第64話「長谷川さん①」

「うわー、天聖館ってこんなところだったんだ……」


 校門から敷地に入ったオレと明美。校舎を目指し、入るところを探して歩いていく。


「そんな見入るもんでもないだろ」


 オレはかつての在校生であり、見慣れていることもあるので、明美が興味深々なのに、戸惑った。

 一高の、あの戦前からの煉瓦作りの校舎も一部まだ使われていて、いかにもな伝統の重みを感じさせる校舎。

 それに比べると新設(それでも創立三十年は経っているが)で、ミッション系な学校のようなモニュメントも、デザイン的な工夫もない。

 いってみれば、中学校の規模をでかくしたような、無機質、ありきたりな校内だ。


「玄関はこっちだよ」


 促したが、明美は、ちょっと寄り道とばかりに、いろんなところを覗こうとする。


「すごい、施設が整ってるなあ……」


 プール、柔道場、剣道場、弓道場ー植物園。

 天聖館は、部活は力を入れてる。オレは帰宅部だったが、部活が充実してるから、という理由でここを選ぶのもいる。

 清久もその一人だったと聞いているが。


「あれ? サッカー場すごい大きい……女子サッカーも強いの?」


 明美が遠めで山の裾に眼をこらした。

 校舎のある敷地から少し離れた場所に、ちょうど山を削って造成されたサッカー場がある。

 誰もいない閑散とした、だだっぴろいサッカー場。鉄製のゴールだけが寂しげ佇んでいる。

 つい二、三年前に、男子の花形スポーツサッカー部を強化しようという目的で作られた。

 男子校だったうちならではの、発想だが……。


「いや、何もやってないはずだ」


 サッカー部が廃部になったとかなっていないとか。

 女子でサッカーやっても、良いのだろうが、女子校化によって起きた嗜好や体質の変化についていけなかった。

 オレが居た時から、校風の変化は感じてはいたが。

 チアリーディング部でも作ろうという動きが起こっていると聞いた。


「真琴は何でこの学校を受けようと思ったの? 編入試験で入れるような真琴の学力なら、うちに最初から来れたはずでしょ?」

「オレ、体が弱くて近くにあったここの学校なら良いと思ったんだ。スクールバスも充実しているし、歩いて通えるから、いざというときも通いやすい」


 その割に授業料も安いし。


「うっそ……そんな風には見えないけど」

「本当さ、喘息とかアレルギーとか、一通りの病気は経験済みさ」


(この体は母さんから貰っただけなのさ……)


「姉貴に薦められたから……」

「?」


 山の中腹にあるこの学校から、街が望める。

 駅やデパート、商店街なんかの町並み、住宅街――。

 まだ開発された街に残る田畑……。


「この景色、姉貴が大好きなんだ。入学する前、小さい頃も、ここへ姉貴に連れてこられたことがあって……」


 小さかった頃のオレ。姉のマミは懐かしそうに、なにかもう二度と戻らないものをみるかのように、ここの景色を眺めていた。


「明美は、どうなんだ? 天聖館のこと」

「うーん……」


 頭に指をあてて、首を傾げた。


「いまいち印象がないんだよね……あたし、なんでここのことまったく意識してなかったんだろう――。女子校なら、一度は調べてるはずなのに……」


 明美の印象が薄いのは当たり前であった。そのころは男子校だったからだ。


「ま、明美は成績トップだから眼中になかったんじゃないのか?」


 戻る途中、傍らの駐車場脇に、小さな祠があるのに、明美が気がついた。


「あ、祠。それに、記念碑……。神社があった場所……」


 小さな祠があった。木で出来た祠に、しめ縄が飾られている。

 脇の大理石でできた記念碑に、この祠のことが書いてある。移転する際に、ここに祠だけ残したようだ。


「これは……」


 オレも今まで気が付かなかった。郷土史研究会にも、無かった資料だ。

(いい土産話になりそうだな)


「ん?」


 祠に、花が供えてあった。

(この花、マミ姉がよく買ってくる花に似てるな……)

 時折買ってきては家に飾る……。

 青い花……。

(マミ姉? そういえば……)

 今朝どこかに行くと、書き置きしてあったことを思い出した。まさか、ここに来たのだろうか。


「あ!」


 静寂な空気を打ち破るように、黄色い声が耳に届く。

 体育館の渡り廊下を歩いてくる一人の女子生徒がいた。

 だが、体操着に、天聖館のエンブレムがある。

 まごう方なき、天聖館の生徒だ。

 白い体操服に大きな胸が揺れる。

 スポーツタイプのブラで支えているのが透けて見える。が、それでも揺れる。


「真琴、天聖館って今時、ブルマなの?」


 目を見張ってささやいた明美。

 現れたショートカットの女子生徒の股間とその尻は、紺色のブルマに包まれている。

 伸縮性のあるその生地は、体の線をくっきりと浮かびだしている。

 丸く大きい尻、丸出しの太股。

 見事なスタイルだから、明美がため息をついたのは無理もない。


「イチコー生? どうしてここに……」


 突然の来訪者に、向こうも戸惑っている。

 単純な興味と、戸惑い。

 敵意とか憎悪では無いが、異質なものが入り込んだ感じ。

 怪訝な顔をして近づいてきた。

 みるみるその背丈が大きくなる。


「真琴……」


 明美がちょっと驚いたような声を漏らす。

 近づくと、真琴達を見下ろすようになる。

 じっと二人を見つめる。

 身長はおそらく百七十五センチを越えるだろう。

 校内で一、二を争う長身だ。

 無駄な脂肪が無く絞り込まれたスリムな体。

 長く細い足に筋肉質。

 まさにアスリートとして完成された体だ。

 それでいて、大きな胸と尻。

 それに、大きな身長。これはバレーボールを続けたかったからだ……。

 天聖館校生のご多分に漏れず、美女ではあるが、迫力があった。


「真琴!?」


 相手も気がついたようだ。

 こいつは……長谷川か。

 膝にサポーターを付けているから、わかるが、バレーボール部員。

 女子生徒になった後も、バレーボールをやっている。


「よ、長谷川。久しぶり!」


 返事をすると、長谷川は嬉しそうに、というか抱きついてきた。


「真琴! 帰ってきたんだね!」

「うわ! っとと……」


 急にふわっと重力を失った。

 長谷川の大きな体が真琴を抱え上げたので、足が地面を離れた。

 そして 満面の笑顔を浮かべながらオレを抱きしめてきた。


「おかえり、真琴――」


(むぐ……)

大きな胸に圧迫される格好となった。

(こいつ……体が大きいからいまいちその印象はなかったが――)

 予想以上の巨乳。その柔らかく顔を包み込む弾力性は殺人級だった。

 膨らみはオレの胸にもあるが、それとはまるで違う。それは、武器だ。

(そうか、こういう使い方もあったか、オレも母さんにお願いするときに、この武器をもらえば良かったかな――って、そんなこと考えてる場合じゃない、窒息しそう……)


「ふが……むが……(離せ、離せ)」


 暴れようとしても、持ち上げられてるので、力が入れられない。

 足をバタバタするだけ。


「あ、あの……苦しんでると思いますけど」

「え?」


 明美が、注意して、長谷川がようやく腕の力を緩めたときには、酸欠になりかけて、真琴はぐったり――。

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