第25話「境内の少女たち」

 神社の境内で遊ぶ少女たちは、皆美しい着物を着ている。

 黒い髪を長く肩まで伸ばしている子、後ろで縛っている子、おさげにしている子。

 小さな足に足袋を履いて、そして草履を履く。


 あはは きゃはは


 着物姿の少女達の無邪気な笑い声がこの境内に響く。

 歌を唄ったり、手を繋いで輪になったり、ときにじゃれあったり。

 他愛もない遊びを楽しんでいた。

 まるで時代を一つ飛び越えたようだった。

 今時、着物など着て、今はとうに廃れた遊びに熱中する女の子達。

 そのノスタルジックな光景は、俺の心を捉えた。そのまま俺はしばし少女たちの遊びに見入った。

(何だ、あの村のじいさんたち。若い人間はいないって言っていたのに、結構いるじゃないか)

 それもうんと若い輩たちが。

 笑い声が途切れない。


「今から双葉が百数えるからね、みんな逃げてー」


 あの女の子の集団の一人が一際大きな声を出した。

 カクレンボだ。

 一人鬼を選んで女の子たちは一斉に、神社の境内に散る。


「いち、にぃ、さん……」


 鬼のその娘が木の幹の元で数を数えているうちに、他の子は思い思いに隠れ場所を探している。

 俺は場所を動かず、その様子をじっと遠くから眺めていた。

 手洗い所のそばの木陰だ。

―と、その時だ。

 ザッザと敷き詰められた丸石を踏む音。

 俺がいるまさにその場所に一人の少女が近づいてきた。

 着物を着ている上に足は足袋と草履。体は動かしにくい格好だ。

 ちょこまかとした走りだった。

 かくれんぼの隠れ場所を探しているのだろう。

 俺はちょうど木の影に隠れていたので、その子は俺がここにいることに気付かなかったようだ。

 そのまま手洗い所の木陰に現れた。

 そして俺の目の前にはっきりと姿を見せた。

 俺も彼女もお互いに存在に気付く。

 近くでその姿をみるとさらに驚かされる。

 美しい。可愛い。

 それらの言葉が単純に思い浮かぶ。

 さらさら揺れる黒い髪。白い綺麗な肌。

 目鼻も整ってまるで人形のようだった。

 サイズがちいさければ日本人形。

 だが彼女は人間、のはずだ。


「あっ……」


 俺を見るなり、その娘は小さく声を出した。

 口を開け、目が大きく見開いたまま。

 明らかに驚いた顔をしている。

 それも、ただ単に人がいて驚いたとかそんなんでなく、俺を見て驚いたという感じだった。

 そして、俺もその時得体の知れない既視感に包まれた。

(あれ? 俺この女の子知っている……)

 どこかで会ったことがある?

 いや俺の記憶ではこんな女の子、それも着物を着た子なんて知らない。

 少なくともこんな可愛い子を一度見たら忘れないはず。

 でも……それでも俺には全くの他人ではない気がした。俺の近しい人物に見えた。

 お互いが向かい合ったまま沈黙が続いた。

 言葉がみつからない。

 この奇妙な感覚をどうやって言葉にすれば良いかわからなかった。

 静寂。

 風で木々がサワサワと揺れ、鳥の声が聞こえる。


「やあ、こんにちは……君はこの集落の子かい?」


 俺はその娘にぎこちないながらも、声をかけた。


「……」


 だが返事はなかった。

 さくらんぼ色の小さな唇は動かなかった。


「あ、マミちゃん見ーつけた」


 静けさを打ち破るように、元気な声が響く。

 俺達の横から別の少女がひょっこり現れた。あのかくれんぼの鬼の子だ。


「あ……双葉ちゃん」


 初めて目の前の少女から声が漏れた。

 双葉と呼ばれた少女は、少し髪が短めだ。おかっぱ頭で活発な少女だ。

 だがやはり着物を着ていて、人形のように姿形が整っていて可愛い。


「マミちゃんが、一番最初だから、次はマミちゃんが鬼ね」

「う、うん……」


 マミ……この娘の名前か……。


「じゃあ、マミちゃんはあっちに行ってて。あたしは他の子探すから」


 双葉という少女のほうは俺に構う様子は無い。相変わらずかくれんぼだ。

 マミと呼ばれた少女は、その言葉に従い、この場を立ち去ろうとする。


「このお兄さん誰? マミちゃんの知っている人?」


 そう言いながら、双葉という少女は俺を嘗め回すように見る。どうやら無視されていたわけではなかったようだ。


「え、う、ううん……」


 困ったような顔をし、曖昧な返事をマミは返した。

 そしてくるりと背中を向けた。

 俺は気付いていた。

 立ち去り際、少女が一度俺を振り返ったこと。

 その俺を見る眼差しは真実にそっくりだったこと。

 二人の少女は俺の下を去った。

 

 神社の境内で時が経つのもお構いなしに少女達は遊戯を続ける。

 かくれんぼが終わったら、お手玉、紙風船。

 俺の存在はお構いなし。いつまでも飽きることはない。

 あのマミという少女も、それっきり俺の方は振りむかなかった。

 俺は、そのままぼんやり見続けていた。

 あの着物姿で戯れる少女たちから目が離せない。

 一体この子たちはどこの子だろう?

 この神社の外では子供の姿なんて見なかったのに。

 そのままだいぶ長い時間見続けた。

 空を飛ぶ鳥の鳴き声に気付き、上空の遠くの山を眺めた。

 電灯の無い境内ももう薄暗い。もう日はほとんど沈んでいた。咄嗟に腕時計をみると、十八時を過ぎていた。今日はここまでか――。バスの時間は? 確か十八時過ぎのバスが最終だった。

 その時一際大きな声がした。さっきの双葉という少女の声だ。

 あの子は存在も声もやたら目立つ。


「じゃあねー、みんなまた明日」

「ばいばーい」


 少女の声が境内に響いく。

 一人、また一人と、集っていた少女たちが去っていく。

 薄暗く電灯も無いこの境内では、急速に暗闇が立ち込めてくる。

 人の姿も、もうほとんどシルエットだ。


「うんまた明日双葉ちゃん」

「ばいばーい、明日も遊ぼうね」


 人の形をした影絵が次々に手を振り、消えていく。

 最後に二つの影が残った。


「マミちゃんもまた来てね?」

「うん。双葉ちゃん」


 さっきのマミという少女も手を振った。

 双葉という少女の影は神社の祭殿の裏方に消えていった。

 真っ暗闇の神社に残された少女、マミの影は神社の外部に繋がる階段へ向かう。

 俺がここに来たとき通った道だ。森の中を続く石の階段。

(待ってくれ!)

 俺は、とっさに少女の影を追った。

 石段を降りていった少女の影を追って、ここへ来たときの道を戻る。

 長い長い階段だ。そして暗闇がどこまでも続く。

 だが、降っても降ってもその影には追いつかなかった。

 ついに石段を降りきり、入り口のアスファルト道路にたどり着いた。

 だが、右を向いても左を向いても、あの着物を着た少女の姿はどこにもない。


「くそ、どこへ行ったんだ?」


 少女を見失ってしまった。

 目の前には電灯が寂しく点り、田畑には虫の声が響いていた。

 片田舎の寂しい夜。俺は一人ポツンと立っていた。

 ふと腕時計をみて驚いた。


「やべ、そろそろ帰りのバスの時刻がきちまう」


 山の奥深くだから、最終便も早い。

 このままだと寝泊りする場所がなくなる。

 今日は時間切れだった。

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