第80話「深雪の社」
消えそうになる青い花びらと微かに確認できる道を確認しながら山の中を進む。
降り積もったばかりの雪を踏むたびにキュッキュと音がする。
すぐ後ろから明美さんが同じように雪を踏みしめる音が聞こえる。
二人だけ、鳥や動物達も、今はどこかへ身を潜めて雪をしのいでいるのか、ひたすら静寂が支配していた。
吹雪ではないが、時折吹く風は身に染みるくらいに寒かった。
(おまけに歩きにくいスカート……)
なんでこんなことになっているのかよくわからなかった。
明美さんもそこには触れないようにしてくれていることに僕は感謝した。
時折木に降り積もった雪が重みでドサっと落ちる音がする。
山全体が雪で覆われて、白く閉ざされた世界へと変えていく。
消えていった少女たちを覆い隠すように雪が降り積もる。
神聖な聖域のようだ。
特に雪が降り積もった日は神様が降り立っている日だから入ってはいけない。
そんな言い伝えを聞いたこともある。
山道をゆきながら、明美と会話を交わした。
「そうか……、真琴が僕のために……」
彼女が簡単に状況を説明してくれた。
清久が自分を失っていたこと――。
そして真琴が既に天聖館高校を去って第一高校にいて、そこで明美さんと知り合った。
そして再びここにやってきて、僕のためにその身を投げうってくれたこと。
そしてどこからともなく歌声が聞こえてきて、皆どこかへいなくなってしまった。
真琴がもうこの学校にいないことに胸が痛んだ。だがそれでも真琴は拒否さのためにここにまた戻ってきたことを聞いて、救われた気がした。
明美さんもこちらの話を興味深げに聞いていた。
僕が体験した天聖館高校での異変を、男子生徒たちが一夜で皆女子になってしまったこと……。
何が起こったのかわけがわからない僕が真琴と出会って、こと。
馬鹿にするわけでもなく、明美さんはきちんと聞いてくれた。
「やっぱり……そんなことってあるのかしら。真琴を見てると単に男の子っぽいだけじゃなくて、本当に男だったって感じるのよね」
明美さんには洞察力があると感じる。
良かった。新しい学校で出会った子が、真琴のことをきちんと考えてくれる子で――。
「私だったら気がおかしくなると思う。でも真琴がいたからなのね……」
真琴はきちんと一人の女性としてやっているのだ。
あの天聖館高校を出て自分の足で歩もうとしている。
天聖館高校の生徒以外の女友達を作って新しい生活を――。
だからこそ……真琴にもう一度呼び戻さないといけないと感じた。
連れ去ってしまった存在から……。
「で、皆を連れ去った不思議な少女の声って……あなたは知ってるの?」
「ああ、僕も直接はよくわからないが、その少女のことを真琴も皆も『母さん』と呼んでいた」
「それが、天聖館高校の生徒を少女に生まれ変わらせた存在なのね」
「一応名前があって双葉っていうらしい」
「双葉神社ね! 山奥の方に移転になったっていう……」
流石と感心した。目から鼻に抜けるような物わかりのよさと回転の早さ……一高生だからというわけでもなく多分明美さん自身が賢いのだろう。
「でも、あなたの彼女を取り戻さないと――」
「ちょ、ちょっと、まだそんな……」
「ま~だそんなこと言ってるの? もう皆周知の事実になってるのに……」
「そ、その……」
なんだか悪い気はしなかった。
なんとなく――僕はきっとそう言われることを望んでいたかもしれないのだ。
それに確かに真琴の温かみがこの手に残っている
今までよりも近しい存在に思えた。
あんなに近くても遠い存在だったのに……
決して無駄ではなかったように思える。
双葉様の転生のことはよくわからないが……以前よりも気持ちが変わったように自分でも思う。
「あ……」
急に花びらが途絶えた。
そして役割を終えたとばかりに今まで導いてきた青い可憐な道しるべがなくなり、代わりに急に森が開けた。
そして目の前に現れたのは、大きな立派な鳥居――
先に神社の境内が見えた。手を洗う場所、小さな井戸、社務所ではないが祭事があった時のための人が詰めるための小さな小屋。
そして本殿。
大きな神社ではないが、かなり立派に作られ整然とした神社だ。
けれど人の気配はない――。
「い、いつの間に」
結構歩いたといっても2~30分ほどだ。
奥深くまで歩いた覚えはないのに、周りは山奥深い山並みだった。
まるでここに導かれるように入り込んだかのように――。
「ここって……」
「双葉神社ね――この作り、場所、でももっと山奥のところにあるはずなのに……」
明美さんは何か知っているようだ。
話していたことがいよいよ確信に変わる。
雪に覆われているせいもあるが、静寂に包まれた境内は神聖な空気に満ちている。
人里から離れた人が来てはいけない領域――。
そして足跡はこの神社の本殿で消えていた。間違いない。皆ここにやってきた。
ここは神様の領域――。
真琴たちを連れて行き、清久たちをここへ呼び込んだその神様が一体何をしようとしてるのかまではわからない。
明美さんの提案で、冷たいが手洗い場で軽く手を洗い、口をすすぐことにした。
曲がりなりにも神様だというのなら、そこへ行くなら最低限の流儀は必要だという。
「つめた!」
「ひゃっ」
もちろん防寒の装備は最低限してきたが、流石に素手は凍えるように冷たかった。いや、むしろ痛かった。
そして、本殿の入り口へと向かった。
屋根には既に雪が降り積もっているが、しっかりとした作りの建物はものともせず、その重みに耐えている。
そして、その前までくるとさっきまでは何も感じなかったが、本殿の中に急に凛とした気配を感じるようになった。
「こ、これ……」
明美さんが気がついて床を指さした。僕もそれを確認した。
「ああ……」
賽銭箱が置かれ、普段は固く閉じられているはずの社の本殿の扉が開いている。そしてその中へと、足跡が……続いていた。
(この中に皆いるってことか? 真琴も……)
明美さんと顔を見合わせた。
と、再びその目がじと目になる。
「ほら、これ、顔拭きなさいよ」
武士の情けとばかりに気味悪い化粧を落とすようにハンカチを渡された。
「あ、ありがとう……」
遠慮をしている場合ではないので、礼を言って受け取って顔をコシコシ拭いた。
「いいよ、気にしないで。後で洗って返してね」
口元や赤い染料や白い粉が顔にいっぱい付いている。
(なんだ、これ……。誰がこんなのしやがったんだ)
しかもスカートって……さっきから寒くてしょうがなかった。ちょっと風がふくとめくれそうになる。
慌ててスカートの裾を押さえる仕草をした。
「いや、今時女子でもそんなポーズしないって」
「う……」
明美さんの突っ込みに耐えるしかなかった……。
「さあ、行きましょう――」
「ああ」
いよいよ本殿に、この異変の大本となった主の元へと足を踏み出した。
ギィ、と床を拭むと木がしなる音がした。
「……」
埃っぽくなく、きちんと手入れがされているような感じだ。
思っていたよりも内部は広い。
「ちょっと! 清久君!」
指を差した。
「こ、これ……」
何本も並べられた燭台に蝋燭が煌々とともっていて、ずっと奥の方へ続いている。
明かりがぼうっと仄かに辺りを照らしている。
いかにも僕たちを待ち受けていた、といった風だった。
暗闇の世界にほんのり明かりだけがわずかにあるこの空間は、はまさに人が来てはいけない幽世のようにも思えた。幻と現実の狭間にいる奇妙な感覚だ。
この奥に必ずいる。二人ともそう確信して顔を見合わせ頷いた。
確実に一歩一歩踏み出していく。
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