第63話「潜入」
階段を上りきると、目の前に門が現れる。
「やっと、やっと付いた……真琴はなんで平気なのよ」
やや遅れて階段を上りきった明美は、はあ、はあと息を切らす。
そして、ついに辿り着いた。
「ここが、天聖館、TS高校ね。来るのは初めてだわ」
明美が眺めるように見渡す。
オレにとっても見慣れたはずの校舎。
そこから望める校舎は、変哲の無い無機質なコンクリートの校舎だ。
ミッション系の学校のような洒落た赤レンガや宗教的なモニュメントとか一切無し。
私立と言っても、ごくありきたりの作り。
元々、天聖館自体、市の人口が増えて学生の数が増えてきた時期に作られた。
三十年という中途半端な歴史が物語る平凡な一私立学校。
概して平均的な生徒。
平凡な学生生活、時間が過ぎていた。
唯一の特徴らしい特徴は、この近辺では珍しい男子校――だったことだ。
だが、『あの日』を境に全てが変わった。
門の横をチラリ、と見た。明美も釣られてみる。
やや年季の入った門に、新しく付け替えられた校名の表札。
そこに大きく描かれた文字。
『天聖館女子高校正門』
「へえ、ここが正門だったんだ」
「そうさ、意外だろ? 明美」
反対側に、自動車、バスも入ってくる大きな門があり、そっちが正門だと思われがちだが、実は向こうは通用門である。
こっちの階段側から入る門の方が正門だったりする。
オレも以前は何故そうだったのかはわからなかった。だが、研究を重ねた結果、おそらく昔の神社へ続く産道階段、その名残のせいだと推測している。
産まれ落ちた子供が子宮から産道を通って出て行く、その道を今オレは遡ってやってきたのだ。
☆ ☆ ☆
「う……えぐ……」
いつの間にか、純の顔をつたい、ポタポタと流れる涙。
その間も、清久はどこから持ってきたのか化粧道具で顔を塗りたくっている。
口紅やパウダー。
部屋に臭いが充満する。
「純、ほら、みて」
振り向いた清久の、その顔は醜悪な化粧顔――。
「う……」
強烈な吐き気を催した。
(駄目。これじゃない。あたしは、もっと違う物じゃないと駄目)
綺麗な体、髪の毛からつま先まで――。
美しい物以外は嫌。
だから、純自身の手で清久を生まれ変わらせる。
愛しい「母さん」の手から漏れてしまった清久を、自分の力で――。
もっと綺麗で美しいモノに――。
なのに結末は違っていた。
ボサボサの髪。
滅茶苦茶な化粧。真っ白になった顔に、口裂け女のように塗りたくられた口紅。
身につけた、スカートから男の象徴が――。
男性とも女性ともつかない外見。
これは純がつくりあげた怪物。
まともにみるに耐えない。
「いやあああああ!」
(もう嫌)
「純ちゃん、しっかりして」
環が後ろから肩を抱いた。
でも、もうそれじゃ収まらない。
「いや、元に戻して。清久を、清久を返して――」
「返して、あの清久をー平凡で、何の取り柄もなくて、でも意地が強くて、優しかった……清久……ぐす……うう……」
(そうよ、それもこれもタマキちゃんが原因よ。あたしはタマキちゃんが言ったことをそのままやっただけ。あたしは悪くない――)
「じゅ、純ちゃん!」
純は急に環に、背を向けた。
「タマキちゃん、嫌だ。清久を元に戻すまでベッドに入れない」
環は急にオロオロしだした。
(こうすると、タマキちゃんは、あたしの言うとおりにする――)
「あーあ、残念。タマキちゃんは、もうあたしの身体に触れられないんだ」
「そ、そんな、ね、純ちゃん。で、でも、戻す方法なんて……聞いてないし……」
プイっと横を向くとますます慌てる。
(効いてる効いてる――)
「壊れちゃったのだから、そ、そうよ。ごめんなさいっていって正直に真琴ちゃんに謝れば許してくれるわ」
「駄目、もっと清久も真琴ちゃんも元通りにして」
「そ、そんな……」
二人が無駄なやり取りをしているうちに、清久が新たな動きを始めた。
「清久!?」
ゆっくりと立ち上がる。
「真琴ー真琴に会いに行く――」
☆ ☆ ☆
階段を上りきった校門前。
冷たい風の中、佇むセーラー服の女子二人。
いつまでも佇んでいるわけにはいかない、とオレも明美も一歩踏み出した。
「さて……と真琴が女の子になっちゃった原因を探りにいきますか――」
不意に明美が呟くのを聞き逃さない。
「何? 今何て言った?」
反応するのを見越したかのように明美はオレを見つめている。
「うーん、最近ね、わたしもマジに思うんだ。真琴は本当に男の子だったって。うん、あたしの中ではね、真琴は女の子になっちゃった男の子ってことになってるわ」
鉄の校門扉を開ける。
重そうに押すので、手を貸してやった。
明美は少し口元に笑みを浮かべる。
「お前、信じてない、どうでもいいっていってたじゃん」
「私は今は確信している――この学校の子達は……でも、それを言ったところで、どうしようもないでしょ? 何も証明するものはないんだし」
「まあ、周りは信じない、だろうな」
「でも感じるのよ、わたし、なんだか真琴と一緒にいると感じるの」
「何がだ?」
「うーん、友情……かな?」
「友情って、別にそれがどうしたんだよ。そんなの……」
「違う違う、私の言っているのは男の子の友情」
「男の友情?」
「うん、男子の友情ってこんな感じなんだって。飾ってないし女の武器ってやつに頼らない――。真琴といると、すごく、さっぱりしてて清々しい――。さらっと相手のことを気遣ってくれたり助け合ったり。これってきっと男子達の友情なんだって思うことが何度も……。こんなのって初めてよ。今まで付き合ってきたどの女の子とも違う……真琴は武器も使わないし。だから思うんだ。真琴はきっと男の子だったんだって」
明美の告白に思わず頭を掻いた。
(まあ、オレが元男子ってこと、オレ自身の口から一度口にしたこともあったから、いいか)
「そう、真琴は武器を使わないもんね」
「武器ってなんだ?」
「涙、わがまま、駄々だったり」
よくいう女の武器ってやつか。そんなもんがどうしたんだ。
「真琴は気がついてないけど、これが以外に有効なのよ?とても鋭利な武器で……周囲の人を心配に、オロオロさせて言うことを聞いてくれるからーそれに頼りきっちゃう子もいる……」
「そういう使い方もあるんだろうな」
「凄く効く武器だけど、徐々にその悪い面を知っていくわ。長い時間かけて……。結局自分に跳ね返ってくる」
「跳ね返ってくるのか?」
「うん、これを使いすぎるようになると、もう人間的に成長が止まっちゃうの。徐々に心が腐っていってしまうの」
胸が鳴った。
腐っていく……。
あの日みた夢……自分の体が朽ちていくあの夢を……。
少女達の楽園、夢のような世界。
永遠と思われた至福の時は、やがて終わり、その身が腐っていく――
「私も17年。今日ここまで女の子としてやって学んだことよ。ま、これは最近女の子になったばかりの真琴への先輩からの忠告よ」
「先輩?」
「そう、私は真琴よりずっと経験深い「女の子」の先輩よ」
明美は、両手を腰に当て、胸を反らせる。
オレと同じくらいの大きさの胸が揺れる。
「あー、はいはい、じゃあいきましょうか、明美『先輩』」」
とりあえず、オレは校門の中へ入った。
「あ、こら、真琴、待ってって」
明美も後に続く。
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