第27話「川原の少女たち」
あの不思議な少女たちはどこへ行ったのだろう?
まるで嘘のように静まり返っている。広々とした境内がかえって寂しさを増幅させる。
昨日のあの光景が幻だったのだろうか?
誰もいないとなると、ここにはもう用は無い。
すぐに立ち去ろうと思ったが……。
「そうだ、昨日はここにきちんとお参りしてなかったな」
この手洗い場で手を洗った後、すぐに女の子たちに気付いてそっちの方に気がいってしまったんだ。
手を洗い、石畳を歩いて神社の拝殿の前まで歩いた。
賽銭箱に小銭を入れて手をパンパンと鳴らす。
二礼二拍一拝が正式なのだろうが、まあいいか。
いつまでもここにいても手がかりはつかめそうにないので、立ち去ろうとしたその時だった。
きゃはは
裏のほうで微かに声がした。
昨日と同じ少女の歓声。
まさか……?
俺の足は自然、声のする神社の裏へと向けられた。
神社の裏。山の渓谷を下る一本の獣道があった。声はそこから先だ。
途中で熊笹が行く手を邪魔したが、お構いなく進む。
木の枝に引っかかったり、石にスっ転びそうになりながらも、だいぶ歩くと、次第にゴウゴウという水の音が聞こえてきた。
そして空気が徐々にひんやり、そして湿っぽくなってきた。
急な坂を下りきった先に、一本の渓流が現れた。
そこに昨日と同じ、あの神社で遊んでいた少女たちがいた。
大きな岩と岩を縫うように流れるせせらぎで、水遊びをしている。
(ここで遊んでいたのか……)
水遊びと言っても着物姿の彼女達だ。
泳いでいるわけではなく、足で浸かって遊んでいるだけ。
少女達は皆着物を脱ぎ、木の枝にひっかけたり、綺麗に畳んで岩の上に置いたりしている。
足袋と草履もその場に脱ぎ捨てて、裸足だ。
すぐ下の白い襦袢姿になって腕まくりをし、裾をたくし上げて、水と戯れている。
見つけた魚を追いかけたり、水鉄砲をしたり。
昨日と同じように無邪気に遊ぶ。
この女の子たちは学校とか家はどうしているのだろうか? そんな疑問も浮かぶ。
この美しい少女たちの存在はあまりにも現実と離れすぎていて――。
「あーん、濡れちゃったー」
水遊びで思いっきり水を被ってしまったのか、一人がずぶ濡れになって河原に上ってきた。
(あの子……)
よくみると、あのマミという少女だった。
昨日会った時、不思議な既視感があった子だ。
他にも同じように襦袢がしっとりと濡れてしまっている少女達数人が続いている。
着物を着ている時は小奇麗なお嬢たちなのに、ああやって着物も帯びも脱ぎ捨てて、はしゃぎまわっていると、元気のいいお転婆娘だ。
無邪気な男の子とあまり変わらない。
「わあ、ビショビショ、そこで乾かしちゃいなさいよ」
「うん、双葉ちゃんゴメン、着物濡らしちゃって」
「いいよ、気にしないで」
さっきから、ポタポタと水が滴り落ちる。
何のためらいもなく少女達の目の前でその少女は、水の滴る襦袢を気兼ねなく脱いだ。
(げ……)
襦袢の下は当然裸。
周りにいる少女達は誰も気にも留めない。
それも当然。ここにいるのは女の子だけ。
人間には男と女がいるのに、ここは女だけの世界なのだ。
俺のいる場所とは違う異次元のようだった。
素っ裸の少女達。遠くから見ている俺にも丸見えだった。
河原で裸を晒す少女は、白く綺麗な肌だ。あの子供特有の瑞瑞しさ。
あれ?
俺は一体ここで何をやっているのだろう?
え、っと……
よく考えるとやばい状況だ。他にも素っ裸の娘がいる。
完全な犯罪者。
覗き→犯罪者→逮捕
人生終了一直線。
お、俺はこういう趣味なんてなかったのに昨日から変だ。目覚めたらまずいぞ。
ここから一旦立ち去ろうかどうしよう迷っている時だった。
木の枝に脱いだ襦袢を引っ掛けようと、あの少女が背中をこちらに向けた。
(あ、あれは……)
そこで俺は見てしまった。
少女の背中、肩甲骨から真ん中の綺麗な肌に赤い痣。星の方な形をしていた。
遠くから見てもくっきりしててわかる。
あの痣の場所、形。あいつと同じだ。
真実。
その名前が浮かんだ。
真実が俺の部屋に泥酔して泊まった日。二日酔いで目覚めた後、シャワーを浴びようとフラフラのまま服を脱ぎ捨てた。その時に俺は気付いた。
―真実、お前の背中の星みたいな痣、どうしたんだ? どっかぶつけちまったのか?―
―ああ、これ生まれつきなんだ。別に急に出来た痣じゃねえ―
服を着れば目立たないが、裸になるとすぐにわかる。周りからいらん視線を浴びるだろう。
―随分大きいな―
あまり触れてはいけないものに触れたような気がして、俺は気まずく目を逸らす。
―いや、これは俺を生んだお袋との『唯一の繋がり』なんだ。もし消せるとしても消さないよ―
その時の真実の受け答えが気になっていた。
後から真実の母さんが小さいころに亡くなっていることを聞いた。
ともかく。
あの背中の痣はあいつの絆の証なんだ。
あの少女は真実と同じ痣を持っている。同じ場所同じ形。そんなの偶然じゃない。
その時俺の中で全てが繋がっていくように感じた。
まさか、あの少女は真実なのか?
「!?」
そのとき、河原で悲鳴があがった。
俺も慌てて渓流に目をやった。
どうやら、水遊びしていた少女の一人が深みに嵌ったようだ。
遊びに気をとられて注意が鈍ったのだろうか、おぼれた子は、水面に顔と手だけ出してアプアプしている。
一旦流れに捕まると、人一人では抗えない。ましてや小さい女の子の体だ。
どんどん流されていく。
「誰か! ミキちゃんが溺れちゃう!」
俺の目の前をその子が流れていく。
俺は――。
次の考えが浮かぶ前に水に飛び込んでいた。
見つかったらどうしようかとかそんなことは考えなかった。
ザブンっ
お決まりの音を立てて川に飛び込んだ。
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