リーアの冒険~師匠の修行がつらすぎて自分探しの旅に出ました~

海星めりい

第一章 リベルティア編

第1話 出会いは突然に……

 時刻はただいま昼下がり、空を見上げれば澄み切った青と輝く太陽が迎え入れてくれています。


 こんな日はまったりと優雅なティータイムといきたいところなのですが――


「はあ、はあ、はあ、はあっ!」


 私は森の中を一心不乱に走っていました。


 こんなに走ったのはいつ以来でしょうかね……人間つらいとどうでも良いことをつい考えてしまいます。


 現実逃避から意識を戻しチラリと目線だけで後ろを見れば、未だに屈強な男達が私を追いかけて来ているではありませんか。


 まあ、カチャカチャと追いかけて来ている輩が着ている鎧の金属音がするのでまだいるのだろうなあ、とは薄々気付いていたのですが。


 どうしたものかと、思いつつ前を見ると木々が途切れていました。


 どうやら森を抜けるみたいですね。太陽光の反射のせいか先の景色は見えにくいですが、結構開けているようです。


 もし道があるのなら、誰かがいて助けてくれるかもしれませんね――そんな安易なことを思ったせいでしょうか?


「えっと、ここまでですかね……」


 まさかの逃げた先は断崖絶壁。

 

 後ろからは可憐な美少女(私)を追いかけてくる、騎士崩れの野盗達。

 

 まさに絶体絶命の状況でした。

 

 現れた男達は、口々に文句を言い始めます。


「ようやく追い詰めたぜ」


「まったくよく逃げるお嬢さんだ」


「あんまり手間をかけさせないでもらいたいな」


「手間ならば追いかけてこないで下さい」


「そりゃ無理だ」


「そうそう、俺たちだってお仕事だからな」


 私の渾身の言葉に特別な反応は一切返ってきませんでした。


 それどころか彼らの視線が私の身体へと降り注ぎます。


 さらに下卑た視線とともに『顔は悪くないな』、『体つきも結構良いぞ』、『腰ほせー』などと値踏みするような声まで聞こえてきていました。


 不愉快きわまりないですね。


 ただ、それよりも腹が立ったのは一部にどこか残念なものを見るような視線が混じっていたことです。


 私のどの部分を見てそんな感情を抱いたのか、分からないとでも思っているのですか!!


 何ですか胸が大きいのがそんなにも正義なのですか!? あんなのただの脂肪の塊でちょっと柔らかいだけじゃないですか!? 将来垂れる可能性だってあるのですよ!?


 ……こほん、少し落ち着きましょう。


 こんな騎士崩れの野盗に評価されても無意味なのですから。

 ちなみになぜ彼らが騎士崩れの野盗と断言出来るのかというと、彼らの持っている剣ですね。


 彼らの持つ剣は騎士剣ナイトソードと呼ばれる長剣とも大剣とも違う剣です。当然ですが短剣でもありませんよ。


 騎士剣の特徴は長剣よりも長く大きく、それでいて大剣ほどの威力がない。さらに長剣ほどの取り回しのしやすさも無い代わりに見栄えがいいという剣なのです。


 悪い剣とまではいいませんが、微妙という言葉がこれほど似合うのはこの剣ぐらいじゃないでしょうか。


 なぜ、こんな中途半端な剣が造られることになったのか! というと、そこまで深い理由はなく癒着なのです。


 ええ、ただの癒着なんです。


 騎士なんて全員ではありませんが、貴族の坊ちゃんも所属しますからね。噂ですがどこぞの貴族と懇意な鍛冶屋が造ったなんて話も出ています。一般の騎士もいるのでこういうのは良くないと思うのですけどね……私にはどうにも出来ません。


 なんて冷静に分析してみましたが、正直ピンチなのですよね。

 

 この状況において私にとれる手段は多くありません。

 

 正面切っての戦いは苦手でしかないですからね。

 

 多人数の剣を持った相手に大立ち回り出来るほど強くないのです。


 ここはお師匠様の元からかっぱら……もとい借りてきた道具に頼ってみることにしましょうか。


 あれだけ、厳重にしていたということはなんか凄いものなんでしょうし、困っている今こそ使うべきだと私に誰かが囁いています!

 

 男達に気付かれないようにコッソリと腰のポーチに手を伸ばした私は中にあるはずのものを探します。


 えーっと、これじゃないですね……これでもない……。


「あ!? この女、何する気だ!!」


 手の感触だけで探すせいで時間をくったからか、男達に気付かれてしまいました。


 男達は私が何かしようとするのを見て、距離を詰めてきます。


 ふえーん、これはマズいですよ――と思った瞬間に手に当たる固いもの。


 ありました。これです、これです!


「えい!」


 私は男達との中間あたりに小さなボールのようなものを二つ放り投げます。


 男達は、最初は爆弾かと思ったのか一瞬躊躇し歩みが遅くなりましたが、なんてことないボールだと分かると元の速度に戻り私目掛けて駆け出そうとしていました。


 そのタイミングで私の投げたボールが地面に触れます。


 さて、何が起きるのか……ピンチだというのに不謹慎ながら私はちょっとワクワクしていたのです。


 ボールは地面に触れると同時にパッカーン! と甲高い音を立てて開き、まばゆい光を放ちました。


 昼間だというのに辺り一面を真っ白な光が覆い尽くします。


「がっ!? なんだこれは!?」


「っちぃ!? 閃光弾か!?」


「小癪なまねしやがって!?」


 あまりのまぶしさに私は目を瞑ってしまったのですが、それは男達も同じみたいでした。

 

 でも、私もアレがこんな風になるなんて知らなかったのですよね。

 

 瞼を突き抜けるような光が止み、ゆっくりと目を開けるとなにやら先ほどまでとは景色が異なっていました。


 先ほどまでは私から直接男達が見えていたのですが、今は男達の姿は殆ど見えません。


 目の前の物体と重なってしまっているからです。


 現れたのは、全長九メイル(成人男性の約五倍)はあるかと思われる巨躯。

 

 黒の一本角と白の二本角をそれぞれ携えた四本足の獣でした。


 犬や猫なんかとは間違い無く違うのですが、かといってドラゴンとも少し違うような……ドラゴンっぽい気もするのですが、身体を覆っているのは鱗ではなくもふっとした毛です。


 色は角と示し合わせたかのように一緒です。


 何でしょうね、これ。


 見たこともない生物の出現に戸惑うのは私だけではありません。


 男達もざわざわと落ち着きがなく、困惑している様子でした。攻めあぐねているみたいですね。


 そして、このなんともいえない状況が動きます。

 

 でも、動かしたのは私ではなく、かといって男達でもなく――この謎の生物でした。


「およばれかな?」


「出番かな?」


 唐突にしゃべったのです。


 その迫力ある見た目に反し、声は無邪気な子供の問いかけのように可愛らしい声でした。

 

 どこにそんな声帯を持っているのでしょうか?

 

 しかーし! これはチャンスです。


「はい私が呼びました助けてください!」


 恥も外聞もない魂の一言でした。


 全力の一息で助けを求めます。


 これに慌てたのは男達です。


 私一人なら抵抗されてもどうにかする気でいたのでしょうが、こんな化け物みたいなのに暴れられてはひとたまりもありません。


「なっ!?」


「このアマ!? くそ! ここまで来て退けるか! 行くぞ!!」


 どうやら、この状況でも攻めてくるようです。こんな大きな生物相手では逃げるのは無理と判断したということですかね。


 一方で謎の生物達彼らは何かを相談してました。


「バチッとやっちゃう?」


「やりますかー」


 口調だけ聞いていると実に平和っぽいのがまた……。


 一体、何をする気なのでしょうか?


 などと、私が思っていると白い生物の方が頭の二本角を男達の方へ向けます。


「さんだーぶらすとー」


 そのまま覇気のない一声とともに、辺り一面に雷が走りました。


 バリバリー!! と音を立てた雷は男達を呑み込んでいきます。


 次の瞬間には男達が死屍累々といった様子でその場に倒れ伏して転がっていました。


「あ、あが……」


「しびれ……びれ……」


「な、なにが……?」


 実際には生きているんですけどね。


 でも、麻痺して動けないご様子。


 とりあえず危機は去ったのでどうしようかと思っていたら、黒い方の生物が今度は自分の一本角をしびれて倒れ伏した男達へと向けます。


 今度は何をするのでしょうか?


「ばいんどー」


 一声とともに光り輝く細長いものが男達へと出現し、一人一人縛り上げて一箇所に集まっていきます。


 ほう。これは魔力をロープ状にして縛っているのでしょうかね。


 私や師匠も似たような技は使えますが、彼(?)が使ったのはその数倍は上ですね。


 綿密に組まれた魔力によって強度は鉄で出来たワイヤーよりも固いものと思われます。


 ちなみに師匠は太めのロープか荒縄程度の強度はあります。


 え、私? 細いロープくらいですよ?

 

 目撃した魔法技術に対して思わず分析が出てしまいましたが、これにて助かったようですね。

 

 ふぃー、と額の汗を拭ってため息をつきます。

 

 ついてないと思っていましたが、以外となんとかなるものですね。

 

 これも私の日頃の行いが良かったからでしょう。

 

 それにしても、問題は一つ片付いたら、新たに増えるというのは本当ですね。

 

 私の目の前にあるのは、倒れ縛られた男達とよく分からない強力な二体の生物。これらをどうにかしなくてはなりません。

 

 ここからどうしよう、と私は両方を見ながら頭を悩ませるのでした。

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