第69話「明美の奮闘」
(誰? この子……)
明美は、真琴の側によってきた純という少女の登場に、目を見張った。
「可愛い……」
思わずため息をついた。
これまでの天聖館の子とは違う。
ツインテールが似合う。それに小柄で子供っぽい外見。
なのに、体は成長しているところは成長している。
(瞳に吸い込まれそう……)
不思議に引きつける力があるのだ。
それは真琴にも、他の天聖館の生徒にもあるものだが、特に純の場合は、相手の庇護心に訴えかけてくる。
(やば……)
何も心の準備してなかったら、抱きしめて撫でてやりたい。
可愛い、可愛いと嬌声をあげてその細い体を抱いてしまうだろう。
甘えさせてやりたい。頼まれたら、断れない。受け入れてしまいそう。
明美は深呼吸をして、心を落ち着かせた。
(この子は、真琴の知り合いのようね)
だが、真琴の表情からして、決して仲のよい親友という関係ではないと思われた
それどころか、この清久という子と純と真琴。
三人に深い因縁があるようにも思えた。
「良かった……。真琴ちゃん、来てくれたんだ、あたしたちのために」
それは、まるで悪戯のやりすぎで、どうしようもなくなった自分に、保護してくれる大人が現れたような安堵の表情。
胸の前に手を組んで笑顔を作る。
女の子らしい仕草だ。
女らし過ぎて逆に不自然。
明美は再び、深呼吸した。そして思いを巡らした。
(そう、この子って……。私が、嫌いなタイプ)
「これできっと、清久を元通りに直せる」
真琴に絡んでいたが、やがて明美にも気がついたようだ。
「誰? この子……あ、ひょっとして一高の子なの?」
小さな子がおもちゃを見つけたような、そんな視線を向けてきた。
明美は思った。
(きっと、この子も元は男の子だったのね)
何か妙な感じをいだかせるのは、真琴と同じ。 何か変なところがあって、不思議な感じを抱かせる。
でも、その不思議な感じは、真琴と逆。この子は真琴と違って、良くない部分をふんだんに取り込んでる感じがある。
そんな恐ろしさを感じた。
「お前が教えてくれたんだんだ、純。オレが何をするべきか……感謝してるぜ」
「本当!? じゃあ……」
「それじゃ、な」
「!?」
「……」
「あ……れ?」
チラリとみただけで、真琴は特に一言も出さなかった。
横をすり抜けて、また真琴は清久に向き合う。
「ちょ、真琴ちゃん、あは……」
後を純が追いかけていく。
真琴は気にもかけずにズンズン行く。
「ま、真琴ちゃん、えへへ……」
横をにべもなく通りぬける真琴に、甘えるように純は絡もうとした。
――この子、馬鹿?――
明美は心の中で呟いた。
明美は胸が震えた。
純という子は気がついていない。
(……真琴は怒っている)
怒ったときに、取る行動がどういうものなのかを、純はまったく知らないのだ。
真琴は今、純という子を敵。清久という子を巡る敵と認めた。
女同士の敵なんだ。
真琴が笑った。
真琴が見せたあの笑顔は、正当な敵と向き合う笑顔。
そして純という子への挑戦状、宣戦布告。
そういう女子の真剣勝負であることに気がついていない。
この鈍さは、一体? この子は今まで何をやってきたの? とさえ思う。
同時に真琴が毅然とした態度を取っていることに驚いた。
あれほど残念系女子とも言われた真琴がいつの間にあんな女子として毅然とした姿を見せるようになったのだろう。
(自然に身につけたもの? 春香や私たち? 一高での日々?)
反面、この純という子――。
(救えない――周りの子は何をやっていたの?)
不幸な子だ。
美しい少女、とても女の子らしい容姿、そして女らしくない気構え。
「きっともう安心、よね?」
気がつかない純。真琴に置いてけぼりにされても、戸惑いつつも真琴の後ろを追う。
「真琴ちゃんなら大丈夫、清久を元に直してくれる」
(直すって人形じゃあるまいし)
それよりも――あの奇妙な物体(ひと)を作り出したのはこの子ではないか? と明美は思い当たった。
お化粧の白い粉。ベタベタに唇の周りに塗られた口紅。歌舞伎役者のようになってしまって、壮絶なことになっていた。
それに、虚ろな目。
(一体何が原因だったの?)
……よくよく見ると、男子のようだった。
なのにスカートやブラウス、天聖館高校の制服を着せられている。
(ひょっとして、この子って、天聖館高校で唯一男子の子)
「!?」
一高に転校してきた真琴。
思い悩む真琴の姿。
真琴が苦しんでいたのは……。
(そうだ、きっとそうだ)
明美は気付いた。
真琴達が男子から女子高生になってしまったのに、あの男子だけ取り残されて……壊れてしまった。
そして、真琴はあの男子を支えようとして支えきれなくなった。
そう考えると、物事が明美の思考の中でつながっていく。
この純という少女が、人形のように彼の心を壊してしまった。。
「一体なんてことを……」
「明美ちゃん……気づいたのかな?」
傍らの長谷川さんが、やや伏目がちにつぶやいた。
「そう、あれが、私たちがしでかしたこと――」
さっき真琴に向かって長谷川がつぶやいたのはこのことだったのだと理解した。
「あんなものを作り出すために、私たちがこうなったのではないはず……そう思ってた。だけど……」
男から女への変化というものの変化は明美にはわからない。彼ら、いや彼女らなりに悩んだものがあったのだろうか。
「良かった、もう大丈夫……」
一方の純という子は、それに比べて脳天気だ。
「あなた、何を言ってるの? 真琴は普通の女の子よ」
「え?」
「ごく普通の女の子で、解決策も、何の魔法も使えないわよ……」
「え? あは……何を言ってるの?」
心底わからないようだった。周りがなんとかしてくれると思っていると見て取れた。
(なんなの? この子……とことん甘えてくる)
「あ、真琴ちゃん。わたし、頑張ったんだけど清久が言うこと聞いてくれなくて……」
なおも真琴に絡もうとつきまとう。
(駄目だって。今は『あれ』に向き合うだけで真琴は精一杯なんだから)
真琴の邪魔をさせるわけにいかなかった。
(この子はわたしが引き受けよう)
「明美、あたしは吉川明美」
明美の声かけに、彼女が振り向いた。
「あなた純ちゃんっていうの? よろしくね」
思いっきり親近感あふれる声と笑顔。明美ができうる限りのフレンドリーな声で呼びかける。
おいで、と両腕を広げる。
すると純は嬉しそうにすり寄ってきた。
(あらあら……この子、甘えさせてくれそうと見ると、とことん甘えてくる)
「明美ちゃん!? 一高生なんだあ。えへへ……よろしく」
明美の腕をつかんで上目つかいで甘えるような仕草をする。
依存心の強い子が新しくしがみつける相手を見つけた、とばかりに心も体も明美にしがみつこうとしている。
(こういう子、結構みかけるタイプなのよね)
明美は見抜いていた。どこまでも他人に依存して、甘えようとする。他人になんとかしてもらおうとする――そういう類の子。
特に純の他人の庇護心に訴える能力は抜群だ。この子を守りたい、言うとおりにしてやろうと思わせようとする。
純が後天的に身につけた能力なのか、神様が与えたのか――。
と同時に純の心がどことなく空虚に感じられた――。
ぎゅっと純を抱きしめた。
「あは……」
甘えんぼう攻撃が、上手くいったと確信したのか、腕の中で純が笑った。
けれど、明美は心の中でつぶやいた。
(私はそんなに甘くないよ?)
明美の頭の中の記憶が呼び起こされる。今までに出会ったなかで、このタイプの子を見てきた。
全部明美の嫌いなタイプの子ばかりであった。
もし純につきあっている子がいたら、しかりつけてやりたい。なんでもっと厳しくしつけなかったのか?
きっと甘やかしに甘やかしたのだろう。察しがつく。
(この子、このままだと駄目になっちゃう。現にそうなりかけている――)
「いいでしょ? 一高の制服、合格したとき凄く嬉しかったから、一高の制服が着られるって」
「あ……」
ビクン、と震えた。
(この子うちの学校に何かコンプレックスでもあるのかしら?)
弱点を見つけた。
そう思うと好奇心も芽生えてきた。いろんな意味で可愛いかも――
ちょっと仕掛けてみようと思う。
「今でも思い出すわぁ、あの日、雪が降ってたんだっけ。凄く寒くて白くて今日みたいな日だったわね」
「そ、そうだっけ?」
「結構志願者が多い年で、落ちた子も結構いたみたいね」
「う、うーん、はは……」
声が震えている。
希望が見えた。
少し希望がもてたのは、明美の腕の中の子はまだ落ちきっていないのかも。まだ心の持ちようが拙い。幼い子供みたいに、甘え方が直接的。巧妙じゃない。この年頃の女子なら、もっと上手に駆け引きを使う。
まだ女の子の甘えを知ってからそれほど時間は経っていない。きっと真琴と同じと思われた
。
まだ、厳しくしてやれば底から引き上げることができるかもしれない。
だが今まで誰もいなかったのだろうか。女子としてあるべき道を示す人間が―― 。
純を抱えたまま、目をずらした。
明美が彼女を引き受けた間も、真琴は対峙を続けている。
廊下で、二人。
『あれ』は、虚ろな目のまま真琴を見つめている。やっぱりあれは真琴を求めているのだ。
ジリジリと、真琴が移動していく。それにつられて、あの「モノ」も、にじりよっていく。
ずいぶん減ったけれど、まだ見守っている子たちも残っている。
「清久……」
真琴がそう呼びかけると、『あれ』も返事をする。
(そう、清久という名前なのね)
「真琴……」
真琴の声がかろうじて届いているようだ。けれど、ただ虚ろな様子は変わらない。真琴に吸い寄せられるように、よろよろと――。
「あ、あなた……離しなさい!」
別の方向からヒステリックな声がしたので明美が振り返ると、そこには長い黒髪の女子生徒が立っていた。もちろん、天聖館高校の制服を着ている。
長い黒髪ロングは真琴と同じだけれど、雰囲気は違う。
背も一回り大きく、どことなく固い。
綺麗で端整だが、とっつきにくそうな感じがあった。
その女子生徒は明美と腕の中の少女を見比べて青い顔をしていた。そして明美も彼女に見覚えがあった。
「あら、皆川環会長。こんにちは」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます