第59話「再来した者」

 第一高校の校舎の屋上からは街が一望できた。

 ずっとそこから見える景色を真オレは眺めていた。

 四方を山に囲まれた土地。

 その景色は夢に出てきた景色と同じだった。

 遠く見える高台に、天聖館高校が見える。

 夢で出てきた神社とまさに同じ場所にあった。

 少女たちがきらびやかな着物で踊っていた、あの境内。

 若者の学び舎となって、少女たちの喧騒は途絶えたかと思われた。

 だが、あの少女たちの喧騒が再び、女子校の生徒となって戻ってきた。

(オレもあの中にいたんだよな……)

 何もなかった昔はあそこはきっと外とは隔絶された、結界のような所だったんだろう。

(寒い……)

 屋上はやたらと風が吹き込む。その度にスカートやら、髪やらがやたらと靡いた。

 こんな時は学生服が懐かしくなる。


「こんな寒いところで何してるの? 真琴はよく冷えないわねえ」


 入り口の階段の扉から一人の女子生徒が出てきた。


「どう? 気持ちは整理できた?」

「明美か……悪いな、心配かけて」

「ちょっとは落ち着いたみたいね」


 明美が、すぐ横の手すりに並ぶように立った。


「郷土史研究会の子が首を長~くして待ってるわよ」

「あれから行ってなかったからなあ……」


 自分が何なのか知りたくて、どうするべきかを掴む為に……転校して以来、足しげく通った。

 過去に何があって何がこれから起るのか。

『母さん』という存在の真相。双葉村の伝説。

 ずっと前にオレたちと同じ様に母さんの手で転生し、子供を産んで女性として暮らしている人。

 かなりの収穫もあった。


「後は誰が、あの異変を起こしたかなんだよなあ……」


 『母さん』をあの日あの場所に呼び出した人間がいるはずとオレは見ていた。

 そこで研究はストップしている。手がかりも何も無いし、調べようが無い。

 誰が何の目的で、あの異変を起こしたのだろうか――。

 ふと学生服を着た清久の顔が思い浮かんだ。


「清久……」


(あれから、どうしているだろう)

 清久は、親父さんによると、家では、まったく変わったそぶりがないと聞いていた。

 口数は少なく、部屋に閉じこもっているらしいが、それは以前と変わらずとのことだった。

 が、制服は純が用意したものを校内で着替えるのだ。

 校内では、女子生徒――。

 体は男のままでだ。

(知らない間に女になってた――)

 オレは清久一人だけ。けれども清久は、クラス、友人、学校全部だ。

 清久が味わったものの数百分の一に過ぎないはずだ。

 清久の孤立感と辛さを真琴が知った時には……もう、清久はオレの知っている清久ではなかった。

 保護者気取りで偉そうに清久に寄り添った時期の記憶を思い出すたび、当時の自分の上から目線に、笑いと恥ずかしさが込み上げてきた。

 自分は清久を助けているのではなく、ただ憐れんでいただけだったのかもしれない。

(あいつはオレを見透かしていたかもしれない)

 自分のことなど何もわかっていない。清久はそんな諦めがあったのではないか。

 そこに考えが至った時、もう、オレは清久に顔を合わせられないと思った。

 だから、今日まで会ってこなかった。


「また、あいつに会ってみようかな――いや、会ってくれるのだろうか」


 それがオレの素直な気持ち。なのかもしれなかった。

 会話をぶったぎるように、ピン、ポン、パンという鐘の音がスピーカーから流れた。

 これは校内の呼び出し放送だ。

『ガ……ガガ、ピ……姫宮真琴さん、至急生徒会室に……』


「これって真琴のこと?」

「ん? オレ?」


 生徒会から呼び出される覚えは無い。

 首を傾げながら、明美に別れを告げて、屋上から出て階段を降りた。

 生徒会室は三階の一番奥だ。

 そんなに出入りする場所でもない。

(あ……)

 部屋に入ると、一高の制服の男子と女子。

 一高の生徒会会長と副会長だ。

 そしてその二人と別に一高とは明らかに違う色彩の制服を着た生徒がいた。

 ミニスカートに、やたらと明るいブルーの襟やライン。

 あれをオレが忘れるわけはない。天聖館校の制服だ。

 例えるなら、少女フィギュアにあるような制服だ。

 現実離れしてて、男の妄念が現れているようでオレは嫌っていた。

 男が作った理想の女みたいな……。

 同じセーラー服でも、質実剛健な一高とは偉い違いだ。


「あら、真琴ちゃん……いいえ、姫宮さん」


 オレの方に振り返り、目が合った。その生徒の顔は知っていた。


「お前、何でこんなところにいるんだ」


 驚いた。皆川環だった。

 いかにもな堅い女生徒会長風だが、その実かなりのはじけっぷりを真琴に披露したこともあった。


「一体……なんだってんだ?」


 生徒会の二人はオレたちを置いてさっさと出て行ってしまった。

 やはりオレをわざわざ呼び出したのは環らしい。

 二人っきりになってしまった。


「そんなに身構えないでよ。せっかく会いに来たんだから」


 会うなりの満面の笑みは、本気なのか、作り笑いなのか区別がつかない。

 生き別れの妹に出会ったかのように、抱きついてきでもしそうだ。

 もしそんなことをしたら、壮絶に蹴りを入れようかとも思っていたが――。


「同じ市内の学校なんだから、生徒会同士の繋がりがあるのは不思議じゃないでしょ? 」


(ふん、何をいいやがる)

 オレが生徒会活動なんて今まで縁がなかったのを見透かしたような物言いだ。

 高飛車な物言い。清久も苦手だったし、オレも嫌だった。


「せっかく一高に来たことだし、どうしてるか様子を見にね。きちんと新しい生活に慣れたか、クラスの子に意地悪されてないとか心配で心配で」


 胸に手をやり、いかにも自分は胸を痛めているというジェスチャーを取る。

(……しらじらしい)

 今回やってきた目的は、むしろそれだろう。


「でも元気みたいで安心したわ。部活にも入らずに、放課後もどこかにウロウロしているとからしいみたいだけど」


 オレの行動をある程度把握しているようだ。

 どうも色んなルートで情報を仕入れているのも伺える。


「そんなことを話しに着たのか? じゃあ、もういいだろう」


 あっさりと体を翻すと、すがるように腕を掴んできた。


「ま、待って待ってもう少しお話しましょう」

「こっちはもう話すことは無い」

「今日は良い知らせを持ってきたんだから」

「ふーん」


 気の無い返事を返した。純や環たちと会った時は決まって良い話がない。


「どう? うちの学校に戻る気ない?」

「は?」

「私も手を貸すから、すぐにでも。なんなら明日でもいいわよ。うちに戻らないかしら?」

「何? 明日から?」

「そう、明日にでもうちの学校に戻る手続きをしましょうよ。天聖館女子高校へ戻れるのよ」


 タマキは『女子』の部分を特に強調した。

 校名の変更。

 形式上のことに過ぎないが、校名を変更したというのは、風の噂に聞いた。

 従来の天聖館に女子の二文字を加え、天聖館女子

 別にどうでもいい、という生徒も多かったのだが、オレがいた時から、このタマキを始めとする生徒会や一部の生徒がさかんに校名変更の運動していた。

 あそこを理想の園にするため――同じ女も羨む理想郷にするため、らしい。

 そして、あの学校には女子しかいない、ということを示すためだ。

 ついに、清久の存在は消されてしまった――。


「みんなが待ってるわよ」

「本当のことを言え!!」


 片手で首襟を掴み、ひょいと持ち上げた。


「ぐえ!」

「さ、流石真琴ちゃん。男の子と同じ力を出せるって噂は本当ね、く、苦しい、苦しい!」

「言え。お前じゃなくて純の意向なんだろう?」


 環が自ら乗り込んできたんだ。よほど余裕がない。


「ち、違う、違う、これは私の独断、純ちゃんには内緒で」


 抜き差しならない事態だと、すぐに察してはいた。


「いくらなんでも明日からなんて、無茶苦茶な段取り、生徒会のお前らしくないな」


 さっきから妙なあせりっぷりがあることをオレは感じていた。

 ふと、いつぞやの純の意気消沈ぷりも頭によぎる。

 純の首や腕の痣――


「急ぐ理由は何だ! なんで明日からなんていいだしたんだよ!」

「い、いえ、これは生徒会ーな、何も……その……」


 ようやく環の唇が動いた。


「き、清久君が……壊れちゃった」

「―!」

「お願い真琴ちゃん、会って頂戴、今の清久君を抑えられるのはあなたしかいない――」

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