第8話 パンケーキと好奇心


 翌日、私は泊まったホテルにて朝食をとりつつ、周りの噂話に耳を傾けていました。


 何でも最近起きている事件と関わりがある内容だそうで、大なり小なりその話題でいっぱいでした。


「ふーん、違法魔道具所持者の摘発ですか」


 聞いた噂話の内容を反芻しつつ独りごちります。


 どうやら、違法魔道具を所持し、販売しようとしていた男達が倉庫街で縛られた状態で発見され捕まったようです。 


 どこかで聞いたようなお話ですねー。


 思いっきり心当たりがあるので周りにバレないよう一切顔には出さないようにしました。


 誰かに気付かれて、兵士から事情聴取になんてなったら面倒ですからね。


 というか、あの男達そんな存在だったんですか。


 持っていたのはぶっさいくな魔道具だとは思いましたが、違法品だったとは……でもまあ、確かに粗悪品にしては威力と精度は中々でしたね。


 短剣を振るうという行動をしなければ発動しないという点は疑問が残りますが、それ以外に弱点らしい弱点はありませんでしたか。


 戦ったのは短時間だったため、その他の問題がある可能性は否定できませんが、終わったことなのでもう良いですかね。


 あー、でも一個ぐらい持ってかえってくれば良かったですかね。

 違法性のあるものなんて、そう簡単に手に入るものじゃありませんし。


 そんなことを考えているとシロちゃんとクロちゃんがテーブルの上に乗ってきました。


 さらに、私の心を見透かしたように問いかけてきます。


「昨夜はあれで良かったです?」


 あれ、というのは男達を吊した状態で放置したことでしょう。


「問題ないでしょう。彼らが犯罪をしていたかどうかはあの時点で確証はありませんでしたからね」


 男達への対処法については特に後悔などありません。

 それにアイス代と謝罪は欲しかっただけですからね。


 そもそも、私は喧嘩を売られたから買っただけですからね。男達からすれば喧嘩を売ったとも認識していなかったんでしょうけど。


「そうですかー」


 シロちゃんとクロちゃんもそう言っただけで、それ以上特に何も言ってくることはありませんでした。


 そんな彼らを眺めつつ、デザートのパンケーキを口に運びます。


 ふむふむ、ふんわりとしていて……それでいて食感はしっかりとしていますね。


 焼き方が上手いのか、それとも生地が良いのか、どちらにしても評判が良いのは食べたらすぐに分かりました。この味なら評判になるのも当然でしょう。


 パンケーキに舌鼓をうっていると、シロちゃんとクロちゃんが黙ってこちらを見上げています。


 特に何かを訴えかけているわけではないと思うのですが、せっかくなのでパンケーキを一切れ、シロちゃんとクロちゃんへあげてみます。


 はい、あーん。


 普通に食べましたね。


「どうですか?」


 味の感想を聞いてみます。


「おいしいです?」


「とろける甘さいっぱいです?」


 お気に召したようですね。


 こんなに喜ぶなら、もしかして昨日のアイスも少しあげた方が良かったですかね。


 そう思った私は、シロちゃんとクロちゃんからお話を聞くことにしたのです。


「あなた達って何か食べる必要ってあるのですか?」


 言われなかったのでそのまま放置してしまっていたのですが、シロちゃんとクロちゃんも生物……ですよね? 生物だとは思います。


 普通生物ならば食事をする必要があるわけですが――


「その辺は一応もんだいなしです」


「ボク達基本エネルギーはじかはつでんです?」


「『じかはつでん』?」


 またもよく分からない言葉が出てきました。


 思わず首を傾げると、多少言い直してくれました。


「無から生み出す的な?」


「契約者との繋がりがあれば大丈夫てきな?」


 やっぱり、結局よく分からないのですがその後も話を聞くと基本的に食事はいらないそうですが、食べた方が活動の効率は良いとのことなので余裕のあるときは食事させることにしました。


 甘いものも好きみたいですしね。


 たぶん、食事自体が嗜好品扱いなのではないでしょうか。


 また一つシロちゃんとクロちゃんの謎が一つ増えましたが、もはや存在自体が謎みたいなものですのでこのくらいでは驚きません。


 さて、今日はこれからどうしましょうかね。


 スイーツが目的とはいえ、食後すぐに食べる気はありませんし、街の中でも散策してみましょうかね。


 観光都市なだけあっていろんなお店がありそうですしね。


 ただ、歩くだけでもそれなりに楽しいでしょう。


 なーんて、考えているといつの間にか一人の青年がこちらにやってきていました。


 私のすぐそばに寄ってきているのは、銀糸のような透き通った髪と紅玉のような赤い目を――というか、昨日会って別れたばかりの冒険者のリューレイさんですね。


 ホテルのお客さんの視線が何人かリューレイさんへと向けられています。相変わらず人の目を集めるイケメンですね。


 正直、注目を集めるので人の多い状況で私に話しかけて欲しくないのですがね。


 そもそも、どうやって私の泊まっているホテルが分かったのでしょうか。聞き込みでもしたんですかね。


「リーア嬢少しいいか?」


「今は食後のティータイム中なので出来れば後にしてほしいのですが」


 とりあえず断ってみましょうか。食後のティータイムというのは本当ですからね。現に今も紅茶を飲んでいる最中ですから。


 とはいえ、やはり私に用があるのかリューレイさんは帰る気配を見せません。


「なら、終わるまで待たせてもらおうか」


 そう言いながら、向かいの席に座られてしまいました。


 ふう、こうなると早めに答えて帰ってもらった方が落ち着けそうですね。


 シロちゃんとクロちゃんがいるので力尽くで追い返すというのもありますが、現時点でそこまで短絡的な選択肢を選ぶつもりはありません。


「何のごようですか?」


 カップを一時的にソーサーに置くとリューレイさんの方を向きます。


「昨日、倉庫で違法魔道具を所持している男達が吊された状態で見つかった」


「あー、なんでもそうらしいですね。皆さんが噂しているので私の耳にも普通に入ってきていますよ」


 ここまでは普通の世間話といったところでしょうか。特に変なところはありません。


 リューレイさんもそんな印象は受けていたのか、いきなり切り込んできました。


「リーア嬢の仕業だろ?」


「さあ?」


 ノータイムで誤魔化しつつ、内心では感心していました。


 何にか、というとギルド員であるリューレイさんが細かい情報をすでに得ていることですね。


 おそらく、男達がやられた相手として私の容姿辺りについて話したのでしょう。


 ですが、昨日の男達は噂話を聞く限り、兵士達に捕まっているようですので、リューレイさん達冒険者ギルドが関わっているとは思えません。


 ということは、情報の共有が出来ているということに他なりません。


 兵士(騎士団や軍)とギルドの仲が悪いところだとこうはいかないでしょう。

 

 それだけ、この街では連携がとれている証拠でしょうか。


 リューレイさんは私の端的な返答を聞いてもさらに追求してきました。


「なんでそんなことになったんだ?」


 疲れたような顔つきですが、私がやっているという確信がある聞き方ですね。


 明確な証拠はないようですが、私のせいだと決まっているような感じですね。


「だから知りませんってば――ですが、そうですね。多分、その男達はだれかの機嫌を損ねたためにそうなったのではないでしょうか」


 あくまで推測ですよ、と付け加えつつ答えます。


 ほぼ、答えを言っているようなものですが、証拠がないのならばこれはただのお話でしかありません。


 さぁ、どう出てくるのでしょうか、と思ったのですが、リューレイさんの言葉は実にあっさりしたものでした。


「はぁ……ただでさえ今は違法魔道具が増えているせいで、ギルドも忙しいんだから、あんまり騒ぎを起こさないでくれよ」


「それだけですか?」


「それだけですか……って、それだけだよ。リーア嬢には強い護衛もついているんだから、やり過ぎないかどうか心配なだけだからな。あと、観光が目的なら変なのに関わる必要はないだろ?」


「はぁ……分かりました」


「もし次があるならせめて、ギルド員か兵士を呼んでくれると助かる」


 そう言って、リューレイさんは去って行きました。


 警告……というよりは忠告。それもかなり優しく親切な部類ですね。


 言葉通り心配してきてくれただけのようです。

 たぶん、街に被害を出して欲しくないのが本音なのでしょうが。


「じゃあ、俺はこれで行くわ。リーア嬢も観光楽しんでくれよ」


「ええ、ありがとうございます」


 リューレイさんを見送りつつ、私は再びカップを手に取り紅茶を一口。


「違法魔道具が増えているですか……ちょっと興味が出てきましたね」


 まあ、新たな情報が私の好奇心を刺激してしまったのですが。


「ぎゃくこうかです?」


「おそらくー」


 そこ、うるさいですよ。

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