第3話「真琴との出会い」
既に汗ばむ季節になりつつあった。
気温は上がり、虫が外を飛ぶのも見かける。
「あちーよなあ」
下敷きでスカートの中を仰ぐ生徒。
「ああ、クーラーくらい入れろよなあ、今時どこの学校も入ってるぜ」
制服のブラウスのボタンをはずして着崩している生徒もいる。
ブラジャーがチラチラ見えてしまっている。
「おい、お前、女子だって自覚をもうちょっと持てって」
「外ではやんねーよ」
「ひょっとして女子校って本当はこうなんじゃねーの?」
「別の女子高に通ってたうちの姉ちゃんに聞くと、こんな感じらしいぜ――うん?」
しまった。
横目で見ていることに、会話をしていた女子に気付かれてしまった。
「お、清久が見てるぜ」
慌てて目を逸らしたが後の祭り。
「ほれほれ――あ、目を逸らしやがった」
クラス中がどっと笑いに包まれる。
くそ……。いいじゃないか。お前らだって以前だったらそうしただろう。
あんなものを見せられたらたまらないのもわかるだろうに。
―気にすんなって――
うん? 誰か今僕にささやいたような。
今日はどうせまたこんなことがあるだろう、そんな予感がした。
果たして四時間目の体育の前の着替えの時間だった。
「次の時間、グランドに集合だぜ。早く着替えないとな」
各々体操服の準備をし始める。
特に決められたことでもなかったが、僕は自主的に教室を去り、どこか廊下の階段裏でも適当な場所で着替えてる。そうしなければ、またやいのやいの言われるからだ。
(早く出ないとまた煽られる)
体操着を持って支度をしようとした時だった。
体が固まった。
一人が僕の目の前で制服を脱ぎ始めた。
左隣の席の姫宮真琴(ひめみや まこと)だ。
背を向けたままスカートをパサリと落とし、脚を抜く。下半身があらわになる。
(う……黒……)
穿いているのはショーツだけ。その柄までしっかり確認できるぐらいに露になる。
(なんだ? また僕をからかおうっての?)
だが、真琴は他の連中と違って静かな性格の生徒だった。
普段は僕に対する嫌がらせには加担してこない。
どうやら本当に僕の存在に気づいていない様子だ。
そのまま着替えを続行している。
この真琴も、以前がどうだったか思い出せなくなるほど、とんでもない可愛さだ。
特に真琴の特徴は、ストレートの黒髪ロングという王道で、さらに女ながら細く締まった体が特徴的。でるとこはでてるが引っ込んでるとこは引っ込んでる。何かのスポーツのアスリートっぽささえ漂わせる美しさで、健康的、力強さを感じるのが少女真琴の特徴だ。
背中を向けて黙々と制服のブラウスのボタンを外している。
こちらには一向に気づかない。本当にごく普通に着替えている。
上半身は制服のままで、下半身は下着姿だ。
不釣合いな上下は余計に僕の男子としての感情を刺激させてくる。
「真琴、その下着随分大胆だな。どうしたんだ?」
さっき僕を散々からかった連中が今度は真琴に声をかける。
(僕は標的じゃないのか?)
「うげ、こ、これは……姉貴がいきなり買ってきて穿いてくれって……言われたんだよ」
真琴は恥ずかしそうにしている。
確かに、その下着は着けている方からすると恥ずかしいだろうと思う。
ただ黒いだけでなく精細な模様が描かれ、派手なマチがヒラヒラと施されている。かなり高い下着と思われた。
(しかしまた大胆だな……)
真琴には確かに似合っている。
「……一生懸命選んでくれたし、何度も頭下げてお願いされたんで、断りきれなくてさ……」
(それはきっと姉貴とやらに、遊ばれてんだって……)
試着と称して色んな格好をさせられてるのだろうと推測する。
「今更恥ずかしがることないだろう。オレら、この姿になってから、しばらく経ってるしさ」
「それはそうだけどさ……」
真琴は紺色のやたら伸縮性のある短パンを鞄からとりだし、足を中にいれ、穿くために上に引き上げる。
あれはブルマというものらしい。遥か昔に絶滅したという代物が何故この学校で復活しているのかわからない。
前に屈んで尻を突き出している。こちらの存在をまったく失念しているようだ。
(結構肉付き良いな……。上半身は締まってるのに。やっぱ女になると男とは体型が違くなるなあ)
思わずガン見してしまっていた。据膳食わぬは男の恥——。据膳を頂いてしまった。
「清久、お前の意見はどうだ? さっきからじーと真琴のケツ見てるから、なんか考えがあるんだろ」
「え……?」
いきなりこっちに突然話を振られてたので、言葉を発せられなかった。
「ん?」
真琴もこっちへ振り向いた。そしてその目が大きく見開かれる。
「わゎ……! 清久! お前いたのか!」
初めて存在に気付いたかのように真琴はあせった声を上げる。
「あ、いや……」
僕も取り繕う言葉が思い浮かばない。
「うう、見られたのかよ……」
真琴は涙目になる。だが……。
「こいつ、ずっといたぜ。お前が着替えてる間。しかもしっかり会話も聞いていたしな」
「じーと真琴の下着を見続けていたなあ。食い入るようにさ…。はは、清久も気に入ったみたいだな」
僕がどうしていたかの様子もご丁寧に逐一報告する。
(わ、わざと黙って僕に声をかけなかったのかよ……)
みるみる真琴の顔が赤くなる。
(は、恥ずかしがっているのか?)
女子からこんな表情をされるのは人生初めてだ。
「お前、今の完全に覗きだぞ、可哀想に、真琴の奴」
「あーあ、清久、ひでえな、真琴の生ケツをガン見しやがって」
「ぐは……!」
(ぐ、……なんでこいつらは僕の心を読んでるかのように……)
元男のせいで、ずばずば男子のすけべ心を当ててくる。
「清久。そういう時は黙って静かに出て行くんだよ。最後まで見届ける馬鹿がいるか」
「清久もさ……そろそろそういうことに気を使ったほうがいいぞ。オレらのように寛大なのばっかりじゃないんだしさあ、あははは!」
「ぐ……」
屈辱だ。こんな連中にアドバイスを貰ってしまう自分が情けなくなった。
「ご、ごめん、真琴……」
「い、いいい……いいさ別に…」
顔を真っ赤にして真琴はやっとそれだけを言った。
「何だ、許しちまうのかよ」
「もっと変態とか痴漢とか叫んでくれないと、つまんねえぜ」
(そんなことを期待してたのか……)
もし真琴がそのとおりにしていたら、きっとまたこいつらの思惑通り、より激しい嘲笑や侮蔑を受けていた。
「よく見てなかったオレも悪いんだし。それより……もうやめてやれよ。清久一人だけ男のままだからって、よってたかって」
「まあ怒るなって。男子の清久にも、いい思いをさせてやろうとさ……」
「そうそう、むしろ感謝して欲しいもんだよな。普通なら絶対拝めないようなもん見せたんだし」
悪ふざけを諫めるような、意見が周りで出始めると、奴らはこんな調子で言い訳をする。
だがその日は違った。
「清久は、悪魔の誘惑に負けたオレたちとは違うだろ」
ボソッとつぶやいた真琴の一言に、さっきまでニヤついていた連中の顔から笑いが消える。
「お、おい、真琴、いくらなんでもその発言まずいぞ! 悪魔呼ばわりは……」
「どこで誰が聞いてるかわかんねんだぞ」
(なんだ? 誰かに聞かれたらまずいのか? それに悪魔って……なんのことだ?)
「一体何のことだ? 悪魔とか……」
「ごめん、先に行ってる」
僕の問いかけには答えずに、真琴は一人教室を出て行った。
出て行った後、連中は冷や水を浴びせられたかのように、静かになり、そそくさと次の授業の準備の支度を始めた。
(一体さっきの一言がなんだってんだ?こいつらを黙らせるなんて……)
珍しい出来事だった。もはや日課のようになった嫌味攻撃をあいつは庇ってくれた。
姫宮真琴。
今まで大して交流もなかったその生徒の名前を僕は胸に刻んだ。それにその口から漏れた言葉も。
(悪魔か……この学校に起こったことは悪魔の仕業以外のなにものでもないよな)
放課後。
ようやく一日が終わり、足早に家路へ着く態勢に入る。
毎日、今日みたいなことが続いていて気持ちに疲れがたまっていた。
「やあ、清久。帰るところか?」
廊下の階段で再び聞き覚えのある声に呼び止められた。
真琴だ。ブラウスとプリーツスカートという制服姿のいでたちで、ぶっきらぼうに肩に鞄をしょっている。
「何? 真琴こそ」
「そりゃ見ての通り、オレも帰るとこだよ」
真琴がどこかの部活に所属しているような話は聞いてなかった。恐らく帰宅部だ。
「そうか、僕もだ」
「お、じゃあ、一緒に行くか」
方向が同じだったので、真琴と一緒に廊下から下駄箱まで並んで歩いた。
「真琴、今日はごめん」
真琴の着替えシーンを思いっきりライブで見てしまった、今日の事件を思い出し謝る。
真琴の下着越しの尻がまだ頭の中を駆け巡ってる。
「あーもう言わないでくれよお。本当はスカートを穿きながら着替えたりするのが当たり前なんだろう? 女の格好は面倒だよなあ。まったく。姉貴におだてられてあんな下着着けてきたオレが悪いんだよ」
真琴はぶつぶつ文句を言っている。
靴箱から女子向けのローファーを取り出して床に置いた。
代わりに上履きをしまう。
「まあ清久、お前も色々大変だろうしな。あ、でもあいつらのことなんて気にしなくていいからな。オレもちょっと最近やり過ぎだと思ってたんだ」
ポンと肩を叩かれる。
「君は、あんまり変わってないな……」
まだ新しく黒光りするローファーに足を入れてトントンと床を蹴って入れ込む。
そして顔をあげた。
「なんだい、清久。確かにオレはずっとまえから細くて女みたいな奴とか言われてたけどさ……そんなに男の時から変わってないかよ」
真琴は僕の言葉を、昔から女っぽくて代わっていないという意味でとったようだ。
(そうじゃない、むしろ僕は反対の意味で言ってるんだ……君は……)
何かに気付いたように、真琴は首を傾げた。
「あれ? 清久一人か?」
「駄目か?」
「いや……人のこといえないけどさ。オレも友達沢山いるわけではないけどさ……」
真琴は、以前からクラスメイトや友達とべたべたとつるむタイプの生徒ではなかった。
だが周囲との会話はよくしている。
対してボクはめっきり一人で過ごすようになっていた。
「でも、清久は純とかいう奴と、この間までよく一緒だったじゃん」
「……」
真琴の口から出てきたその名前に、一瞬戸惑ったが、僕には何も答えられなかった。
真琴はその無言の答えを敏感に感じ取ったようだ。
「清久……お前に何かあったのか?」
思わず目を伏せて呟く。
「まあな……ちょっと色々ね」
真琴の問いかけをきっかけに僕の脳裏に再び記憶が蘇ってきた。
自分が暮らす世界が一変した日とそれに続く苦い記憶が――。
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