第10話 『妖精の葉』と等価交換

 シロちゃんとクロちゃんへのブラッシングの決意を胸に秘め、運良く出会った制服姿の少女へと口火を切ります。


「『妖精の葉』という単語が聞こえてきたのでちょっと気になったんです」


 すると、彼女はあー、という顔つきになって答えてくれました。


「そうなの。素材屋をまわってみたんだけど何処にもなくて、困っていたのよ。素材について聞いてくるってことはアナタも錬金術師?」


「ええ、そうですね」


 師匠のもとで錬金術も学んでいたので嘘ではありません。


 それ以外も習っているので純粋な錬金術師か? と問われれば首を傾げざるを得ないのですが、今は関係ないですからいいでしょう。


 彼女が何か返事をしてくる前に私が口を開きます。


「『妖精の葉』が必要でしたら、お譲りしましょうか? 今、たまたま持っているので……」


「うそっ!? ホントに!?」


 彼女は目を見開いて驚きます。


 ですが、驚いていたのは一瞬だけで私のことを訝しげな目でにらみ付けてきていました。


 『妖精の葉』というのは、妖精が住まうといわれている森に生えている特殊な葉のことです。


 あくまでそう呼ばれているほど深い森というだけで、実際に妖精が住んでいるかは関係ないのですけどね。


 ただ、採れる場所は大抵森の奥深くなので、リューレイさんが鎧としていたミスリルほどではないですが、希少性はほどほど高いといったところでしょうか。


 そんな素材をいきなり譲りましょうかといわれれば疑うのも当然といえます。


 私も逆の立場だったら信じられないと思いますし。


 まあ、師匠の所では腐るほど――というと流石に言い過ぎですが、わりとありふれた素材だったので倉庫にはこんもりとあります。


 倉庫にあるということは、すなわち私のリュックにもあるということです!


「ああ、ただというわけではありませんよ」


 私がそう言うと、彼女はいくらか安心した顔つきになりました。対価を求められれば人間いくらか納得できますからね。


「……いくらかしら? 状態を確認させてもらってからだけど、相場と同じ値段でどう?」


 彼女が提示してきた金額は可もなく不可もなく――『妖精の葉』を買うとすれば大体この値段の近辺でしょうかね。


 師匠に言われて売りに行った事がありますが、それとほぼ同じ値段でした。


 確かに売るならその値段なのですが、私は今の所お金が必要ではありません。


 むしろ、彼女に聞きたいことがあったからこそ話しかけたのです。


 ですので、お金は断りました。


「いいえ、お金は結構ですよ。代わりに少しお話を聞かせてもらいたいのですが」


「私に? 私ただの学生よ?」


 彼女は首を傾げながら、自分を指さします。なぜ自分に聞きたい話があるのか分からないという顔をしていらっしゃいますね。


 ですが、その学生のアナタが重要なのですよ。


「ええ、それは分かっています」


「理由を聞いてもいい?」


「色々とあるのですが、端的に言ってしまえば自分の好奇心のためですね。あと、アナタ個人についての質問ではないですよ」


 一応、勘違いしておきそうな要素を潰しておきます。未だに言っていなかったはずですから。


 そんな私の言葉を聞いて頷く仕草をした彼女はにっ、と口の端をあげます。


「ふぅーん、自分の好奇心のため、ね。その理由嫌いじゃないわ」


「はぁ、どうも?」


 妙な所に食いつかれてしまい、思わず気の抜けた返事をしてしまいます。


 錬金術師というだけあって、好奇心や興味といった単語が好きだったりするのかもしれません。


 錬金術なんて自ら進んで探求していく覚悟がなければ学ぶのは結構つらいですからね。


 私のときなんか……おっと、嫌な記憶の蓋が開きかけました。


 思い出すな、と本能が警告しています。


 などと、私が一人でやっていると彼女が微笑みます。


「私も『妖精の葉』がなくて困っていたところだったし、そんなのでいいなら協力するわ」


「ありがとうございます。ああ、これ『妖精の葉』です。何枚、いりますか?」


「え、そんなにあるの? じゃあ、五枚欲しいんだけど……」


 おずおずといった様子で、彼女が『妖精の葉』の枚数を伝えてきます。


 なんだ、五枚で良いのですか。


 てっきり、数十枚単位でくるかと思っていたので拍子抜けでした。


「ええと……どうぞ」


 リュックから『妖精の葉』を取り出した私はそのまま彼女に手渡します。


「ええー、そんな簡単に……しかも、何これ!? この前店で買ったのより状態が良いじゃない。どんな保存法で――いや、それとも取ってきたばっかりってこと――……」


 まぁ、驚くのも当然かもしれないですけどね。


 なぜなら、師匠の倉庫は時魔法を利用しており、内部では時間がゆっくり進みますからね。ですから、素材の劣化が少なくて済むのです。


 なにやら自分の世界へ入ってしまいました。


「あのー、それでいいですか?」


「え、ああ!? そうね、大丈夫よ。これなら、十分使えるわ」


「それじゃお話を――」


「ちょっと待って」


「なんでしょう?」


 『妖精の葉』も問題がなかったということで、さっそくお話を聞かせていただきましょう! と内心意気込んだのですが、遮られてしまいました。


 一体どうしたというのでしょうか。


 私が少し不機嫌そうにしていると彼女がこう提案してきました。


「場所を移しましょう!」


 言われてみれば、素材屋の目の前でしたね。


 話も長くなる可能性は大いにありますし、そう考えると悪くない案ではないでしょうか。


 否定するだけの理由もないですしね。





 そんなこんなで、少女に連れられて私がやってきたのはオープンカフェテリアです。


 彼女曰く、ここのカフェラテが絶品なのだとか。


 クレープを先ほど食べたばかりですし、飲み物というのは良いかもしれませんね。


 注文したカフェラテが来るまでの間に自己紹介をすることになりました。


 そういえば、未だにお互い名前すら知らなかったですね。


「リーア・アーデンシュルクです。見聞を広げるためにあちこち旅をしています」


「ミーシャ・アーヴィンよ。リベルティア魔法学院高等部二年生ね」


 ミーシャ・アーヴィンと名乗った彼女の膝元にはシロちゃんが存在しています。


 話す間、触らせて欲しいとの事でしたので許可しました。


 そんなに気に入ったんですかね。


 ちなみに私の膝元にはクロちゃんがいて、私も撫でています。


「なでくりされてます」


「いいきぶんです」


 シロちゃんとクロちゃんが目を細めてゆったりとしていました。

 

 思いっきりリラックスしてますね。周辺への警戒は疎かにしてないようなので別に良いですけど。


 自己紹介しつつ、シロちゃんとクロちゃんを撫でていると、カフェラテが届きました。


 せっかく、勧めていただいたのでまず一口。


「あ、美味しいですね」


「でしょ?」


 得意げなミーシャさんを見つつ、もう一口カフェラテを飲みます。


 飲みやすいのはミルクの質が良いのですかね。

 もしかしたら、コーヒーの方かもしれませんが。


 あまり詳しくないので細かくは理解出来ませんが、美味しいというのは分かります。


 さて、ここからが本題です。


 まったりカフェタイムも悪くはないですが、今回の主題はこれではありませんからね。


 なんて、思っていたらミーシャさんの方から聞いてきました。


「それで、私に聞きたい事って?」


「ええとですね……聞きたいことというのは違法魔道具についてなのですが」


 出鼻をくじかれつつもここは直球で聞きます。変にぼかしても伝わらなければ意味がないですからね。


「違法魔道具っていうと、最近話題のやつよね?」


「そうですね」


 ミーシャさんからの問いかけに素直に頷きます。


 違法魔道具についてはリベルティアですでに広まっているせいか、そこまで明確な反応はありませんでした。


 ただ、不審そうな目で私を見てきます。


「私にそれを聞いたって大した情報にはならないわよ?」


「いえ、どうやらリベルティア魔法学院生の中に、違法魔道具所持者と何らかのやりとりをしている人物がいるみたいなのです」


「やりとりっていうのは取引とか?」


「その可能性もありますが確証はないです」


 私が見たのは何か会話している様子だけですからね。その後は逃げていっただけですし。


 私の話を聞いたミーシャさんはカフェラテを飲みながら、どこか興味ありげな視線を向けてきます。


「ふーん。どこでそんなの知ったのか? って聞きたいけど答えてくれないわよね?」


「もう聞いているじゃないですか……それと当然答えませんよ」


「すでに対価はもらっちゃっているわけだから、答えるけどね。うちの学生であれに手を出すのなんて……いや、今の時期なら案外結構いるかもしれないわね」


 最初は否定的でしたが、少し悩むと思い直したのか神妙そうに頷いていました。


 ここで私はさらに突っ込んで質問をしてみます。


「今の時期というと?」


 この時期なんかありましたっけ? と頭を捻ってもなにも出てきません。

 

 特別な行事などはなかったように思えるのですが。


 そんな考えが私の顔に出ていたのかミーシャさんは笑って否定します。


「違う違う、学院のイベントよ。外部からも人を呼ぶから……お祭りみたいなものね」


「ふむふむ」


 お祭りですか。小さなものならば行ったことはありますが、リベルティアのような大きな街では初めてですね。


 今回は魔法学院のイベントということで規模はそこまで大きくないかも、と思ったのですが、ミーシャさんの言い方だとわりと大きそうですね。


 さらに、ミーシャさんが続けます。


「その中の一つとして闘技大会ってのがあるの。それに出場する気のある人間なら違法魔道具に手を出してもおかしくないわ」


「闘技大会……ですか?」


 新たな言葉に耳を傾ける私なのでした。

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