異変の終わり
第79話「消えた生徒」
「何だい? この席」
あれはボクが高二生に進学して、初日。クラス替えが行われ、初めて顔を合わせたその日。決められた席に座ると、隣が空いていた。
「ああ、真琴か。今日、休んでいるよ」
「真琴?」
「そ、姫宮真琴。知らないか? あの色白で、体調が悪そうにしてる……」
天聖館高校は一学年で八クラスあるため知らないことも多い。
(多分他のクラスで面識無かった奴だろう。いきなり始業式の日に休むなんて不運な奴)
初日に休むとクラスが打ち解けてしまって後から入っていくのが大変なことをボクは知っていた。
(あとで声かけてやるか)
「虚弱体質でさ、入学式も欠席したらしい。保健室で寝てたらしいぜ――」
翌日の朝。
一人の男子生徒が教室に入ってきた。昨日みたことのない生徒だが、一目でそいつが真琴だとわかった。
小柄で、色白で線が細かった。けれども瞳は爛々としていて、決して身体の病弱さに負けている雰囲気はない。
「姫宮だっけ? 席そこだよ」
教室で入ってきて戸惑っていたので昨日あったことを教えた。
「ん? ああ、ありがとう、君は?」
「僕かい? 僕は……鷹野清久、よろしくな」
「俺は姫宮真琴」
真琴との一番最初の出会いはあっさりしていた。
なんとなく、会話を交わした。
真琴の自宅は学校から歩いていける場所にあるアパート。
幼いころから虚弱で、喘息の吸入器を持ち歩いていた時もあったという。
通常いじめの対象にもなりやすいタイプだったが、そうではなかったとのことだった。
意地悪やからかいがなかったわけではないにしろ、仲間外れにされているというわけでもない。
ただ真琴はつきあいはどちらかというと悪い。
放課後になるとまっすぐ家に帰ってしまう。
部活もせずに家に一直線。
そこまで親しくはならなかったが周囲の既にしってるクラスメイトが真琴と呼んでいたから自然にボクも真琴と呼ぶようになった。
「すげっ全部ほぼ満点かよ……」
真琴のテストの成績をみて驚いた。
「ん?」
特に隠そうともせず、当たり前のように帰ってきた答案を見ていた真琴。
失敬ながら後ろから覗いたら、凄い点だった。
「凄いんだな、真琴って……」
98とか96とか100とか数字が並んでやがった。
「お前、第一にも行けたんじゃないか?」
成績がよければ第一に行く。それがこの町の一般的な考え方。ど田舎ではないが、地方の小さな町の常識だ。
だが、真琴は、特に気にする様子もない。といって見せびらかしてるわけでもない。
「ん? まあそうだな。中学の時進路調査でも言われたんだけどさ」
「そりゃそうだろう」
何人第一高校に進学したかは、中学の実績の指標だ。真琴ほどの成績ならば中学の進路指導は当然受験を薦められる。
「家に近いとこが良かったし、姉貴が好きなところだからなぁ……」
最後の方が聞き取れなかった。
「ま、第一に行ってりゃ行ったでそっちの世界はあったんだろうけど……」
真琴は何の気はなしに呟いた。
「俺とお前だってこうして会ってないんだぞ?」
僕は普通に耳に流していた。
「面白い奴だな」
そう、真琴が第一高校に行っていたら僕とは出会わなかった。
そう、そして真琴が最初から女だったら出会ってなかったんだ。
男子校のこの学校の生徒である僕そして男子だったから。
真琴が男で、そして女になったから、僕と真琴はこの天聖館高校で出会ったんだ……
確かに僕は真琴と出会って……
真琴……
「……けて」
ま……
「真琴を助けて!」
こと……!?
☆ ☆ ☆
「真琴!」
叫んだ。
飛び込んできた視界には誰かの覗きこむような顔があった。
「わっ起きた」
聞き覚えのない女子の声だった。
「こ、ここは……一体……」
なんだか夢を見ていたような気がした。
「あ――」
見覚えのある天聖館高校の校舎が見えた。
ここは学校の裏手だ。町が望める校庭とは反対側で、目の前には雪で白くなり始めた山が迫っている。
しかも雪。薄暗い空の上から後から後から無数の白いものが舞い落ちてきている。
「僕は、なんでこんなとこに……」
「言葉をしゃべった? 意識が戻った!?」
「君は――?」
短めの髪をした一人の見知らぬ女子高生が僕をのぞき込んでいる。
天聖館高校の校舎が目の前にあるのに、違う制服を着ている。
別の高校の制服だ。
(しかもこのセーラー服。あの第一高校じゃん)
なんとなく利発そうな雰囲気があった。
一体彼女は誰で、なんでこんなところに。状況を把握できなかった。
「私は山城明美。第一高校の2年在籍よ」
「なんでこんなところに僕も君も……」
明美と名乗ったこの第一高校の女子生徒が一体どういう関係があってここにいて僕と一緒なのかよくわからない。
「いや、それどころじゃないのよ」
「みんな、真琴が、どこかに消えちゃったのよ!」
「そうだ、真琴は!?」
その名前が出た途端、思わずその言葉を僕も鸚鵡返しに繰り返した。
「真琴も、みんなも変な歌声が聞こえたと思ったら、それに引かれてどこかえ行っちゃって」
「真琴が?」
「そうよ、あなたが得体の知れない何かになっている間に、消えちゃったの」
得体の知れない何かになっていたというのもよくわからないが、自分のことは置いておくことにした。
「み、みんなも真琴も!?」
辺りを見回した。ここは屋上。
「そんな馬鹿な……」
立ち上がって校内へ戻る。
後から明美さんもついてくる。
雪がしんしんと降り積もっているせいもあるが学校は静まりかえっている。
雲が立ちこめて暗いせいもあるが、まだ明るい時間帯だ。
なのに、誰もいない――
普段放課後も賑やかな喧噪に包まれている校舎が、しんと、まるで神隠しにあったように――。
僕は立ち上がって校舎を探し回った。
「まさか……」
誰もいない。行ってしまった。
これは僕が最も恐れていた光景だった。
いつの日か真琴も皆も完全に「あちら側」に行ってしまう日が来るかもしれない。
この世界からふとどこかへ連れて行かれてしまう。
神様が連れ去ってしまう――。
そんなふうに漠然と抱いていた不安が、今現実に起きた。
今、ガランドウの校舎には人っ子一人いない。
教室も廊下も体育館も、音楽室、家庭科室、職員室までも。
二人でトイレのドアを開けてまで探したが、やはり誰もいない。
どこまでいっても寒々しさだ。
「そ、そんな……」
教室の黒板の落書きや、つきっぱなしの電灯。確かにここにいたという形跡がある――。
忽然と最初から、そんないなかったことになっているような、そんな神様の仕業のような不可思議な光景がそこにあった。
「こっち! こっち来て!」
明美さんの呼ぶ声が広い校舎に響く。
「こ、これは……」
青い花びらが点々と続いている。元々山の裾に位置する
天聖館高校だが、さらにその奥へと向かう道へと続いていた。
それを辿っていけということなのか。
雪が降り積もる中を山奥へと。
まごまごしている時間は無い。
せっかくの目印も消えてしまう。今すぐ後を追っていくか、身の安全を考えてあきらめるか、決断を迫っているようにも思えた。
「僕は行く」
ほんの一瞬の思巡、決断した。
その言葉を待ちかまえたかのように明美さんが返答した。
「そうよね! そうこないと……真琴が見込んだ男子なんだから」
満足したように僕をじっと見据えた。
(真琴が……見込んだって……)
と――こちらを眺めていた明美さんのその目がじと目になった。
「とりあえず、その格好は今は何も言わないでおくから」
急に股下のあたりに寒気を感じた。
「さ、寒! あれ!?」
(というか、僕、スカート穿いてる?)
「スースーする……」
(真琴たちってこんな冷える格好してたのか)
僕の大事なものが冷んやりして縮こまっている。
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