから、本当に噂なのでしょう。


 ただ、ミーシャさんの言い方だとかなり広がっていそうですね。


「踊らされるのは」


「人の真理です?」


 そんな風に聞いているとシロちゃんとクロちゃんが唐突に会話に交じってきました。


 交じるというか、呟いたと言う方が適切ですかね。


 この子達は……なんというか相変わらずですね。


 私の感想はそんなところだったのですが、ミーシャさんは、『そうねー』、なんて良いながらシロちゃんをまたもなで回しています。


 ああ、多分触れれば何でも良いんですね。


 なんて思っていると、ミーシャさんがさらに話を続けます。


「それに『万色の魔剣使い』リューレイ様が、この街に来たのもそういった噂に拍車をかける要因になっていると思うわ」


「うぇ!?」


 聞き覚えのある名前に変な声が出てしまいました。


 しかも『様』付き。


 煤焦げたリューレイさんを思い出しても、吹き出さなかっただけ自分を褒めていいと思います。


 私が漏らした甲高い声にミーシャさんは首を傾げました。


「どうしたの?」


「……いえ、何でもないです。その方は凄いのですか?」


 Aランクということは知っているのですが、それ以外の情報は何一つ知りません。


 そう言うと、ミーシャさんが力を入れて語り出しました。


「そりゃ凄いわよ。高い依頼達成率とそれに裏付けされた実力。さらに、あのルックスに気さくな態度! ギルドの方ではSランクに上げようかなんて話もされているとか!」


 あぁー、これは長くなりそうですかね……なんて思っていると唐突にミーシャさんが元のテンションに戻ります。


「まぁ、全部クラスの子からの受け売りだけどね」


 そう言って、ペロッと小さく舌を出しました。

 なんでも、様付けしないとその子が怒るのだとか。


 ミーシャさん自身はそこまでファンではなさそうですが、熱烈なファンが学院にいるようですね。


 それにしても、なるほど。人は見かけによらないですね。


 あの人にそこまでファンがいるとは……。


 しかも、Aランクの中でもトップクラスだというのは本気で驚きました……それはともかく、今度会ったら二つ名の方で呼んであげた方が良いですかね。


 私がそう呼んだら、どんな顔をするのかちょっと興味があります。

 少し前会ったときはそんな二つ名があるのを知りませんでしたからね。


 まぁ、あのイケメンなら案外平然としていそうですけどね。むしろ、二つ名を誇った上で、俺、実は結構凄いんだぜ? 的なドヤ顔を披露してくるかもしれません。


 でも、なんでリューレイさんが来ると闘技大会の噂に拍車がかかるのでしょうか?


 そう疑問に思って問いただすと、


「わざわざ、この時期にAランクでも有名なリューレイ様が来るってことは、闘技大会の護衛も頼まれているんじゃないか? って話になっているのよ」


「なるほど」


 ここで先ほどの王族や貴族の話に繋がるわけですか。噂というのは思い込みでどこまでも広がっていきますからね。お祭り気分で浮かれているのもあればこんな感じになるのも仕方がないかもしれません。


 その噂に踊らされて違法魔道具に手を出す学生がいるのも、この流れでは当然ともいえるでしょう。アピールチャンスを逃したくはないですからね。


 あれ? でも生徒に違法魔道具を使わせない方法なら簡単なものがありますよね。


「そういえば教師はチェックしないんですか?」


 違法魔道具が流行っているなんてなれば、闘技大会前に教師の手が入ってもおかしくないと思った私はミーシャさんに問いかけたのですが、返ってきたのは歯切れの悪い答えでした。


「するといえばするのだけど……実際に使って見せて威力を確認するだけだから、魔道具の内部の調査とかはいっさいしないと思うわ。そんなことしている余裕がないってのもあるだろうけど」


「ふむふむ」


 闘技大会にどれ位の人数が出場するのか分かりませんが、一〇や二〇ではすまない人が出場するのでしょう。


 そうなると、その全ての出場者の魔道具を完璧にチェックするのは不可能に近いです。


 出来るのは威力を調べて生徒同士の過剰な怪我の防止といったところでしょうか。


 むしろ、性能だけでもチェックしているだけマシですね。


 本来なら分解して、調べれば違法魔道具かどうかは全てではなくても見分けられると思います。


 その理由は、違法魔道具は『違法』とつくだけあって、どこで作られたのか分からないものを指しているのですが、そう言った魔道具には有るはずの認可刻印が偽造されてあったり、そもそも存在すらなかったりするのです。


 側だけ精巧に似せていても案外内部は雑なことも多いので、時間をかけて調べれば、分かりそうなんですけどね。


 現に私はあの男が使用した違法魔道具から澱みのようなものを感じました。


 それとも、あの男の使っていた違法魔道具が粗悪品だったのか。


 そもそも、あれは他の人は気付かず、私だけが感じるものなのかも分かりません。師匠からも魔力の運用能力と感知能力だけは手放しで褒められていますから。


 ここら辺は実物がないとなんとも言えませんね。


 やっぱり、持ち帰っておくべきでしたかね。


 今更ながらに、少しだけ後悔します。


「私が知っているのはこれくらいよ? 参考になった?」


「ええ、十分です」


 これは、本心です。一学生であるミーシャさんですが、噂も含めれば最初の予定以上に知ることが出来ました。


 この店のカフェラテも美味しいですし、素直に感謝ですね。


 その後、ミーシャさんとは店を出て互いにお礼を言って別れました。


 向こうは向こうで、欲しかったものも手に入ったので笑顔でしたね。


 若干、シロちゃんとクロちゃんと離れるのだけは名残惜しそうにしていましたが。

 手触りが気に入ったご様子でした。


 さて、違法魔道具と学院生の関係が分かったところで、次の方針はどうしましょうかね。


 微妙に手詰まり感は変わらないので、思わずこんな考えが出てきてしまうほどでした。


「楽なのは学生を片っ端から問い詰めつつ、怪しげな反応をする人がいれば、シロちゃんとクロちゃんを使って怪我なく気絶させて違法魔道具をもらうとかですかね」


「やれというなら、やりますが?」


「おすすめはせぬです」


 やんわりと否定されました。


 でも、最悪やってくれるんですね。


 別にもっと強く拒んでも良いんですよ?


 なんて思いつつ、首を横に振ります。


「冗談ですよ」


 一瞬、考えたのは事実ですが、そんな事をすればギルドや兵士から目を付けられてしまうじゃありませんか。リスク的にあってません。


 とはいえ、すぐに良い案が出ないのも事実なのです。


「うーん、歩きながら考えましょうかー」


 そう言って私は大通りを再び歩き出すのでした。

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