第65話「長谷川さん②」

「真琴!」


 一瞬意識が飛んで、明美の叫び声で再び戻ってきた。

 ようやく殺人巨乳から解放される――。


「はぁ、はぁ……」


(たどりつく前に、力尽きるところだった……)


「はは、ごめんごめん。前に弟にも、同じようにやって気絶させちゃったんだよね」


 頭を撫で撫でされる。昔、オレが姉からそうされていたように。

(なんかオレが弟のように扱われてるような気が……)


「へえ、弟さんがいるんですか」


 明美が息絶え絶えなオレに変わって会話する。


「うん、小学生でちょっと生意気になってきたけど、年離れてるから、喧嘩もしないし、よく懐いてるんだ。特に最近はよく懐いてきて抱きついてくるから、ついこっちもぎゅっとやっちゃって」


(そういえ長谷川には弟がいたっけ)


「特に最近は、一緒にお風呂にはいると……」


(一緒に入るのか? オレでさえマミ姉は一緒に入ったのは随分前なのに)


「クス、まさに武器ですね」

「えーっと、君は?」


 オレのすぐ傍らに立っている明美に声をかけた。


「あ、あたし吉川明美って言います。第一高校の真琴と同じクラスなんです」

「へえ、明美ちゃんか――」


 まじまじと見つめた。

 当初は怪訝そうな長谷川も、一瞬体の大きさに戸惑った明美も、すぐに友好的な雰囲気に変わった。

 長谷川は、人なつっこい所があるし、明美は人付き合いが上手だから、初対面はうまく合いそうな間柄かもしれない。


「へえ、うちの学校、今どうなってるかを見に来たってわけ……」

「それに会いたい奴がいてさ」


 簡単な自己紹介が、終わり今回の、この天聖館に来校した事情を説明する。


「そっか……戻った訳じゃないのは残念だけど、でも嬉しいよお、真琴がここのことを気にかけてたなんて。でもいいねえ、そのセーラー服、うちも一回着てみたいなあ」


 明美とオレを見比べている。

 第一高校の女子制服は、黒い冬服のセーラー服。

 黒々とした外見に、襟が白く映える。

 質素だが、落ち着いた感じだ。


「明美ちゃんは、ひょっとして、真琴のお相手? 可愛いねえ。他校にも、こんないい子がいるなんて」


 突然のネタ振り、意味がわからず、明美は目を白黒させる。

 正確には、意味自体はわかったが、どうしてそんなことを聞いたのかがわからなかったのだ。

(まず、そこから説明しないと駄目か)

 この学校ですっかり定着しちまった文化。


「先輩! 何をしてるんです?」


 また新しい別の黄色い声が体育館の方から響いた。

 同時にパタパタと、渡り廊下を歩く足音。

 そして、『もう、いつまでも放っておかないでください』と言いながら長谷川に抱き着いた。


「ま、そういうことー。うちらは、こういう仲なのさ。文化系の部なんかは、最近はお姉さま、なんて流行らそうとしてるけど、あれはなんかね……」


 一通り説明すると、すぐ横に座る、体操着姿の女子をたぐり寄せる。

 その女子は、様子を見にやって来た後輩。

 仲よさそうにひっついていた。

 腕に抱き寄せられたその生徒は嫌がる様子もなく甘えるように寄り添った。

 赤いブルマは、一つ下一年生。ポニーテールで後ろを縛った髪が揺れている。

 だが、そいつも、長谷川のように、同じく体格の良い体つきだった。

 同じように膝をサポーターで守っている。

 やはり、バレー部向けの体格だ。

 この生徒も、絡みつくように、長谷川の体に手を回している。


「ねえ、先輩、誰です? この人たち?」


 第一高校の制服を着ているオレと明美を怪訝そうに見つめる。


「ほら、こっちの子は、真琴っていって、元々うちの生徒だった」

「うちの生徒?」

「依然学校を一人やめたって聞いたこと無い?」

「ああ、あの……」


 やや合点がいったようだ。どうやらオレのことについては在校生にも知られているようだった。


「そういえば、真琴さんの方はそんな感じがします――」


 細い目をさらに細めた――。


「おかえりなさい、真琴さん――」


 笑顔で、お辞儀だった。


「それに明美さんでしたっけ? うちの学校へようこそ」


 少し、対抗意識。

 笑顔や言葉に冷たさを感じた――。

 妙に慇懃無礼な感じがある。

 一高にコンプレックスがあったり対抗心があったりする生徒が多いのも事実だ。


「ええ、よろしくお願いします」


 明美も、妙に形式的な口調と挨拶で返す。

(何? この空気)


 バレーボール部は、元々県大会にでることもある強かった。

 結束力が強い部だった。

 練習は厳しく、辞める生徒もいるが、その分残っている部員は、やる気のあるメンバー達。

 女子、美少女になった上に、仲を深め合いついに部員同士で愛するようになったのもごく自然な流れだろう。

 ついにじゃれあううちに、二人は、まったく恥ずかしがる様子も、はばかる様子もなく抱擁しあう。

 明美は、呆気にとられていた

 少し圧倒されらしく、よろめきそうになっていたかもしれない。


「明美、しっかりしろ」

「大丈夫よ、真琴。でも……」

「ああ……オレがいたころから、こんなんだったよ」


 新たに登場した文化といっていいぐらいに広まった。

 校風ががらりと変わり、オレがちょうど天聖館を辞める直前ぐらいからこの文化は隆盛をみせていた。


「やですよ。先輩、こんな他校の女に、浮気しちゃ……」


 その後輩女子は、ポニーテールを振り、こっちを、明美の方をみた。


「な……」


 明美はまたしても絶句。

 二人ができている組み合わせであることは、明白だった。


「いい子で待っておいてーちょっとこの子達案内してくるから」」


 長谷川さんは、頭を撫でた。


「早く帰ってきてくださいよ」


 ほっぺにキスまでして、二人が顔を離す。

 熱に浮かされたような顔のまま、こっちをチラっとみた。

 明美に目くばせしたのだ。

 明美が、途端に、ビクっと身震いする――。

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