第82話「幻の中から」
人間の姿の――。真琴。
容姿はまったく同じだが、雰囲気がとても女らしい。
初な仕草。
恥ずかしそうにはにかみながら僕を見つめる。
真琴が最初から女だったらこうだったのだろうか――。
「ほらあたしだよ――」
「う……お、お前……」
「あたし……ずっと前から清久君のことが好きだったの――」
腕にしがみついてくる。
丁寧で綺麗で、おしとやかで可愛い。着ている洋服もファッショナブルだ。
「……」
こんな綺麗な彼女と出会って……。
僕はずっと願っていた。いつか自分にも綺麗な彼女ができて、満ち足りた高校生活を送る。
可愛くてしとやかで、自分のことを一途に慕ってくれる、そんな彼女ができる妄想を――。
夢みていた出会い。
彼女が出来る日、そんな日を夢見ていた。
夢……。
放課後、一緒におしゃべりして、一緒に帰る。
休日には約束のデート。
「さあ行こうよ。もう待ちくたびれちゃったよ」
そうだ、僕は今日一緒にデートに行くはずだった。
彼女は、遅刻していったにもかかわらず、約束した場所で待ってくれていた。
今時の女の子のように綺麗に着飾って、ちょっぴり化粧して――手を繋いで遊園地へいく。
駄々をコネられたり、甘えられながら、アトラクションを巡る。
ゴーカートやティーカップ、ジェットコースター。目に付いたものを片っ端から乗る。彼女も無邪気に楽しむ。
売店で買ったソフトクリームを無邪気に美味しそうに食べる真琴――
ほっぺたについたソフトクリームを指で拭ってやった。
彼女も笑った。
「ねえ、きよ君、手を繋ごう」
僕は彼女と手を繋ぐ。女の子にはスキンシップをしてやらないと。
お化け屋敷行ったらそりゃもう大変。叫び声をあげて、清久にしがみついてきた。
「恐がりだな、真琴は」
「もう、きよ君の意地悪」
一通りアトラクションを終えると屋内のゲームコーナーでゲームに興じる。
「ね? あれやってみない?」
彼女が指さしたのは、一台のUFOキャッチャーだった。ぬいぐるみや人形が景品として、置かれている。
彼女の提案でそのUFOキャッチャーをやることにした。
慎重にクレーンの位置を操作に、念入りにポイントを定める。
そして掴むボタンを押した。
「あ、残念」
「くそ、次は……」
僕はコインの投入口に百円玉を入れた。
何度も挑戦する理由は、その景品の中に真琴に雰囲気の似ている人形があったからだ。
和服を着た黒髪の長い人形――。
彼女のためにとろうと、百円玉を入れた。
レバーを動かし、ポイントを定めることに集中する。
(なんで僕は何度も挑戦しているのだろう? いつもならさっさとあきらめるのに)
「やったね、きよ君――」
10回は挑戦した。ようやくその人形を手に入れ彼女に与えた。
だが、彼女はちょっと顔をしかめた。
「でも、この人形、手が取れちゃってるね」
「……」
「お店の人に言って別のものに交換してもらおうか!? 荷物になっちゃうし、この人形捨てちゃおうよ」
「いや……いいよ。なんなら僕が貰っとくよ。せっかく苦労して手に入れたんだからな」
やたらと捨てたがる彼女にそう言い訳して清久はその人形を貰い受けた。何故かこの人形、捨てたくなかった。
そして、最後に並んだ遊園地の巨大観覧車に乗る。
いよいよデートもクライマックスを迎える。
二人きりでボックスに乗り込む。
徐々に高度をあげて、景色が見渡せるようになる。
そして一番てっぺんのところまできたところで彼女が清久の方によりそってきた。
(ああ、これこそ僕がずっと望んでいたシチュエーションだ)
可愛くて気だてのよい彼女と出会い、休日にデート。
そして二人きりになったところで、人目もはばからずキスするのだ――。
彼女と出会って本当に良かった。
「ねえ、きよ君。あたしのことが好きなら――」
真琴が手を差し出した。早くキスしろと促される。
真琴は……。
何故か僕の目からは涙がこぼれた。悲しくないのに……さりとて何故か嬉しいわけでもない――。
「どうして泣いてるの? さあ――」
(出会った? 真琴と僕の出会い……僕はどうやって真琴と出会ったんだっけ)
「私が嫌なの?」
「そうじゃない、そうじゃないけど……」
だけど……
大事なことを危うく忘れようとしていた。
(真琴本人が言っていたことじゃないか)
「出会うわけがないんだーー」
僕は君とは出会うわけがないんだ――。
天聖館高校は男子校ーー真琴が女だったら出会うことはないんだ。
どんなに可愛くても、優しくても、君とは出会えなかったんだよな。真琴自身がそう言っていたじゃないか。
「どうして? わたしはあなたの理想でしょ?」
「僕が求めているのは君じゃない」
「なんで――!?」
「僕の真琴は君じゃないんだ! どんなに似てても、きれいでも……」
そう叫ぶと同時に女らしい真琴が消えた。
世界がきれいな青空と太陽の光から暗闇へと変わる。
腕の中の一体の人形だけを残して――。
「真琴……真琴」
暗闇の中でただずっと腕の中の人形を抱きしめ続けた。
すると清久の前に次々と新しい真琴が現れた。
「初めまして、我が主、清久様。なんなりとご命令を」
メイド風な真琴。
「清久兄ちゃん、遊ぼうよ」
妹っぽい真琴。
「なあーあんた、帰って一発やろうよ」
ヤンキー風な真琴。
OL風な大人びた真琴。
何十人、どんどん増えていく。色々な真琴が――僕の気を引こうとまとわりついてくる。
「いらねえよ!」
声と心で叫び続けた。
真琴はずっと僕と一緒に過ごして男だったけど、いつまでも男っぽさが抜けなくて、強がるわりには、繊細で……
でも僕のことを考えて、僕のために身をなげうってくれた。
姿とか形とかは関係ない。僕にはあの真琴じゃないと駄目なんだ。
男だった――そして女になって、僕と出会い、そして僕と過ごした真琴じゃないと駄目なんだ。
天聖館高校で、僕と同じ2年A組のクラスで、男子高校生で女子高生になった真琴じゃないと。
僕の真琴はこいつじゃないと駄目だ!!
「これから先どんなに悩んで迷っても、僕がずっと支えるから――僕の真琴はこいつじゃないと――」
壊れかけの人形を抱きしめ続けた。
何十人、何百の真琴に迫られても――。
他の真琴には目もくれずに、壊れた人形を抱きしめた。
本物の真琴を――。
「どうしたの? お兄ちゃん。好きなのを選んでいっていいよ?」
「真琴! 真琴!」
双葉――少女の声など聞くもんか。人形を抱きしめた。
「真琴、僕はお前を――」
神様がどうだろうと、真琴が何だろうと、僕にとっての真琴は……お前しか――。
抱きしめる僕の耳に双葉の声が聞こえてきた。
「ああ、やっぱりね……。人の心……ここを出て行こうとする意志……私には止められないのね……」
さっきまで、無邪気で、そして敵意があったその表情がにわかに緩んだ。
ふっと顔がふっと微笑んだ。
「よかったね。真琴ちゃん、あなたを選んでくれたみたい」
そしてまた――。
その女童の言葉と一緒に僕の脳裏に一つの光景が映し出された。
これは……女童の記憶?
映像だけでなく声まで聞こえてきた。
―双葉。皆をここへ連れてきなさい。ここは私の世界……私の国……私が愛でてあげるから――
人形好きな姫の中でももっともお気に入りの人形。人形に語りかける一人の姫がいた。
一番のお気に入りの人形を抱き抱えながら――。
合戦で父も兄も失った。何もかも失いながら、人形と共に明日を待ち望んだ。
―あなたは兄様の生まれ変わり。今度は姫の人形になりたいと言っていた兄様の――
戦で亡くなった兄が戯れに言ったと思われるその言葉を姫は本気にしていた。
姫がその後どうなったかは知らない。伝わっていない。男と巡り会って結婚したのか。それともずっとこの神社で人形たちと共に過ごし、命を全うしたのか――
限りある人間の命。
そして、その人形は守り続けた。主がいなくなっても。いいつけを守った。
姫の思いは人形に受け継がれた――
次の瞬間――
「清久」
聞き覚えのある、そして一番僕が聞きたかった声がした。
和服を着た少女が腕の中にいた。
さっきまで僕は人形を持っていたはずだったのに。
「真琴!」
少女は真琴だ。
「絶対に離さないから、僕は……今度こそ」
抱きしめた。
温もりが伝わってくる。その匂い、暖かみ、真琴だ。
迷いもあったし苦しみも。けれども、ようやく真琴をこの手の中に掴んだ。
(だからもう離さない)
「馬鹿だな……お前。あんまり男だった男だったって言うなよ。流石に恥ずかしいからさ、一応オレも女なんだし、さ……」
「だってさ……」
「でも、嬉しかったよ――」
げんこつで殴られるかと思ったら、真琴はそっと僕の頭を撫でた。
「嫌いとか言われるよりは、まあ、ましかな?」
目を逸らした。恥ずかしそうにしながらもやや嬉しそうな表情で――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます