第70話「邂逅」
どうやら純のやつを明美は抑えてくれている。
オレはなおも構わず清久と対峙していた。
「こっちへ来いよ、清久」
ゆっくりと少しずつ後ずさりをする。場所を確認しながら清久を誘うためだ。
明美は純を抱き抱えている。目が任せろ、とオレに訴えてくる。
正直、妙案もなにも無かった。
深く息を吸った。
もっと自分に、素直に――
自分に嘘をつかないで――
明美の言葉、マミ姉の言葉が頭に駆けめぐり、語りかけてくる。
「マミ姉……」
(もっとオレに勇気を――)
(オレはここで、この体に……この姿になって……そして清久と過ごしたんだ)
虚ろな清久と間合いを取りつつ場所を移動してゆく。
一歩一歩。
ふと廊下の窓を見ると、雪がチラツき始めていた。
チラ、チラと雪が桜の花びらのように一つ、また一つと地面に舞い落ちていく。
下駄箱にやってきた。
ふと思い出した。清久と初めて話しあったのはここだった。
たった一人で家に帰ろうとしていた、その背中が気になって声をかけたんだ。
一緒に話した。そして、二人で一緒に帰った。
(あの時、オレはお前に言った。お前は間違っていないって、お前はこのままでいいって)
「お前はオレの言ったことを守った。学校を辞めずにずっと教室で孤独だったのに。だからオレも守らないとな。オレが言ったこと……」
「真琴……」
「オレがお前を助けてやるからな――」
まさに今オレは感じた。あの時の清久の目が、寂しそうで、頼りなかったけど凄く澄んでいた。
不思議と清久に引き寄せられていった。
それが、清久とオレが初めて話した日のこと。
「あれから時間が経ったんだな……」
「清久、どうした、こっちだって」
「真琴!」
清久が、またゆっくりとオレへ歩んでくる。
降り始めた雪はグラウンドにも積もり始めた。
誰もいないグラウンドに薄っすらと地面を覆い始めていた。
この寒い中でも、長谷川たちバレー部がブルマ一丁で平気な顔していることに改めて苦笑する。
そして思い起こされる。まだ暑い夏ごろ、まだオレが天聖館にいた時、一緒に清久と体育の授業を受けた。
(そう、体育の授業の時だ――)
☆ ☆ ☆
オレは妙な視線を感じた。
体操着に着替えて準備体操を始めた時だ。
(なんだ、この感覚――)
誰かがオレを見ている。
(これは一体……)
奇妙な感覚に戸惑った。
こんなことがあった。
女になる前、オレがまだ普通の男子だった時。
マミ姉はオレがどこへ隠れていても、そっと寄って驚かそうとしても、オレの気配をいつも察する。
どんなに入念に仕組んだ悪戯をしてやろうとしても――。
「なあに? 真琴? お姉ちゃんに何か用?」
と優しい笑顔で気が付いてしまう。
どうしてなんだと訪ねたらと女の子はとても視線を感じるものなのよ。真琴も女の子になればわかると思うよ。
そういうものなのかと思っていたが、実際本当に女になったらそうだった。
今、この体育をしている時に感じる視線。オレはその視線の正体を探した。そしてその視線の先に清久がいるのを発見した。
「真琴! おい見ろよ、さっきからお前をみてるぜ、しかもお前のケツをじーっと」
他にも清久の視線に気がついた奴もいたようだ。
オレが清久に視線を向け返すと慌てて清久は横を向く。
「はは、しかもあいつ前屈みだぜ。もろたってやがるな」
実際清久は、妙に屈んだ不自然な姿勢だった。
「やだー、清久、きっもーい……くーこれ、やってみたかったんだよなあ」
胸の前に握った両手をやって、黄色い声で嬌声に近い声をあげる。そして――
「後で真琴のブルマで自慰する気だぜ」とオレにご丁寧に耳打ちしてからかった。
無性にむかっと来て言い返してやった。
「しょうがねえじゃん、お前だってそうだっただろ? 目の前であんなケツをふりふりされたら、お前だって今はもう無いアソコを大きくさせただろ?」
「ま、まあ……それもそうだよな」
(まったく、こいつのエロ魔神ぷりは有名だったのに)
いざ自分がその立場に立つと変わるものだ。
「だいたい、こんな穿き物、誰が考えやがったんだ?」
実際ブルマは穿いてみると、これほど奇怪なものはなかった。
体操着に指定されたから何気なくそのまま穿いてみたが、最初はその穿き心地に戸惑った。
誰もが体は小さくなったがケツはでかくなってしまっていた。
自分でもケツが揺れてるのがわかる。
スカートを穿いているときは隠せるが……。
それがブルマを穿くと――太股はまる出し。
そしてあの密着性の強い穿き物で尻を包むと、くっきりケツの形が現れる。
大きなもぎたての桃が沢山並んだように、壮観だった。
女の腰つきで歩く度にプリプリ揺らしながら歩きやがる。
自分達ながら、かなり恥ずかしいと思った。
パンツを二枚重ねて穿いているようなもんだった。
(そりゃ、今時ブルマなんて廃れるわ。実際穿いてみりゃわかる)
「真琴、ストレッチ、一緒にやろうよぉ」
体育の始まりの準備体操としてストレッチが始まった。
「いや、オレは清久とやる」
誰も清久と組みたがらないから、またポツン、と一人になっている。
両手を組んでお互いを引っ張るストレッチ。
「おい、清久、やろうか」
声をかけると、清久は、驚いて目を丸くしていた。
「い、いいのか?」
「ああ、さっさと組むぞ」
オレは手を差し出すが、それを取ろうとした清久の手は震えていた。
「あ、そうか……お前って……」
女性恐怖症なんだっけ。
「いや、いい! いいんだ」
差し出したオレの手を清久はやや震えながら取った。体もガチガチだ。顔から汗が引きだしている。しかも冷や汗。でも清久はオレの手を離さなかった。清久の手は思いの外堅く感じた。男の手ってこんなに堅かったのか?
(それともオレの手が柔らかくなってるのか?)
「いてて! 引っ張りすぎだ! 真琴!」
「お、悪い悪い――」
☆ ☆ ☆
ようやくたどり着いたのは、教室の前。
二年A組と書いてある。
まだ残っている生徒もいたのか、
「ま、真琴!?」「いつ戻ってきたの?」
という声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だが今はその声が誰で、「よう、久しぶり」と掛け合うような余裕は無い。
オレがかつて在籍していたクラスだ。よく知っている、毎日を過ごした場所だ。
振り返るまい、思い出すまいと思っていた。だが、こんなオレでも懐かしさというものは感じるみたいだ。
胸がざわめく。
「覚えてるか? 清久、ここ」
オレの後をゆっくり追ってくる清久の瞳は虚ろなままだ。
「オレとお前が最初に会話したのは、あの日だったよなあ……体育の授業の前だ。お前にいることに気が付かなくて着替えてるときに、下着のまま突き出したケツ見られちまって……オレ恥ずかしかったぜ。男に見られたのは初めてだった」
(マミ姉の選んだショーツをもろにみられたんだっけ、あれは恥ずかしかった)
そして今日もあの時と同じようにマミの選んだ下着を付けてる――。
「すぐ後ろでお前がガン見してたんだっけ――」
「う……うう……」
あの時他の女子生徒らは、清久を散々にからかっていた。
スカートをたくし上げて、清久を戸惑わせたり、目の前で女同士のキスをしてみせて、ショックを与えたりするのは何度も目撃した。
実はそうじゃない。皆、新しい体を得た期待と興奮とその裏腹に一抹の不安感があった。
これからオレたちはどうなるのか――オレたちはこのまま女として生きていくのか――。
清久はその不安のはけぐちになっていた。
(おかしいことだ)
おかしなことになっているのはオレたち、清久が普通だったのに、不遇な境遇に置かれたのは清久だった。
その変なことが起きたのがここ、天聖館高校だった。
綺麗だが元男だった美少女達の狂騒――。
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