追憶
第24話「山奥の村にて」
「あのー、すいません。この写真に写っている男、知りませんか?」
俺はポケットからおもむろに一枚の写真を取り出して目の前の老人に見せた。
日焼けした皺の深い老人は農作業用の鍬を片手に写真を覗きこむ。
「さあ、知らねえなあ」
しばし眺めた後、写真から目を離して小さく首を振った。
「一体誰なんだい?」
ご老人は首にかけているタオルで汗を拭いた。
「友人なんです。この村にいると聞いたんですが」
「この辺は若いもんは少ないからいたら気づくと思うがのう」
知らないと言った以上、会話の続けようが無い。
「そうですか……、どうもありがとうございます」
「力になれなくてすまんの」
「とんでもない、失礼します」
わざわざ農作業に励んでいたその手を休めて質問に答えてくれた老人に、頭を下げて礼を言った。
「まあ、まだ一番最初だからな。そう簡単に手がかりは、みつからないか……」
つい十分ほど前に俺が降り立ったばかりのバス停の看板を眺めた。
周囲四方全て山。
山は青々と木々が生い茂るが、よく見るとところどころ枯れている草や樹が目に付いた。そして蝉の声。夏の終わりと秋の近づきを感じさせる。
「しかし、凄い田舎だな」
ハンカチで滲んできた汗を拭きつつ改めて周囲を眺めた。
ちらほら見かける農家の一軒家。それに麓の田畑。見事な寒村だった。
「本当にこんなところにあいつがいるのだろうか?」
俺は一人ぐちた。
東京から遠く離れ、列車とバスを乗り継いで半日以上かけてここへ辿りついた。
これといった見所とかも無く、観光とは無縁。昔ながらの田畑を耕すような農家がちらほらみられるだけ。
何故この鷹野清弘(おれ)がそんなところに来たかと言うと、ある人物を探すためだ。
その人物とは、同じ東都大学の四年であり知人の橘真実(たちばなまさみ)である。
夏休みの前に忽然と下宿先のアパートから誰にも告げず姿を消した。
大家からの連絡を受けて真実の家族も下宿先にやってきて探しにきたみたいだが、手がかりは何もつかめなかった。
ただ空っぽの部屋に「探さないでください」という本人直筆の書置きが残されていた。
警察にも捜索願が出されたらしかったが、すでに成人しているうえ、書置きが残されており事件性は薄いので、単なる行方不明扱い。とくに積極的に捜索はなされなかった。
手がかりは特に無し。
俺が真実の家族から捜索を依頼されたのはそれからしばらくしてからだった。
俺は数少ない、大学での真実の様子を知る人物。
同じ大学、同じ学科。同じ学年、おまけに寮の隣同士でつきあいがあった。
真実から大学のノートや試験の過去問を借りた礼に近所の飲み屋で酒を振舞ったりして浅からぬ関係だった。
さらに、俺は失踪直前の真実の様子を知っていた。
わずかな変化ではあったが、兆候はあった。
実は新学期になって急に大学の授業も休みがちで家に閉じこもることが増えた。
心配した俺は景気付けに飲み屋に誘ってやった。
その時の真実はあまり食欲がない様子だったが、それでもビールを何杯も煽っていた。
無気力状態というわけではなかった。
新聞やテレビで近頃話題になっていることや、大学の授業、就職なんかの話を一通り話した。
真実の近況もそれとなく伺った。
「俺、今度の夏休みに旅行に行こうと思う」
突然そう漏らした。誰かと一緒に行くのかと聞いたらそうではない。一人だけだという。
聞いたことの無い場所だった。後で地図を見てみたらとんでもないど田舎。
俺は何でそんなとこに行くんだと尋ねた。
「そこに俺の求めるものがあるんだ」
とただそれだけ言い、手に持ったジョッキを飲み干した。
真実が失踪したのはそれから一週間後だった。
家族、大学の仲間の誰にも告げずに忽然と姿を消した。
そういうわけで、ある程度事情を知っている俺に真実の両親から直接協力を依頼された。
時間のある時でもいい、費用は後で出してもいいので、探してやってほしい、と。
そして俺は今こうやってこの山奥のど田舎までやってきている。
ここは――真実が失踪直前にもらした、行くと誓っていた場所だ。
双葉村。
とくに名所もなくガイドブックにも載っていない。
それも村の中心部からさらに遥かに離れた集落だった。
「くそ、やっぱり駄目か……」
収穫はゼロだった。
半日集落を一回り歩いて、道でたまにすれ違う村人たちに聞いたが手がかりは無かった。
真実の言葉を頼りにやってきたが、本当にこの双葉村が関係あるのかさえわからない。ただあの時、真実がポツリと漏らした言葉というだけだ。
まったく俺の勘違いだったのだろうか?
「大体こんなとこに来る理由なんて、ないよな」
何も無い不便な山奥の集落にわざわざ居座る理由なんてない。
どうせ失踪するならもっと都会の一人でも暮らしやすい場所を選ぶだろう。
目ぼしい場所の探索を終え、途中で見つけた小さな休憩所で、一息ついた。
汗を拭きつつ腕時計で時刻を見たら、帰りのバスがやってくる時刻はまだまだ先だった。
(少し時間があるな……)
日も傾きかけた頃、どこにも寄るあてが無くなり手持無沙汰になった時、村の一番見晴らしの良い場所にある神社をみつけた。
位置からしても、恐らく村で崇め祭っている神社のように思われた。
(登ってみるか……)
麓の入口から見上げると鬱蒼と生い茂る木々を貫き通すように石段が長々と続く。あまり人が行き来しないのか、所々に苔がむしている。
俺はその階段を一段一段慎重に昇っていった。
「ふう、流石にきついな。最近運動不足だったしな」
上りきった時にはすっかり息が切れていた。加えてこの暑さだ。再び体は汗だくになった。
石段が終わると、急に開けた。
そこは神社の境内だった。
(結構本格的だな……)
入口には立派な鳥居。そして神様を祭った本殿らしき大きな木造の建物が境内の真ん中にある。
年月は感じるが、衰えは感じない立派な造りだ。
俺はそのまま鳥居をくぐり、中へ入った。
さっきまでの鬱蒼とした木々の湿っぽい雰囲気は無くなり、静かで静寂、掃き清められた地面。
「!?」
境内に足を踏み入れた直後、急に空気が凛と張り詰める空気を感じた。
まさに神社の聖域に入った感覚だ。
人は常駐していないようで社務所こそ無いが、参拝のための手洗い場所がある。
一応柄杓で水をすくって手を洗い、口をすすいだ。
冷たい水を口に含み、吐き出した調度そのとき、後ろで歓声が聞こえた。
あははは
きゃはは
祭殿の建物の傍らの方からだった。
振り返ってその方向をみると、目まぐるしく色とりどりの模様が動き回っていた。
赤、青、薄紫、金。鮮やかな模様が描かれている。
よく見るとそれは着物だった。
着物を着た女の子たちだった。
全員十才にも満たないような女の子たちが、この境内で遊んでいるのだ。
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