第26話「緑と日差しの中で」
最終バスには何とか間に合った。
俺は麓の町に戻り宿を求めた。
ホテルではなくて老夫婦でやっている簡素な民宿だ。
案内された部屋も小さな畳の部屋に布団を敷くだけの簡素なものだ。テレビも100円玉を入れれば見られるが、疲れていて見る気は起きなかった。
「よいしょっと」
荷物を置いて一服する。
窓から外を眺めると暗い山影に一面の星空。
田んぼのカエルの声が演奏会のように響いている。備え付けの内輪を仰ぎつつ外を眺めていた。
そして今日あったことについて色々と考えがめぐる。
失踪した真実。
双葉村。
これといって何もない農村。
そして神社で戯れる少女たち。
手がかりは乏しい。その中でも想いだされるのはあの少女たち。
今になって疑問が湧いてくる。
何故女の子ばかりなのだろう? あれだけの人数がいるなら、男の子がいてもいいくらいなのに。
まるで男の子を意図的に排除しているような不自然さを感じる。
誰かの不気味な意志すら感じる。
だめだ、点と線が一致しない。
俺が風呂を貰って一服していた時だ。
寝具を持ち込んでくれた老夫婦に、興味深げに色々聞かれた。
「兄さんは、どこから来たのかのう」
「東京からです」
「ほう、東京から――。またそんなとこからどうして」
俺のような若い人間がこんな寂れたとこにやってきたことに驚いており、俺もここがどういうところなのか情報収集がてら会話をした。
真実の失踪のこと。そして俺が探しにきたこと。その手がかりがこの村だということだ。
「ほう、それはまるで『双葉様のお導き』のようじゃなあ」
老夫婦の方のおじいちゃんの漏らした言葉に胸がざわついた。
その名前、聞きおぼえがある。しかも今日聞いたような気がする。
「双葉様? なんですか? それ。村の名前じゃないんですか?」
「何、この土地に祀っている神様じゃ。昔の村の者は崇め奉っておってな。村の名前の由来でもあるんじゃ」
俺はその話に耳を傾けた。
双葉村の神、双葉についてもっと詳しく。
人里離れたこの集落は、長い間一人の神様が守っていた。
それが双葉と名づけられた存在だった。
神様は少女の姿をしている。
「大昔は盛大に祭っていた。今でも村の古いものは崇めているが、若いもんはもうそんなもの信じておらんなあ」
平和に暮らす村の人々に厄災が襲い掛かると必ず現れてお救いくださる。
例えば――。
遠い戦国の世、この村が戦国の世、国同士の諍いに巻き込まれそうになったとき。
大戦末期、たくさんの男の人が兵隊に取られて遠い外国へ連れて行かれそうになったとき。
そんなとき、双葉様は現れる。
そして現代でも、その伝説は続いている。
この村の出身の者、特に男が都会に出て人生に挫折したり、疲れ果てた時、双葉様がお迎えに来る。
暖かく包んで優しく癒してくれる。辛いことも哀しいことも全部洗い流して。
「きっとその若者もこの村の筋の者だったのじゃろうなあ。そして何か生きることに思い悩むことがあって双葉様に縋ったんじゃ」
かなり因習めいた言い伝えだ。村人に奇跡を起こす神様を信仰。
閉ざされた山奥の山村にはこういう話がごろごろしていると、大学の民俗学の講義で聞いたことがあるが……。
迷信と言われても構わない類の話だ。だが話としては興味深い。真実に起こったことと概ね一致する。ひととおりの説明がついているのは、たまたまなのか?
「あの、お迎えが来たらどうなるんですか?」
「さあ、それはわしにもわからんなあ。わし自身は双葉様のお導きにあったことなどないからのう」
「なーに、じいさんは幸せな人生を送ったほうじゃからのう、ほ、ほ、ほ」
傍らでせっせと布団の準備をしていた、お婆さんが笑う。
支度が終わるとさっさと出て行ってしまったので会話はそこで終わった。
まだまだ曖昧だったので、できればもっと掘り下げたかった。
失踪した真澄。神社での少女達、そして村の言い伝え。
これらは全て繋がっているのだろうか?
それとも全く関係ないのか?
老夫婦が布団を敷き終わり、俺の泊まっている部屋を出て行く間際、忠告をされた。
その友達を探し続けるのはもう辞めた方がいい――と。
さっきの明るく和やかな表情とは変わって真剣な表情だった。
俺は理由を問うた。
「双葉様は村の者には優しい、おっかさんのような存在だが、よそ者には大変厳しいんじゃ」
「お気遣いありがとうございます。でも……そいつは俺の友人何です。何があったのか――会いたいんです」
「そうかい……なら止めんがの」
翌日、俺は朝一番のバスに乗り、再び双葉村のあの集落の神社にやってきた。
一つは昨日と同じ、真実の行方を探るため。
だが今日はもう一つ目的がある。昨日の神社に集っていた少女達に会うためだ。
あの俺の心を捉えて離さなかった少女達。
だが……麓の民宿を出てバスに乗ってきたが、この神社にたどり着いた時には既に日は高くなっていた。
改めて凄まじい田舎だと感じさせる。
「ふう……今日はさらに暑いな……」
弱り目に祟り目というか、天気予報によると、最高気温を記録するだろう、とのことだった。階段の両脇の木々も心なしか暑さで夏バテしてるように見える。今日は雲一つ無い陽気。
額に汗がじっとりと滲んできた。
途中で熱中症対策にと、持参した水筒の水を飲む。
だが目の前の石段はまだまだ上だ。
「一体誰が何の為にこんなとこに作ったんだよ」
頂上は村を一望できる高い場所。まるで村を見張っているかのような感じだ。
上りきったときには汗が滴り落ちた。じっとりとした暑さではっきり言って昨日よりもきつい。
「ハァハァ……これ毎日続けるだけで痩せられるな」
目の前には昨日と同じ、掃き清められた広い境内があった。
さらに強い日差しが照りつける。
だが、境内はシーンと静まり返っていた。
誰もいない。
「はずしたか……」
昨日ここでめいいっぱい遊んでいた、着物姿の少女たちの姿はどこにもなかった。
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