第3話 思い込みは禁物です!
私は目の前で剣を構える冒険者らしき青年を見つつ、頭が見事に混乱していました。
具体的には『え!? なんで冒険者なのに野盗の味方をするの!?』や『あんな良い装備をしているのに冒険者じゃなくてこの人も野盗なの!?』といった感じでしょうか。
あのイケメン青年が装備しているのは、高級品であるミスリルによって作られた鎧ですね。あの輝きと材質は見ただけで分かります。
ミスリルは軽さと強度のバランスが非常に優れており、対魔法性能も高いという並みの金属を馬鹿にしたようなある種万能な金属ですね。
しいて欠点を上げるとするならば、光沢が強いため鎧などに使用した場合は隠密には向かないという事ぐらいでしょうか。
今もピカピカとうるさいですしね。直視しなければ良いのですが、こちらと敵対しようとしているお人を無視できるわけもありません。
あまり反射光を入れないように目を細めましょうか。
その間にも私が呼び出した黒と白の生物も野盗達から青年へと身体ごと向き直ります。
契約者である私を護ることを第一に考えているようで、その動きは中々に俊敏でした。
うおう!? またも風が……ですが、その程度気にするようなことではありません。
再びの風圧にさらされつつも、いけー! やってしまえ! と思ったのですが、何故か彼らは行動しません。
ひょっとして、私の指示待ちだったりします? とか考えているうちに青年が動きます。
「はあああああああああ!!」
先手必勝! と言わんばかりに剣を振りかぶった青年は一足飛びで、黒の生物へ斬りかかります。かなりの速度ですね。
ふむ、魔力に乱れがないということは身体強化の魔法の類いではないでしょう。
ということは、おそらく気功術かなにかだと思います。
私は気を感じ取るのは自他共に認める不得意ですから分からなくても仕方ありません。
あの動きが未知の力によるものならば、興味あるのですけどね。
あとで、この状況をどうにかしたら聞いてみましょうか。
そんな風に私の思考が横道にそれているうちに、斬りかかった青年がなにやら呟きます。
私の距離からでは聞こえなかったのですが、何が起こったのかは一目見て分かりました。
青年が持つ剣――厳密には黒い刀身に走る赤いラインが光ったかと思うと、剣から炎刃が幾重にも飛び出したのです。
出したときから珍しい色合いの剣だなぁ、とは思っていたのですが、どうやらあの剣は魔剣や聖剣に分類される特殊な剣のようですね。
師匠曰く、魔剣だの聖剣だのは製法による違いであってどっちも本質は同じものだ、などと語っていましたがあの剣はどちらなのでしょうね。
とりあえず、黒いので魔剣ということにしておきましょう。
なんで私がこんなに冷静なのかというと、最初魔剣の輝きと炎刃を見たときは、それはそれは焦ったのです。
野盗達をあっさりと倒すことが出来るうえ、地面を抉る光線すら発射できる生物ですが、攻撃は一撃もくらっていませんでしたからね。
しかも、ドラゴンと似てはいますが身体を覆っているのはもふっとした毛となれば、防御力なんて推して知るべしでしょう。
魔剣と魔剣が生み出した炎刃相手では、分が悪いと思ってしまったのも無理はないのです――まあ、全くもって杞憂だったのですが。
「っく!? 全く効いていないだと!?」
ええ、そうなんです。
青年が狼狽えたような声を出している時点でおわかりですね。
「打ち込みがあまいです?」
「このっ! バカにして!!」
あの黒い生物は全くの無傷だったのです。
しかも、何故か魔剣と角で切り結んでいます。
今もキィン、キィン! と剣と角がぶつかり合う音がよく響いてきています。
そして、何故青年にアドバイスをおくっているのでしょうか。
訳が分かりません。
とはいえ、どうにかはなりそうですかね。
謎な状況のせいで、やや頭が痛くなってきましたがこの生物たちがそう簡単にやられないと知ったのは大きいと思います……謎な状況ですけど。
「どうします?」
青年と黒い生物が全力で打ち合っている真っ最中に話しかけてきたのは黒の片割れ――白の生物です。
先ほどまでは何も聞いてこなかったのに、なぜここで指示を聞いてくるんですか?とは思ったものの、私の指示に従ってくれるのならさっさとあの青年を無力化してほしいところです。
そんな私の気持ちを正直に伝えます。
「最初の野盗みたく麻痺らせて縛るなり、さっきみたいなので消し飛ばして欲しいのですが……」
敵対行動をとっている以上、あの青年は敵です。
敵は排除すべきです。
そう伝えたのですが、どうにも歯切れが悪いご様子。
どうしたのかと問いかければ意外な言葉が返ってきました。
「あの人の行動は善意です?」
「善意? 野盗を助けに来た仲間ではなく?」
「ボクたちの行動がかげきすぎたせい、みたいな?」
そう言って、首を傾げる白の生物。
可愛らしいのですが、重要なのはそこではなく語った中身の方です。
端的な言い方のため完璧には要領を得ませんが、なんとなくは分かった気がします。
あの青年は私がこの生物たちを呼び出して男達を縛り付けた挙げ句、消し飛ばそうとしている極悪人に見えた……と。
おそらく、そういうことなんでしょう。
あっはっはっはっは、なーんだそんなことだったんですね。
わかったらスッキリ――するわけないじゃないですか!!
つまり、今私達が襲われているのは一〇〇パーセントあの青年の間違いじゃないですか!
何なんですか!!
普通、か弱い少女と悪辣で屈強な男達が敵対している状況ならば少女に味方するべきでしょう。
そうでなくとも、状況の確認をすべきだと思います。
勝手に敵認定した挙げ句、斬りかかってくるなんて非常識にも程があります。
改めて理解したら、段々と腹が立ってきました。
とはいえ、行動的に冒険者である可能性がますます高くなってきましたね。
そうなると、あの青年を消し飛ばしたりした場合、ギルドと敵対する可能性があるわけですね。
やったのが私だとバレなければ問題はありませんが、犯罪者でもない人をどうこうするのは流石に気が引けます。
「どうします?」
そして、再び同じ質問をする白の生物。
その目をしっかりと見ながら告げました。
「死なせず大けがもなしでボコボコにしてください」
だって怒りが収まりませんからね――てへっ!
「かしこまりー」
そんなこんなで、白の生物も戦闘に加わるようです。
中々に無茶なオーダーをしたはずなのですが、彼らは全力で私の指示に答えてくれるようです。
うーん、何かご褒美でも上げた方が良いですかね。
そもそも、何をしたら喜ぶのかすら想像がつかないのですが。
「ここで、もう一匹追加してくるか!」
「んー? 指示きたです?」
「きたです。『死なせず大けがもなしでボコボコ』だそうです」
「面白そうです?」
「なっ!? 俺を痛めつけてその後何する気だ!?」
なんかまたおかしな方向に転がってませんかね。
別にアナタなんか興味ないですよ……いや、今も使っている技術が気功術かどうか気にはなっていますから、あながち間違いでもないところがイラッとしますね。
「だが、こんなところで負けるわけにはいかないんだぁ!」
私がそんなことを思っている間に、なにやら勝手に盛り上がった青年は魔剣を掲げ、自身の周囲に多数の属性を宿した刃を出現させます。
ぱっと見で、炎、水、風、土が多いようですが、その他にもありますね。
どうやら、あの剣は炎以外の属性も生み出せるようです。
ひょっとしてかなりの実力者なのではないでしょうか。
「いくぞ!」
青年のかけ声にあわせて、属性を宿した刃――言いにくいので属性刃と名付けておきましょう――が二体の周りをぐるぐると動きを制限するように動き回ります。
二匹は属性刃の動きについて行けないのか、右往左往と眺めるだけです。
青年を直接叩こうにも青年自身もあたりをビュンビュン飛び回っているせいで、中々捉えられないように感じました。
そして、そんな動きは青年にとっても狙い通りのものだったようです。
「そこだぁ!」
追加された属性刃が二体を中心としてヒュンヒュンヒュン! と降り注いでいきます。
それはまるで何かを構築するように……あれは!? 魔法陣!?
「エレメンタルバースト!!」
私が気付いたのと同時に勝利を確信したような声が聞こえてきました。あれが青年の最高威力の技なのでしょう。
それを証明するかのごとく、七色の光に二体は呑まれていきます。
あれほど巨大な光の柱は見たことがありません。
青年は呑まれた二体の存在はどうでも良いのか、私の方へ向き直りました。
次はお前の番だ、と言ったところでしょうか。
ですが、アナタのお相手は私ではありませんよ。ゆっくりと指を向ければ、青年はおそるおそる振り返ります。
そこには、傷一つ無い状態で、二体が悠然と佇んでいました。
続けて、彼らが口を開きます。
「そっちのターンは終わったです」
「こんどはボクたちのターンです」
ああ、なるほど。
なぜ、一方的に攻撃を受けているのか不思議だったんですが、彼らとしては青年のターンだったので攻撃しなかったというだけでしたか。
青年の必殺技と思しき技さえも彼らにとってはゲーム感覚だったようです。
これには流石に青年も言葉を失っています。
「なにやるです?」
「あれやるです」
なにやら、相談した後両者の口がカパッと開きます。
また、『かでんりゅうし』とやらを集めるのかと思ったのですが、今回は魔力が集まっていますね。
それも属性が違うようです。
黒い方が闇で白い方が光ですね。
反発属性であるこの二つをどうする気なのでしょうか? と思っていたら、
「「いみてーしょん・かたすとろふかのん!」」
ねじれて混ざり合うように発射したではありませんか。
「ちょ、おわ!?」
あまりにもヤバそうな光線を青年は間一髪で避けます。
避け方は横っ飛びという全く格好がつかないものでしたが、あんなの見たらそんな避け方もしますよね。
ですが、あのねじれ光線はそんなものではすみませんでした。
青年に避けられ通り過ぎた光線は、再び空へ舞い上がると急カーブして青年目掛けて飛んでいったのです。
「え!? ぎゃあぁああああああああああああああああああ!?」
ブーメランでもあるまいし、流石に避けた光線が戻ってくるとは思ってもみなかった青年は光線にあっさりと呑み込まれました。
「光と闇が合わさり最強にみえるです?」
「しかも追尾機能つきです?」
なんて高度なことをやっているのでしょうか。
合成魔法はともかく、
光線に呑み込まれた青年が生きているのか気になったのですが、光線がはれた先にはプスプスと煤焦げた青年が気絶して転がっているだけでした。
どうやら、無事なようですね。
なにをどうしたのやら分かりませんが指示通りでしたので、よしとしておきましょう。
理解出来ないものは、理解出来ないものとして理解するのが大事なのです。
師匠から教わった真理ですね。
さて、気絶した青年を縛り付けてもらい事情を説明しようと起こした第一声がこれでした。
「くっ! 殺せ!! 何かされるくらいならば、ひと思いに――……」
「サイレンス」
速攻で黙らせました。
これくらいなら、私でもできます。
全く、この人私のことをなんだと思っているのでしょうか。
それと、『くっ! 殺せ!』とかあなた騎士ですか?
いえ、元とはいえ騎士はどちらかというとあちらで転がっている男達の方なのですよね。
はあ、とため息を吐いた私は黙らせられている青年に向けて話はじめます。
内容は、元々私が野盗である男達に追われていたこと。
私がこの子達を召喚して撃退したこと。
そして、連れて行くのは無理そうだったから彼らを処理しようとしていたこと。
と、そこまで語れば理解出来たことでしょう。
その証拠に青年も呆けたように大人しくなっています。
これならば大丈夫ですかね。
そう判断した私はパチン! と指を鳴らして青年の魔法を解きます。
解除されるのと同時に、
「はぁああああああああああああああああああああああああ!?」
煤焦げた青年の絶叫が響き渡るのでした。
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