第13話「昼休みの来訪者」

 昼休み。

 本来、のびのびとした時間だ。

 ぽつんとしている清久の所に招かれざる客が来た。

(あいつは、F組の皆川タマキとかいうやつだな。確か生徒会の……)

 普段来ない人物がやってきたのでオレも嫌なものを感じた。


「鷹野清久君がどこにいるかわかる?」


 先っぽを縛った黒い長髪と大きめの背丈。教室の入り口で中を見回している。

 近くに座っていた奴が皆川に清久の居場所を教えた。


「あ、いたいた」


 すぐに清久の姿を見つけ、座っている清久のもとへと向かう。


「……!」


 清久が息を呑むのがわかった。


「あら、清久君。ここにいたの? 元気だった?」


 清久の前に立つ。

 馴れ馴れしく名前を呼ぶが、その清久の顔が青ざめている。

(こいつと何かあったのか?)

 特に清久と生徒会の奴とは本来接点が無いはずだった。

 気になる。オレも耳をそばだてる。


「そんなに怖い顔しないでよ、今日は別にこの前の件で来たわけじゃないんだから」

「……」


 明るく語りかけるタマキとは対照的に、清久は無言でいる。


「今日は生徒会の用事で来たの」

「な、なんだよ……」


 早くも清久は気を飲まれている。


「実はあたしたちが女子になってから、生徒会でも活動とか規則とか作り直しててね。ほら、スカートの丈が膝上から何センチならいいとか、髪形はどれがいいとか、色々規則を作ってるの。その中であなたのことが、ちょっと会議でも話題に出たのよ」


(生徒会? わざわざ清久に何かするということは……)

 やり取りに聞き耳立てているオレも嫌な予感がよぎる。

 タマキは薄笑いをしている。おそらくロクなことではない――。

 それだけはわかった。


「僕のこと?」

「そ、何のことかわかる?」


 タマキは、自分が着ている白いブラウスと胸のリボンを摘んで清久に示した。

 そして紺のミニスカートも。


「!!」


 言おうとしていることを理解して、清久が絶句した。


「なっ――」


 オレも理解して絶句した。


「清久君にも明日からわたしたちと同じ制服を着て通ってもらいたいのよ」

「な……」


(何てことをいいだすんだ)


「そ、そんなこといきなり……」


 清久は動揺を隠せないでいる。


「あ、そんなに警戒しないでよ。やだなあ、この間のことで、ひょっとしてあたしのことを誤解してる?」


 その様子をみたタマキはわざとらしい笑顔を作る。文字通り目は笑ってないというやつだった。


「あたしは仮にも生徒会の一員よ。生徒に無理を押し付けるわけないでしょう」


(何わけわからないこといってるんだ。無茶な要求しておいて)


「むしろあなたに楽しく学校にいてもらうように努めるのがあたしの役目よ」


 清久の表情は誤解とか間違いとかそんなものではなく、根本的な相手に対する不信や恐怖、敵意が渦巻いている。

(やはり皆川と清久は何かあったんだな)


「これはあなたにとっていい話なんだから」

「いい話?」


 清久がますます混乱する。

 このオレ自身も聞いていてまったく意味不明だ。

(この話のどこにどう清久にとっていいところなんかがあるのだろうか?)


 抱きつくようにして、耳元で清久にささやいている。


「ごめんね、清久君。このあいだはひどいことをしちゃって」


(酷いこと?)


「何を今更いうんだ。あの時お前は……」


 清久の声が震えている。金縛りにあったように体が固まっていた。


「そう、だから、あなたとは仲直りをしたいと思っているの」

(恩着せがましいことを言ったり同情したり……。何かこいつには下心がある――)


 オレは確信した。


「ただ着ればいいのよ。たったそれだけであなたはこの孤独な学校生活から解放されるのよ。それに安心して。もしそれで、あなたを馬鹿にするようなことがあったら、あたしが許さないから。……それに、純ちゃんが待ってるわ」


(純? そういえば、清久と以前一緒にいた……そうか、こいつひょっとして……)


「じゅ、純?」


 清久の目の色が変わった。


「そう、純ちゃんもあなたがあたしたちと同じ制服着るのを待ち望んでるのよ」


(駄目だ、清久。そんなのに騙されるんじゃない!)


「ま、待ってくれ……」


 かろうじて、清久は押し切られるのを避けた。だが――。


「駄目よ。今ここで約束して。明日からこの制服を着ると――」


 相手もさるもので、ここが勝負とさらに清久に迫った。悪質な勧誘業者みたいだな。


「大丈夫、あなたもきっとスカートを穿くことを気に入るわ。わたしたちだって最初は恥ずかしかったんだから――あ、そうそう。最近は男の娘ってキャラ流行ってるみたいね?」


 なんという屁理屈だ。オレの心の中で何かが沸き起こる。今動かないと。


「あなたも勇気をほんの少し出せば、あなたは晴れてあたしたちと同じ」


 皆川は制服を清久の顔の前まで持ち上げ、見せ付けた。


「さあ、純ちゃんのいるところにあなたも」

「……」


 生徒会をやっている皆川タマキ。そして今はとびきりの美しい女の姿をしているのに対して、清久は只の平凡な男子生徒。気を呑まれてしまっている。

 このままだと押されて心にも無い返事をしそうだ。現に完全に清久は目に生気を失っている。魂を抜かれそうになったように――。口をわなわな震わせて……。皆川もその様子にあと一押しだと見ているようだ。このままだとさらなる追い討ちをかけられてジ・エンドだ。こんな一方的な話を横で黙って見ていられなかった。

 自然に身体が立ち上がった。

 ガタンっと音をさせて椅子から立ち上がる。オレのスカートが翻る。


「そんなわけないだろう、嘘つくな」


 立ち上がって皆川の後ろから声をかけた。


「誰?」


 突然予期せぬ横槍に驚いた様子だった。


「ま、真琴……」


 清久も幻覚から覚めたように、虚ろだった表情に生気が戻る。

 オレが出した声に驚いて二人がこっちを振り向いた。


「清久、そいつのいうことなんか聞く必要ない」


 皆川は目を細め、鋭い視線をオレに向けてきやがった。だからオレも皆川を見返してやった。


「誰だか知らないけど――あたしは、清久君と話してるのよ。口を挟まないで」


 あと一押しというところで突如話を折られたせいか、言葉に悔しさと怒りがにじみ出ている。


「生徒の制服がどうするかなんて、お前ら生徒会にないだろう? それとも学生服を着るのは校則違反なのか? 学校の職員会議で決まったことなのか?」


 生徒手帳を取り出して見せつける。


「さあ、どこに書いてある」

「うっ……」


 余裕だったタマキの顔が曇る。当たりだったようだ。

 生徒手帳にある。生徒が処分を受けるのは校則に違反したとき、あるいは職員会議で決めた時のみと。著しい生活態度の不良が見られた時のみ、と。

「清久は特に何か犯していないし、生活態度に問題なんて無いだろう。経緯を考えればなおさらだ」

「で、でも……」

「別に清久は校則違反もしていないし、学校の職員会議にかけられるようなこともないんだな」

「く……」


 完全に相手が黙ったので清久の肩を叩いた。


「良かったな、清久。制服は自由でいいってさ」

「真琴……」

「それからさ、純って奴に伝えておけ――。何か言いたいことがあるなら、姑息な手段使わないで直接言いに来いってさ」


 きっとこれは純という奴がタマキを使って、清久に何か仕掛けてきたに違いない。オレはそう直感していた。


「!!」


 どうやら当たり。タマキはその言葉に顔色を変えた。そして清久もはっとした表情をした。


「純が? 僕に?」

「ふ、ふん。わかったわ。でも清久君これだけは覚えていてね。純ちゃんが制服を着るのを楽しみにしていたってのは――本当よ」


 そう言うと、タマキはそのまま教室を出て行った。

 清久はそのまま立ち尽くしていた。


「あ、ありがとう、真琴……」


 清久はタマキが立ち去った後の教室の出口を見続けていた。

 大事になることもなく生徒会長のやりとりが終わり、教室の空気は、また元に戻っていく。


「そうだよな、そんなことで同じになるわけないよな……ちょっと信じちゃったよ」


 清久は自分で納得していた。さっきまで何か魅入られたように呆けていたが、ようやく呪縛から解き放たれたようだ。


「僕は本当に駄目だな……あんな言葉に騙されて」

「そんなことねえよ。あんなくだらない要求によく耐えたよ」


 魔手から解き放たれたはいいがオレの声が届いてない。清久はなおも目を伏せた。

 自分の殻に閉じこもろうとしている。


「その上、昔も今も女とも喋れないし……。元々男子だった君らでも駄目で……何がいけなんだろう――僕は根っからのぽんこつなんだろうな」


 見ていられない。でも考えてみればずっと清久は、異変が起きて以来、周囲との疎外と孤独の悪循環に陥っていた。

 ここで断ち切ってやらないといけない。


「こら」


 ゲンコツで頭をコツン、と軽く叩く。


「ってて」


 清久の濁っていた目が大きく見開かれる。


「自虐もいい加減にしろ」


 オレの叱責にきょとん、とする。


「お前、オレと喋ってんじゃねーか、オレだって、今は……一応その女だからな」


 腰に手を当てて胸を逸らす。


「はは、そういえばそうだな、僕は真琴と普通に話してるよな。全然意識してなかったよ、よく考えてみたらそれも不思議だな」

「だろ? そんなの気のもちようなんだって」


 清久の顔に笑いが戻ったのに安心した。

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