第2話 契約書はよく確認しましょう

 ひとまず手近なところから片付けていきましょう、と私は目の前の謎の生物を見やります。


 言葉は通じるみたいですし、助けてくれたので私を襲うこともないでしょう。


 ないですよね? 返事してくれましたもんね、ね。


 内心でちょこっとビクつきながら、彼らへと話しかけてみます。


「大変ありがとうございました。おかげさまで無事です」


 お辞儀とともにお礼を言うと彼らはゆっくりと振り返ります。


 一応、周囲に配慮した動きなのでしょうけど、その巨体となると……おおう、風圧がすごいですね。


 巨体二つ分の風にさらされつつも、私は彼らの方をしっかりと見ていました。


 彼らが何かしてきたら逃げなきゃなー、なんてことも考えていたのは事実なのですが、それよりも彼らの神秘的な雰囲気に呑まれていたというのが正しいでしょうか。


 それほどまでに、彼らは幻想的で神々しい雰囲気を携えていたのです。


 陽光を浴びて輝く白磁のような光沢すら感じられる毛と陽光すらも呑み込まんとする艶のある漆黒の毛で覆われた彼らはまさに生物の頂点であるかのようでした。


 しかも、よく見ると体格のわりにおめめがキュートですね。


 妙にぬいぐるみチックな感じもします。


 触るのは少し怖いですが、あの毛に埋もれられたらさぞかし気持ちよさそうです。


「お気になさらず。召喚者まもるのはしめいです?」


「もんだいなしです。契約者まもるのはしごとです?」


 そして、相変わらず可愛らしい声もご健在でした。


 どうやら、この声はデフォルトのようですね。


 と、それよりも私の耳がおかしくなったのでなければ変なことを聞いた気がするのですが!?


 理性的な会話は出来そうですので、ここはしっかりと反論することにしましょう。そうしましょう!


「いえ、私は召喚者だとか契約者だとかになったつもりは一切無いのですが……」


 尻すぼみになりつつもキッパリと言い切りました。


 決してしゃべっている最中に彼らに瞳をのぞき込まれてビビったとかそういうことじゃないですから!?


「でも、ボクたち出したです」


「出した時点で契約者的な?」


 な!? 何ですかその悪徳魔道具の押し売りみたいな契約は!?


 とはいえ、出したのは事実で助けを求めたのも私です。


「ええーと、ではあなた達をボールに戻すにはどうしたら良いんでしょうか?」


 ならば、このボールへと戻してしまえ! と思い立った私は先ほど投げつけたボールを回収します。


 ボールは見事にパックリと開いていましたが、手で閉めることは出来そうです。


 外側には開閉装置らしきスイッチも取り付けられていますから、開け閉め出来そうですね。これは良い傾向――ん? なんですか、これは?


 なんかボールの中にはよく分からない言葉がアホみたいに刻まれて……これはもしかして封印とかそういう感じですか? 


 見間違いということにして、さっさと閉じました。


 私はボールを彼らへと向けながら問いかけたのですが、返ってきたのは無慈悲な答えでした。



「「ボクたち一度出たら戻せないです」」



「ヴぇ?」


 乙女にあるまじき声が出てしまいました。


「えっと……では、クーリングオフは?」


 仕方なく使用しただけなので、魔道具に適用されている制度に基づいて彼らを返還しようとするのですが――


「無理です」


「不可能です」


 あっけなく否定されてしまいました。


 人間の生み出した制度は彼らには適用されないようです。


 どうしましょう。


 私、これからずっとこの子達を連れて行かなければいけないのでしょうか……。


 呆然としつつ改めて見上げても、彼らの大きさは変わりません。


 こんなんじゃどこの街にも入れませんよ……。


 むむむ、と唸りながら考えましたが私一人ではどうにも出来そうにありません。


 そもそも、召喚者だとか契約者だとかはよく分かりませんが、彼らが私のことを上位者として認定しておりいきなり暴れ回ったりしないのであれば、私は宿、彼らは街の外、みたいな感じで街にも入れるかもしれません。


 ならば、このままでもいいのでは?


 戻せないというのならそうするしかないので、後は街に行ってから考えることにしました。


 現実から目を背けたとも言えます。


 一つの問題は片付いたことにして、もう一つの方を考えることにしましょうか。


「でも、どうしましょうかね?」


 本当にどうしましょうか。私は縛った男達を見やりながら首を傾げます。


 近くの騎士団の詰め所あたりに連れて行きたいのですが、私一人でこの人数を連れて歩くのは中々に骨が折れます。


 縛っているとはいえ全力で抵抗されてしまえば、逃げられてしまいそうです。


 彼らにこの状態のまま引き摺ってもらうことも考えましたが、それはそれで問題が起きそうなのですよね。


 具体的には木々だとかに打ち付けられまくったり、地面を高速で移動した事によって削られたりしてそのまま物言わぬ状態に……というやつですかね。


 そういうのはちょっと……。


 別に彼らが死ぬのはどうでも良いのですが、私がそういう光景を見たくないのです。


 だからといって、このまま逃がすという選択肢はありません。


 どんな理由があるにせよ、他者を襲って糧を得ていたのですから、なにもせずに逃がしてしまえばまた同じ事を行い誰かが犠牲になること間違いなしです。


 さて、この夜盗共どうしてくれようか、と悩む私に一つの案が浮かびました。


「あ、そっか、いっそ崖から落としてしまえば……」


「ちょっ!? ちょっと待ってくれ嬢ちゃん!? 洒落になってねえ!?」


 私の独り言が聞こえていたのか、野盗の中の一人が大声で待ったをかけてきました。

 

 他の男よりも良い装備をしているみたいですのでここのリーダーですかね。


 もしかして、もう野盗達全員の麻痺が治ったのかと思い周りを見渡してみますが、他の男達はまだ麻痺は治っていないようでした。


 そうなると、このリーダーの男だけ効きが甘かったか、状態異常対策の護符かなにかを身につけており、麻痺が軽減されたといった所ですかね。


 それにしてもですか……。


 あの男にはそれが洒落に聞こえたのですね。


 私はため息混じりに肩をすくめます。


「別に冗談じゃありませんよ」


「ほ、本気かよ!?」


 私のなんの感情も乗せていない声に本気度が理解出来たのか、男は声を震わせながら青ざめました。


 当然でしょう。『やっていいのはやられる覚悟のある奴だけだからね』と師匠からも力を使う上で口を酸っぱくして言われていましたからね。


 この教えは、相手がる気を見せてきたときは、覚悟があるということだから、躊躇せずに一思いに殺ってしまえということですよね。


 どこからか、そんな意味じゃない! と師匠の声が聞こえた気がしますが、気のせいだと思いましょう。


「でも、それも面倒いですねー。抵抗するでしょうし、魔法を使ってもこの人数となると……」


 目の前の男達の数は一〇を余裕で超えます。落とそうと思えば落とせそうなのですが、麻痺も徐々に解け始めてきているみたいですし、何人かは隙を見て逃げだそうとしているようにも見えます。


 とりあえず再び麻痺らせてもらってから考えましょうか、と思っていると白い生物が私にこう提案してきました。


「倒します?」


 可愛らしい声で、野盗である男達の処遇を聞いてきます。


 どうやら、私が困っているのを見ての発言のようです。


 彼らの案を聞いてみることにしました。


 けれども、一応釘は刺しておきます。


「グロくないのでしたら」


 アナタたちの身体だと前足一本でプチッと潰すことも可能だと思うのですが、その場合処理が面倒になります。


 さらに、飛び散ったあれやこれが私に降りかかるかもしれません。


 それでは、何のために引き摺るのを躊躇ったのか分かりません。


 だいたい、近くに街もありませんし着ているものを汚したくはないのです。当然ですが水浴びが出来そうな川もありませんよ。


 そんな私の意見を受けてか召喚獣の二匹(?)は顔を見合わせて審議中。


 どこか動きがコミカルで可愛らしいですね。


 少しの相談で決まったのか、すぐに私の方を向いてきます。


「跡形もなく消滅させれば」


「是非」


 返事は二言でした。


 私の言葉に頷いた、黒の方が口をカパッ! っと開きます。


 何をするのでしょうか? と思ったのもつかの間、私の耳には彼らが詠唱する呪文のようなものが聞こえてきていました。


ちゃーじ!」


 こぉこぉこぉ、となにかものすごい力が光り輝き、口の先に集まっていきます。


 『かでんりゅうし』の意味は分かりませんが、魔法とは別物のようですね。その証拠にあの光からは魔力を感じません。


 集めるのには魔力を使っているのかもしれませんが、あれは一体どういう原理なのでしょうかね。


 かなーり、興味がありますが教えてくれるでしょうか。


 などと、私が思案している間に『かでんりゅうし』とやらのチャージが終わったようです。


 発射態勢に入ったのか屈むように男達へと狙いを定めます。


 男達の顔は青を通り越してすでに白くなっています。

 一部には逃げようとしている者もいるみたいですが、もつれて不可能のようですね。


 さあ、ひと思いにやっちゃってください。


「はっしゃー!」


 覇気の無いかけ声にあわせて、極太の光線が放たれました。


 しゅごおぉぉ!! と地面を抉りながら撃ち出された光線は辺り一面に光をまき散らしながら多数の木々を消滅させます。


 これほどの威力ならばあの男達もきっと――と思いながら、止んでいく光を眺めます。


 そして、光が止んだとき――男達はそこに健在でした。


 はて? 木々ですら消滅させるあの光線に巻き込まれたのであれば男達など一瞬で消えそうなものですが、何故無事なのでしょうか?


 私がそんな風に疑問に思っていると光線を発射した黒い生物が 照れくさそうに教えてくれます。


「ズレました」


 あー、ズレちゃったんですか。


 しょうがないですね、このお茶目さん!


「じゃあ、もう一回いってみましょうか!」



「「「「「「や、やめてくれぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」」」」」」



 大の男達の本気の泣きが辺り一帯にこだまします。


 全く、情けないですね。


 汚い悲鳴を聞いても特に感じ入るものはないので、再度消し飛ばす指示を出そうとしたところで、なにやらガサゴソと誰かが近づいてくる音が聞こえてくるではありませんか。


 まさか、この野盗達にまだ他の仲間がいたのかと思ってそちらを注意深く見つめます。


「今、凄い音と悲鳴が――」


 木々をかき分け現れたのは銀糸のような透き通った髪と紅玉のような赤い目をした青年でした。


 しかも、顔立ちは整っており、体つきはほどよく引き締まっているという……所謂、イケメンってやつですね。


 装備的に冒険者といった感じでしょうか。


 もしそうならば、野盗達を引き取ってもらえそうですね。


 などと、考えていたら――


「その人達はやらせないぞ! かかってこい……この化け物め!!」


「………………はい?」


 何故か私達に向けて剣を構える冒険者の青年を見て、私は首を傾げるのでした。

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