第3話 カナンの推理……犯人はあの人だ!



 全員を箱の周りに集めたカナンは自信満々に口を開く。


「今回の事件は特殊な錠のついた収納箱から素材が盗まれたというものでした。ここで重大な証拠となるのがこの微かに湿った土です。この収納箱を置いたときこの地面は濡れていましたか?」


「いや? 料理なんかは別の場所だから、こんな所が濡れるわけがない」


 ディレルの答えに満足そうにカナンが頷く。


「そうです。これこそ犯人がこの鍵を開けるのに使ったトリックなのです」


「一体何をしたの?」


「こうしたのですよ……あれをください!」


 カナンがどこかに呼びかけるとその手には水筒が現れていた。

 

 カナンはそのまま錠にかけ始める。流れ出る水は錠を濡らしながら箱の周りの地面をも濡らしていく。


「犯人はこのまま、この水を凍らせて即席の鍵を作ったのです。これならば、本物の鍵は必要ありません」


「でも、魔法は錠で打ち消されるんじゃ……」


「錠に対する魔法は打ち消せても錠の中に流れる水には関係ありませんよ。水を魔法や魔道具で出さなかったのは魔法で出した水では錠の効果で打ち消されてしまうからでしょう。私が来たときまで地面が乾ききっておらず僅かに湿っていたのは予想外だったのでしょうけどね」


 そこまで語ったカナンは一呼吸置くと、犯人に向かって指を突きつけた。


「そんな事が出来るのはパーティの中で攻撃魔法を使える《魔法剣士》のアナタだけ――ですよね? ジュードさん?」


 犯人ジュードの名を呼ぶその声には確信が宿っていた。


 だが、ここで待ったをかけたのはディレルだ。


「中身はどこにやったんだ!? ジュードの持ち物から収納用の魔道具なんかは出てこなかったし、この辺りに隠せるような場所はないぞ!?」


「予想に過ぎませんが、夜の内に盗んで外部の協力者にでも手渡したのでしょう。作業する時間があるのならば、それくらいの時間はとれたはずです」


「でもでも、テントの周辺には私がスキルで警戒トラップをセットしていたよ? その状況でどうやって第三者が近寄ってこれるの?」


 今度、質問を投げかけたのはミアだ。


「相手が来たのではなく、ジュードさんが相手に方に向かったのでは? スキルの解除は本人にしか出来ませんが、パーティメンバーであるジュードさんには警戒トラップは反応しませんから」


「じゃあ、私達を殺害しなかったのは? その方が後腐れなかったでしょうに」


 次いでフィーアも問いかけてくるが、カナンは落ち着いて回答していく。


「それは皆さんが危険察知のスキルを所持していたからでしょう。あれは寝ていても相手の害意に反応するスキルです。それに、素材が盗まれ一人だけ生き残っては後々周りから穿った目で見られるのも確定していますからね。リスクに合ってないと判断したのではないでしょうか」


 ここまでひとしきり語ったカナンは再びジュードを見つめる。


「さて、何か反論するべき事はありますか、ジュードさん?」



「くくく……はははははははははははっ!!!」



 ジュードはカナンの問いかけには一切答えず思いっきり笑う。悪意が滲み出るような凄みの効いた笑い声だった。


「あーあ、こんな見事にバレるなんてな……ガキだと思って甘く見たか?」


 先ほどまでの話し方とはうって変わって粗雑な話し方になったジュードは射殺しそうな目でカナン達をにらみ付ける。


「でも、どうしてこんなことを!?」


 ミアが悲痛そうな声を上げる。


 パーティの仲間がこんなことをするとは思いたく無かったのだろう。


 なにか切実な理由が合って欲しい――そんな感情すら込められている問いかけだった。


 しかし、ジュードはそんな願いすら踏みにじる。


「はっ! 俺はこんなちっせえパーティで終わる気はねえ!! 俺はもっと上のパーティでもやれる実力者なんだ!! なのにお前らときたらチンタラ、チンタラ、しやがっていっつもイライラしてたんだよ。だが、地竜となれば話は別だ。竜種の素材は稀少部位ならどのランクだろうと評価が高い。だから、手土産に選んだってのによ!! こんなガキにバラされちまうとはちくしょうめ!!」


「てめえの上昇志向は前から分かっていたつもりだったが、まさかここまでとはな……。だが、こんなことしてまで許されると思うなよ。大人しく捕まってもらうぜ」


 ジュードの独白を聞いたディレルは呆れたようにため息を吐くと、ハンマーを構えて相対する。


 だが、ジュードはそんなディレルを鼻で笑った。


「はっ、てめえの鈍足じゃ無理だよ……」


「んだと! 吹っ飛びやがれ! インパクトスイング!」


 挑発にのってしまったディレルが一歩踏み出して、ジュードに向けてハンマーを横薙ぎに振るう。


 しかし、ジュードはその一撃を足裁きだけで避けると、お返しとばかりに剣を真横に振るう。


「バーカ! そんな単純な攻撃に当たるかよ! 吹っ飛ぶのはお前の方だ!!」


「ぐぁ!?」


 自身に振るわれる剣を見たディレルはすぐさまハンマーを手元に戻すと柄で受け止めるが、そのあまりの力に吹き飛ばされてしまう。


「てめえ、いつの間に身体強化の魔法を……」


「はっ、あのガキが得意げに推理を披露している間にだよ! 話を聞いてりゃ、ちとマズいと思ったんでな! だが、てめえは後回しだ――俺の計画を邪魔したあの舐め腐ったガキを先にぶっ殺してやる!」


 ディレルをいなしたジュードはカナンの元へと一直線に向かっていく。


 だが、その前に立ちふさがる存在がいた。


「行かせない!」


「ここで止めさせてもらうわ」


 ミアとフィーアだ。両者ともに自身の得物である短剣ナイフとロッドを構えてジュードと対峙している。


「今度はてめえらか。直接戦闘能力の低いお前らが、この距離で俺の前に立って満足に打ち合えるわけ無いだろうが! 大人しくどけ!」


「それでも、アナタを行かせるわけにはいかない! ここで捕まえる!」


 そう言ってジュードの捕縛を試みるが、


「打ち合うのも面倒だな――ワールウィンド!!」


 ジュードは魔法剣士らしく魔法を使用することで二人を排除しようと企んだ。ジュードの手から出現した逆巻く強烈な風が襲いかかる。


「その程度の魔法なら――ディスペル!」


 二人に襲いかからんとしたワールウィンドはフィーアが唱えた光のディスペルとぶつかり合うことで消滅する。


 ディスペルは魔法の軽減を目的とした防衛魔法だ。


 ジュードの行動を読んでいたフィーアのファインプレーといえるだろう。


「はあああああ!」


 そのタイミングですかさずにミアが飛び込んでいく。


 逆刃に構えられた短剣がジュードの手首目掛けて振り下ろされる。


 殺す気は無いようだが、筋を狙って戦闘力を削ぐつもりのようだ。


「判断は悪くないがこうも狙いがあからさまだとなぁ!!」


「ううっ!?」


 そのミアの動きを察知したジュードは短剣ごとミアの身体を切り上げるように天高くはじき飛ばした。


 ディレルよりも軽いミアは面白いように吹き飛び、地面をゴロゴロと転がって行く。


「ミア!?」


他人ひとの心配をしている場合かよ!!」


 思わずミアの方は見てしまったフィーアに対し、ジュードの剣が迫り来る。


 だが、そこは治癒術士とはいえ迷宮に潜る冒険者。金属製のロッドを巧みに操る事で、ジュードの剣を見事に防いだ。


「きゃあ!?」


 とはいえ、防ぐので精一杯で何も出来ずに吹っ飛ばされてしまったのだが。


「これで、邪魔者はもういねえ! まずはてめえからだクソガキィ!!」


 ジュードがカナン目掛け、一直線に駆け出していく。


「逃げろ!! 嬢ちゃん!?」


 再び立ち上がったディレルが大急ぎで戻ってはいるものの、間に合いそうにない。


 カナンの顔へと頭上から振り下ろされた凶刃は、


「精霊さんお願いします!」


 瞬時に現れた精霊さん黒衣によって阻止された。


 身体ごと両者の間に割り込んだ黒衣は、ジュードの剣を漆黒の剣で受け止めている。


「な!?」


 それに驚いたのはジュードだ。土妖精族のディレルすら楽に吹っ飛ばせる力をあっさりと受け止められたという事実に目を白黒させながら狼狽していた。


 まさか、あの少女が呼び出していた黒衣がここまで戦闘能力が高いとは思ってもみなかった。


 しかし、ここまで来て退けるわけもない。


「クソが! そこをどけよ!!」


 すぐさま、剣を引いたジュードは剣筋を変えて邪魔な黒衣目掛けて振るう――いや、振るおうとしたが出来なかったのだ。


 なぜならキィンという音が聞こえたかと思うと、その手にはすでに剣が握られていなかったからである。


「へ?」


 手元を確かめても剣はなく、遠くの方でカラカラと何かが地面を滑っていく音が聞こえるばかり。


 ジュードは状況を理解して、すぐさま魔法を使おうとするが、そんな致命的な隙を逃すはずもなく……黒衣は瞬時に背後に回り込むと首を思いっきり捻った。


「かぺっ!?」


 空気の抜けるような音と共に崩れ落ちるジュード。


 見事な瞬殺であった。


 ピクピクと痙攣しながら泡を吹くさまは、他者を殺そうとした犯人だというのにどこか同情さえ誘う。


「つ、つええ……」


「ええ……!?」


「…………」


 ディレル達はそれを呆然と眺めるしか出来なかった。


「この希代の精霊術士にして迷宮探偵カナン・ディ・エルフィネスにかかればこんなものです!!」


 カナンの宣言とともに安全地帯で起きた素材盗難事件は幕を下ろすことになったのだった。


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