第4話 自己紹介はフルネームで
「じゃあ、何か? 俺の行動は全部無駄だったと?」
叫んだ後、呟いた青年の第一声がこれでした。
目のハイライトが半分死んでいらっしゃるご様子です。
ここは普通なら慰める場面なのかもしれませんが、無駄な戦闘に巻き込まれた私としてはそんなことをする気は毛頭ありません。
「ええ無駄ですまごう事なき無駄です」
早口でまくし立ててやりました。
私から改めて傷を抉るように口撃されたせいか、青年はガックリと肩を落とします。
縛られた状態だというのに器用ですね。
「よ、容赦ないお嬢ちゃんだな。その通りだから反論のしようもないんだが……」
「意外と素直ですね。てっきり嘘だと決めつけて暴れ回るかと思ったのですが」
「この状況で何かするわけないだろ。それにお嬢ちゃんの話も本当だろ? 仮に嘘なら俺を生かしておくメリットがない。あそこで縛られている男達の格好も騎士とは異なっているし、一般人にも見えないしな」
落ち着いたせいか、頭の回転が早いですね。それだけ判断力に優れているということなのでしょうか。
それならば、私達に攻撃する前にその判断力を発揮して欲しかったものですが……改めて言うのも面倒ですしこのままで良いでしょうかね。
「分かりました。こちらもギルドと敵対する気はないのでこのまま解放したいと思います。ただし、あの野盗達を詰め所まで連れて行くのは手伝ってもらいますからね」
私は少し遠くで転がっている野盗達へ視線を向けます。
あのどさくさに紛れて逃げだそうと試みた野盗達は全員『いみてーしょん・かたすとろふかのん』とやらで気絶してもらいました。
麻痺だけでは反省が足りなかったようですので。
「了解しました、お嬢ちゃん。そんなことで済むならお安いご用だ」
気障ったらしいウインクまでキメているところ悪いのですが、縛られている上に煤焦げていますのであまり格好良くありません。
それよりも、
「あと、私はもう一五歳なのでお嬢ちゃんはやめてください」
「一五ならじゅうぶんお嬢ちゃんだよ」
またも器用に肩をすくめると、私の反論をさらりと受け流しました。
一発ぐらいはたいてみましょうか……などと、考えてもみましたが手が汚れそうなので止めておきましょう。
そんな風に頷いていると、白い生物が話しかけてきました。
「かいじょしてもよろしいので?」
「ええ、どうぞ」
「おおせのままにー」
私の言葉にしっかりと返事をした白い生物は青年を縛る魔力のロープを消します。
ですが、一つ気になることが。
いえ、たいしたことではないんですけどね。
彼らの返事が安定しないなーと思いまして……指示は聞いてくれるみたいなのでこれもそういうものだと納得するのが良いのでしょうね。
横道にそれた思考を戻しつつ、青年がどんな反応をみせるのか様子を伺います。
ここに来て逃げたり、こちらに攻撃してきたりといったことは無いと思うのですが、万が一があれば即座に彼らになんとかしてもらいましょう。
ですが、そんな私の心配は全くの杞憂でした。
「ふぃー、やっと自由になれたか」
くたびれたようにため息を吐いた青年は縛られていた手足を確認するように動かすと、自然な動作でこちらに向き直りました。
改めて見てもやはりイケメンですね。
立ち振る舞いもピシッとしています。
さぞ、モテているんでしょうねーと思いつつ青年を眺めていると、
「やられてとっ捕まってからじゃ情けないにも程があるが……ギルド所属のAランク冒険者、リューレイ・クライハンズだ。勘違いとはいえ襲ってすまなかった」
ギルド証を見せながら自己紹介と謝罪をしてくれました。
Aランクといえば、ギルドにおいて上から二つ目のランクのはずです。
あっさり倒されたものの、巧みな技と威力を考えればそのランクにも納得がいきました。
逆に、それを倒してしまう彼らの理不尽さにも。
それはさておき、丁寧に話しかけられたからにはこちらもそれ相応の態度を返す必要があるでしょう。礼儀は大事ですからね。
「謝罪は受け取りました。こちらもギルドと敵対する気はないので、これ以上アナタをどうにかするつもりはありません」
「そうか、いや話の分かるお嬢ちゃんで助かった」
そう言うと、青年――リューレイさんはホッとした笑顔を浮かべて頷いていました。
別に私許すとは言ってないんですけどね。
勘違いしているようなので放っておきましょう。
後々、なにかに使えるかもしれませんし。
それよりも、この男は先ほど私が言ったことを覚えていないようですね。
鶏ですかアナタは?
刃物のように鋭い目つきでにらみ付けます。
「だから、お嬢ちゃんは止めてください……私にはリーア・アーデンシュルクっていう名前があるんですから」
「スマン、スマン。リーア嬢だな」
軽く笑って手を上げるリューレイさん。
嬢ちゃん予呼びは確かに止めてくれましたが――
「……結局、嬢は外れてないじゃないですか」
まあ、ちゃん付けがなくなっただけでもよしとしましょうか。子供っぽいのはあまり好きではないのです。
「それにしても、この召喚獣はあり得ないほど強いな……こんな強いのは見たことがない」
私の視線を受けてリューレイさんが露骨に話題を逸らします。
まあ、私は寛大なのでその話に乗ってあげるのですけどね。それにしても、Aランクのリューレイさんですら知らない生物ですか……ますます彼らの正体が気になってきました。
私の言うことならなんでも聞きそうですけど、素直に答えてくれますかね。
「いきなり攻撃して悪かったな」
気付けばリューレイさんは彼らにも謝っていました。
いいようにあしらわれていたというのに、そんな確執など無かったかのように話しかけています。
最初の思い込み以外はわりとまともな人なのですよね、この人。
人当たりも悪くないですし。
私がそんな風にリューレイさんを観察している間にも話は進んでいきます。
「別にかまわぬです」
「悪意ありきの行動ではないゆえ」
まあ、あなた達にとっては遊び感覚でしたもんね。特別怒ったりもしませんよね。
軽く返されたリューレイさんは少し戸惑ったようでしたが、彼らの話し方には戦闘時にも聞いていたせいかそれ以上は何も言ってきませんでした。
質問してきたのは別のことです。
「お、おう。戦っているときも少し思ったが、賢いのな……それで、この二体の名前はなんて言うんだ?」
「え、名前?」
「自分の召喚獣なんだ。名前ぐらいあるだろ?」
そう言って、首を傾げるリューレイさん。
どうしましょう。
さも、自然な感じでリューレイさんから問いかけられてしまいましたが、私は答えることが出来ませんでした。
だって、知らなかったんですもん。
今の今まで、彼らを召喚してから戦闘に次ぐ戦闘(その一つはこの目の前の男が原因)で、ゆっくり話すことも出来ていませんでしたからね。
さて、こうなると私がとれる手段はそう多くありません。
「あなた達って名前あります? なければ私が付けますけど」
「知らないのかよ!?」
なにやら、ツッコミが耳に届きますが、気にせずに正直に聞くことにしました。
下手に知ったかぶっても良いことなんてありませんからね。
師匠の前でやろうものならガクブルもののお仕置きが待っています。
『無知は恥ではない!』とかドヤ顔で言っていましたからね。
そのくせに、丁寧に教えることはしないんですから……なにが自分で考えるのが大事ですか! 考えてもわかんないから聞きに言っているのですよ!
師匠への愚痴を内心で挟みつつ、彼らの返答を待っていると答えてくれました。
「あります」
「あるんですかー」
「言ってもよろし?」
「あ、そうですね。では、お願いします。片方ずつでお願いしますね。まずはそちらから」
白い生物へ促します。
「シルフェリアン・ディードスタッド・ジ・アーヴァンヴィール・グラスレイナー・オー・ニールクライ・セルティアイズ・アス・ノスフェポーン・ディ・フェイタルローです」
「ふむふむ、ではそちらもどうぞ」
「クルルシファ・リアルカンテ・ジ・フェイアーン・ヴェルクレディア・オー・ロードヒモス・ケイリュアン・アス・ユグガンド・ディ・バンダーロです」
「なるほど、なるほど」
私は彼らの名前を聞いてゆっくりと頷きます。
「ではシロちゃんとクロちゃんで」
これしかありませんね。
あんなクソ長いの一々呼べるわけがありません。
ちなみに色から安直に付けたわけではありませんよ。
彼らの最初と最後の文字をとってそう名付けたのです。
見事な略し方に一人で感心していると、リューレイさんがまたもツッコんできました。
「なんだその名称!?」
「良いのですよ。指示を出すときに一々あの名前で呼べるわけがありません。あなた達もシロちゃんとクロちゃんで良いですよね? 可愛いですもんね?」
同意を求めて、シロちゃんとクロちゃんに視線を向けてみます。
「ボク達は構わぬですが?」
「契約者の言うことならば」
ちょっと不承不承に聞こえたのは何でなんですかね?
しかし、それ以上反論は無かったため彼らの略称はクロちゃんとシロちゃんに決まりました。
(私にとって)めでたしめでたしですね!
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