第83話「雪明かりの歓声」
暗かった堂内が突然明るくなった。一斉に朝の光が射し込んだように――
そのまばゆさに僕の目は一瞬眩む。
そして暗闇と静寂は破れ、辺りは白々と明るくなってゆき同時に喧噪に包まれた。
気が付くと周りには、天聖館高校の生徒達が、何人もの少女たちが集っていた。
何故か皆和服を着ている。それも煌びやかな模様や色に包まれている。
よくよく見ると、それ以外にも見たこともない幼い女の子や、子供っぽい雰囲気の少女たちがいる。
また大きく膨らんだお腹を抱えて――妊娠している女性もいる。子供をたくさん連れている人もいる。一体何人いるんだというぐらいに。
人のいないはずの神社が、人で、若い女たちで埋め尽くされている。
一体どこから来たのか。この町の若い女性が皆集まってきたかのようだ。
「あ……れ? ……」
真琴がふと人混みのなかに目を留めた。
「どうした? 真琴」
「今、姉貴がいたような……」
皆いる。
真琴は立ち上がり歩き出した。
僕も釣られてついて行く。
本殿の外に出ると明るい。この時間になんでこんなに明るいのかと思って空を見上げると、いつの間にか雪は止んでいて、星空になっていた。そこに見えた大きな月。
神社の境内を月明かりが照らしていた。
僕たちを祝福するかのように――。
「ま、マミ姉!? 今マミ姉がいなかった?」
真琴が叫んだ。マミ姉って真琴のお姉さん?
僕自身は見たことも会ったこともないから、誰だかわからない。
「な、なんでここに!?」
遠く離れたところに一人、優しげにこちらに向かって微笑んでいる少女がいた。
雰囲気は真琴に似ている。ストレートの黒髪で目鼻の顔つきが同じだ。
そうだ、昔親父が、戯れに言っていた初恋の女の子の話があったっけ。
いつも仕事で会えない親父と二人きりになった時にふいに始めた親父の青春話――。
年の差があって、妹のようで黒髪が綺麗な子。
結局その恋は実らなかったとかなんとか。
ちょうど中学になったころ、なんでこんな話をしだすのかと思ったが――。
「母さんには内緒だぞ」と釘を刺されたけど。
何故かあの時の会話が脳裏に浮かんだ。
そして――。
(まさか……)
また直感した。異変の前日、僕が目撃した祠の少女――。真琴によく似た綺麗な黒髪だった。僕には複雑に絡んだ糸が解きほぐされて一本の線に繋がっていくように見えた。
☆ ☆ ☆
和服に身を包んだ少女が二人、喧騒から離れたところで相対している。
片方はさっきまで双葉と呼ばれ、清久の相手をしていたおかっぱ頭の少女、もう片方は長い黒髪の少女だ。
「マミちゃん、教えてくれたのね。人の心の模様がこんなに面白いって……どんな姿形であっても、相手を想う人の気持ちの強さ……。だから人の世界、もっと眺めてみようと思う」
「ありがとう、双葉様」
「わたし、誤解してたよ。マミちゃんが苦しんでたって……そうじゃなかったんだね」
長髪の子は口元に笑みを見せた。
「それとも……やっぱりこっちへ戻って来る? マミちゃん」
双葉はマミに手を差し出した。
「もう十分頑張ったでしょ?」
だが、首を振った。
「私、もう少しここにいる――」
着物姿の二人の少女は、喧騒の中をそっと抜け出していった。
☆ ☆ ☆
真琴を追って社の外にでると、そこにみんながいた。天聖館高校の生徒達が――
全員何故か、着物姿だ。
美しい刺繍に美少女達。これまでみた何よりも神秘的だった。クラクラさせられる。
純にも負けないような銀髪のロリっぽい外国の子のような子まで着物を着ていて、周囲に可愛い可愛いと揉まれている。
それをポニーテールの子が一生懸命私のものだとばかりに守っている。
ついには、ひょいと持ち上げられ、肩車してもらっている。
「いない……」
僕もその真琴の姉さんの姿を追って外へ出てきたが、見失ってしまった。変わりに僕と真琴の周りに沢山少女達が、集まってくる。
「いや傑作だったなあ」
「『母さん』に人形の振りをしろってお願いされたからさ、やってみたら真剣に信じてんだもんねえ。ちょっとは疑ってよぉ」
(いや……あれ本当になってたぞ)
だが、まだ知らないほうがいいこともあると思い、今は黙っていることにした。
「まー結果オーライってやつか」
クラスメイト達だった。皮肉っぽい言い方ではあるが……一応祝福してるようだった。どうやら清久と真琴は母さんが認めた関係ということのようだ。
少し向こうには別のクラスの連中が固まっている。
「ほら、アキラ、あんたも第一高校のあの彼とだいぶいい感じなんでしょ? A組に負けてらんないよねえ」
たどたどしく、あのショートカットが似合う子が……隣のお嬢っぽい感じの眼の細くするどい子に冷やかされていた。
「ちょ、まだそんなんじゃないって。一緒に買い物にいっただけで……」
「まだ、あ、じゃああの噂本当だったんだ」
「語るに落ちた」
「あ、ひっかけたな、ひどい!」
祭りのような喧噪や笑い声、陽気な少女たち。
そう、想いを巡らせているのは僕と真琴だけじゃない。これから沢山の物語が紡がれている。
その1つ1つに主人公がいる。
一方、雪合戦している奴らもいた。
その中にはバレー部の長谷川さんもいた。
周囲は同じバレー部員もいるのかやたら背の高い女子たちがいる。
そんな明るい喧噪の中、神社の隅っこでたった一人、くさっている少女がいた。
この場で唯一、悲嘆に暮れている女の子。
ずっと……泣きつづけて目が真っ赤だ。
その傍らにはあの皆川タマキ生徒会長が慰めているが、それでもショックは小さくないようだ。
「なにこれ……もう彼女と彼じゃない……」
純なりに、起きたことを理解したのだろうか。
出てきた僕たちを見つけると、一斉に拍手していた周囲に対して、ずっとふてくされた表情をしていた。
うずくまってまだ悲嘆しているその少女の肩をポンと叩いた。
「清久……?」
いつも純は辛いことがあるとこうやって周囲と世界を背中で閉ざしてしまう。そういうときは僕はこうする。
「純、帰ろう。また明日になったら違うことが始まるんだ」
小学校時代いつもそうしていたように。一人ぼっちだった純。何かクラスの悪友に意地悪をされた時とか。
寂しそうにしていた純に声をかけたんだっけ。懐かしいな……。
純は僕をみつめ、そして真琴を見た。そして笑った。
「もうあの時とは違うんだ……今のあたしは女の子だから……」
立ち上がり、着物で着付けた腰を払う。
「いいよ、あたしは。真琴ちゃんと一緒に帰ったら? ほら、帰るよ。タマキちゃん」
そのまま純は喧騒がまだ続く神社の外に歩き出した。
「あ、じゅ、純ちゃん……!」
皆川会長は歩きにくい足袋で、その後を追いかけていった。
一瞬皆川はこちらを見たが、そのまま行ってしまった。
僕と会長はもう張り合うものが何もないから――。
「なんだ、空気読めるじゃん、あの子」
さっきから僕たちを見守り、傍らに寄り添っている明美がそう言った。
明美もこのお祭りのような喧噪を感慨深げに見守っていた。
去っていった純の背中をみるとなんだか僕と純は本当に男と女の間になったような気がした。
悲しいわけではないが、感慨深くて、なんだか涙が出そうになったで僕は目頭を抑えそうになった。
(そして僕と真琴もきっと……)
「泣いてるのか?」
真琴が僕の様子を気遣った。
「かっこわるい、見るな――」
僕は目を背ける。
涙を紛らわそうと夜空をみると、雪を降らした雲が消え、大きな月と星空が輝いていた。
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