第12話「差し伸べられた手」

 清久が女性恐怖症だった。

 昔から、女子と話そうとすると極度に緊張してしまいつらくなってしまう。

 天聖館高校を選んだのも気兼ねなく過ごせる男子校だったとのことだ。

 そして必死に隠し続けていたが、その努力も空しく異変から一週間後には、皆の知るところとなった。オレもこの時に初めて知った。


   ☆    ☆   ☆


 そのきっかけとなる事件は、とある休み時間に起きた。

 その一部始終をオレも目撃した。

 一人が胸に実る大きな乳房を両手で持ちながらぼやいてみせて清久に寄っていった。


「これって結構重たいし、肩凝るんだよ?」


 周囲はそうそうと頷く。

 目の前で自分の胸を揉みしだく様子を見せられて、清久は目を白黒させている。


「清久の胸にはなにもないし、ブラしなくてもいいんだもんなあ」

「うらやましいよなー男のままでさ」


 思いっきり棒読み。表情、口調から本心ではないのがありあり。

 清久の体はプルプル震えている。


「大体さーこの胸って……」

「うわ!」


 清久が突然叫んだ。


「ご、ごめん、さ、斉田!」

「いや、ちょっと触れただけだぞ?」


 後ろから清久に寄ってきていた斉田が、清久に寄りすぎて、その大きく膨らんだ胸が清久の肩と接触したのだ。

 状況からいって、清久をからかおうとした斉田が悪い。

 それにしても、清久はかなりオーバーリアクションで、傍から見ても哀れなくらいにあわてていた。

 顔が沸騰しそうなくらいに真っ赤だ。


「あれれ?」

「ひょっとして――」


 清久はしまった、というような顔をしていた。


「清久って女を相手するのが苦手なのか? 女恐怖症?」


 斉田は子供が新しいおもちゃを見つけたような、表情で笑った。

 図星を突かれたように、清久は慌てた。だが、それがかえって知らしめることになってしまった。


「ぼ、ぼ、僕は違う――」

「でもよー、お前、さっきから顔真っ赤だし、なんか汗かいてるし……」

「そういえば、ずっと目を逸らしてるし」


 より一層顔や体を清久に近づける。一人がホレホレと、スカートの裾をつまんだ。ゆっくりと持ち上げられて綺麗な太ももが露になる。

 あともう少しで大事な部分も――。


「う、うわ、や、やめろって! お、お、お、お前ら、ら……」

「やっぱりそうだ、清久、女に直に触れるのが苦手みたいだぜ」


 皆が聞いていた。


「ち、違うって」


 清久は必死に否定する。けれども、もう後の祭りとなっていた。

 ふーん、そうなんだ、あははーという呟きが教室に溢れる。

 その場にいたクラス全員に瞬時に知れ渡った。

 清久は知られたことを絶望のような表情で見ていた。


   ☆   ☆   ☆



(なんでよりによって、みんなが女子なっちまった時に女恐怖症なんだよ)

 最初オレが知った時も苦笑した。

 だが、それが筋金入りだと知ったら笑えなくなった。

 最近、清久の目のは隈ができている。精神的に堪えていることを伺わせた。

 ここのところ清久を異質のものとして排除する雰囲気が出始めてきたこともストレスを高めている要因だろう。


(ああいう時って辛いんだよな)

 いくら今はスマホやネットで簡単にやり取りできるとはいっても……。

 清久の焦りと孤独。オレにはわかる。あれはやっている方はそれほどのものとは思わない。けれどもやられたほうはとても心を闇に染める。

 オレ自身も昔学校を何日も休んだ後、学校に登校した時、とんでもなく寂しかった。家で姉のマミに何度も慰めて貰った経験もある。

 オレがマミ姉にしてもらったように慰めて貰うのがいなかったら、どんなに寂しいことか。清久にもそういう者が、必要だろうと考えた。

(今度声かけてやるか)

 清久は確かに、学校でただ一人の男子という特殊な立場になった。だが、それはただあの日休んでいたというだけだ。

 あいつに罪は無いのだから。



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