第84話「安らぎの元へ」

 二人きり。

 僕と真琴二人で夜道を歩く。


「な、なあ……真琴」

「なんだ、清久」

「足、滑りやすいから気をつけろよ」


 着物姿で足は足袋に草履。それで雪道を歩いているのだから歩きにくいのが見て取れる。

 早足だと、真琴が疲れそうなので、ゆっくり歩いている。


「わ、わかってるよ、お前も気をつけろよ」


 なんてぎこちないんだろうと僕はぼやく。

 今の僕と真琴はお互い相手のことを想っている。何か特別な気持ちを持っていることはわかった。

 だがどうすれば良いかわからない。

 でも……まだこれからじっくり時間をかけてお互いの気持ちを確かめ合っていけばいいだろうとも思った。

 ところで。

 今妙に誰かの気配を感じた。理由は明美がこっそりみてるからだろう。

 あの少し後ろの向こう側の電柱のあたり。まったく、「じゃあ、あたしはこれで。また明日ね、真琴」といって、すっとどこかへ消えてしまった――と思ってたのに。


「ありがとう、真琴。おまえのお陰で僕は自分を取り戻せたんだな」


 僕自身は、純に教室に連れて行かれた辺りから、なんとなく記憶がおぼろげなのだが、皆から説明を受けて知っていた。自分は長いことおかしなことになっていたこと――。


「違う、清久が強かったからで、オレはちょっと手助けしただけなんだ」

「そうか……でもなんとなく覚えてる。夢みたいに感じるんだ。ふわふわとしていて、現実感がないんだけど、長い夢でもみてたように。ただ、ずっと真琴のことを思ってた。そして真琴の声が聞こえたと思ったら――急に意識がはっきり戻ってきて……」


 真琴が僕のことをまっすぐ見据えているので僕も真琴を見た。

 綺麗な黒い、吸い込まれそうな瞳。けれども生命の躍動に満ちている。以前よりさらに迷いも曇りもない――。


「清久はよく頑張ったよ」


 急に真琴が僕の頭を撫でてきた。

(なんか逆のような・・・・・・まあいい)

 電柱からチッという舌打ちの音が聞こえた。

(なんだ、明美さんまだあそこにいたのか。キスの一つでもすると思ったか?)

 とにかく終わった。というよりやるべきことをやり終えたというべきだと思った。

 お祭りのような喧噪、盛り上がりは終わり、おのおの帰宅の途についていった。

 誰がそうするといったわけでもなく、帰り道は真琴と二人きりで一緒に帰っている。


「星が……綺麗だな」


 夕方にあれだけ降っていた雪が止み、今は星空が見える。

 町から望む北側の山の頂上あたりの空は北斗七星やカシオペヤ座が綺麗だ。

 途中まで一緒に帰ってきたが、ここまでというところでで別れを告げた。


「じゃあ、真琴。また……」

「ああ、連絡するよ」


 気の利いたことを言うべきだと思ったが、出てこない自分が情けなくなった。

(やっぱり僕にはキザなことはできないなあ……)

 でも今日はやるべきことをやったという感じはしている。


「ふわ……」


 真琴に手を振っているうちに疲れからあくびが出た。腹も減ってる。考えたら昼から何も飲んでないし食べてないことに気付いた。

(帰ろう)

 僕も家路に着くことにした。


   ☆   ☆   ☆


 清久と別れ、雪が積もったせいで明るい夜道を歩いた。ようやくオレが家についたのは夜の9時半頃だった。

 ギィっとドアを開ける。


「ん?」


 玄関も廊下の明かりも消えていて、誰もいないのかと思いきや、遠くのキッチンから仄かに電灯の光が漏れていた。

 空気も暖かい。人が住まう温もりがあった。


「お帰りなさい、真琴」


 入り口から入った気配を察したのか、奥のキッチンの暖簾からマミ姉がひょいと顔を出した。

 マミ姉はレディース用のデニムを穿いて上はピンクと赤で彩られたセーターを着ている。

(和服……ではないな)


「あ、あれ……? なんでここにいるの? なんかさっきまでマミ姉、一緒にいたような……」


 なんだか、もう二度と会えないような、そんな気がしていたオレはマミ姉を前に胸を撫でおろした。


「なんでお姉ちゃんが一緒なのよ。用事があるけど、夕方には帰るって言ったでしょ?」


 ふふ、とぼけるように笑みを浮かべた。


「なんだ、オレを置いてどっかに行ったんじゃないのか」

「あたりまえじゃない、お姉ちゃんが、真琴を置いてどこかにいなくなるわけないでしょ」

「は、はは……」


(オレはマミ姉にはやっぱり勝てない。マミ姉はこれからも一緒だ。たとえ天地がひっくり返ろうとも――)


「晩御飯、とっくにできてるわ。今お味噌汁も温め直すから、待ってなさい」


 エプロンを掴んでさっとそれを身につける。

 いつもやるように手慣れた手つきだ。

 キッチンに向かう前に一瞬動きを止めてオレの方を見た。


「あ、それと、その和服。似合ってるわよ」


 マミ姉はオレを頭からつま先まで視線を上下させてから、踵を返しキッチンへ向かう。

 その後ろ姿を見送って思った。

(そうだ、いつもどおりのオレの家……戻ってきたんだ)


「ただいま――」


 草履と足袋を脱いだ。

(ずっとオレにはマミ姉がいるんだ)

 そしてオレとマミは遅い夕食を取った。


「いただきます」


 夕食はマミ姉の作った味噌汁と煮物に焼き魚――。

 味がしみておいしかった。


「マミ姉、おかわり――」


 茶碗を差し出した。

 後はゆっくり風呂に入って湯に浸かって、体を洗って、そしてパジャマに着替えたら……マミ姉と一緒に寝よう。

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