明日もまた、同じ日が来るのだろう。

幸福は一生、来ないのだ。

それは、わかっている。

__太宰治/女生徒






「トウヤさん、来ました」

トウヤとエルクは走る。クリームパイはトウヤが背負っている。追手は余裕を見せているのかゆっくり歩いている。


「くそ、なんでこんなことに...」

「...ごめんなさい...僕のせいです」

またしても卑屈になる。

「なわけあるか!」

「えっ」

トウヤはそんな暗い考えを当然のように吹き飛ばした。


「種族で性格を決めつけるなんて間違っている。お前らは乱暴なんかしない。そうだろ!」

「うんー!」

クリームパイは元気よく返事をする。未だにことの重大さを理解していないのか。

「.....ありがとうございます、トウヤさん」

「礼なんかいらねぇよ!おまえ達のおかげで俺たちも楽しかったんだぜ」


トウヤたちは走る。このペースを維持できればなんとか逃げれそうだ。


「トウヤさん、どこに行くんです?」

「洞窟だ。いつもクエストの時行ってるだろ。ひとまずそこに身を隠す。そしてやつが諦めたら帰って、またいつもの生活に戻るんだ!」

「...はい!」


後ろを振り返る。追手の姿は見えない。


「しかし妙だ...。なぜやつは追ってこない」

「諦めたのかな?」

クリームパイは能天気だ。

「そうだといいが...。よし、少し歩こう。走ってばかりじゃ疲れたろ」

「そうですね。休める時に休めないと」


走りから徒歩になる。クリームパイも一旦、おんぶから降ろした。後ろの警戒はかかさない。

そしてしばらくたった頃


何かに気づいたトウヤの足が止まる。

「な、バカな!?そんなことが...!」

トウヤは走り出す。さっきまでの方向ではなく、来た道を戻る。


「え、トウヤさん...?」

エルクもトウヤの向かった方を見る。そしてそれを見て息が詰まった。背の低いクリームパイには見えていない。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

クリームパイがくいくいと裾を引っ張る。


「クーちゃん、行くよ」

エルクは本当は一人で行きたかったがクリームパイを置いていくわけにはいかない。おぶって歩く。


急がねば、手遅れになるかもしれない。走れないが、歩け。疲れなど気にするな、進め。

幸せを手放さいために。



教会の方から煙が上がっていた。






教会に着くと、教会は轟々と炎を上げて燃えていた。


トウヤは呆然と燃えゆく教会を見ていることしか出来なかった。近くにはハルおばさんやナッツとアキノリの姿もある。怪我人はいないようだ。


「そん、な.....」

エルクは膝から崩れ落ちる。つかの間の幸せもついに終わりを迎えてしまった。自分のせいで他人まで巻き添えにしてしまった。彼は、死にたくなった。あの炎に飛びこもうかとも思った。


妹が泣いている。その泣き声で我に返った。


ハルおばさんが二人に気づき優しく抱きしめた。大丈夫だよ、大丈夫だよと何度も言い聞かせてくれた。二人のせいなのに。


「やっと現れましたね」

奴だ。二人が戻ってくるなり奴が姿を現した。


「てんめぇ...!教会を...!」

トウヤたちは激しく憤っていた。これほど感情をむき出しにした冒険者たちを見たことがなかった。

「言ったでしょう、抵抗すればそれなりの態度を見せると」

奴は平然としている。


「だからって燃やすやつがあるか!」

「こんな誰も来ないような所にある教会なんて無くなっても誰も構わないでしょう」

「そんなことない、あそこは、俺たちの大切な場所だ!」

剣を構える。三人共、時間稼ぎなどではない、本気で殺そうとする目だ。


「おー怖い。そこまで殺気を出さないでくださいよ。私とて人を殺したくありません。だから避難させてあげたというのに」

「殺されるのは、お前の方だああああああああぁぁぁ!!!!」

「仕方ないですね...」


エルクは止めたかった。どう考えても三人は負ける。しかし止めようがな



止まった。



三人は奴へ向かう途中で足を止める。奴もまた迎撃の構えを解く。皆が注目した先はただ一つ。まだ六歳の少女、クリームパイだ。


「よくも、私たちのお家を...!!!」


クリームパイは目覚めたのだ。今まで平穏な暮らしをしていたため眠っていた力が。魔王の子としての才が。クリームパイの頭上にはどす黒い魔力が浮かんでいる。


「出てけぇぇぇ!!!」


クリームパイが何かを放るような素振りをした。するとそこから槍のようなものが出てきて、奴に向かって放たれた。


「うおっ...」

間一髪で避ける。槍は地面深くに深々と刺さっている。もし喰らったら人間はひとたまりもない。


「うがああああああああ!!!」

投げる投げる投げる。力の限り槍を放る。奴は全て避けるが冒険者たちにも危険が及んでいる。アキノリとナッツは腕に槍をかすめて流血を起こしている。


「やめろ、やめるんだクーちゃん!」

エルクが止めに入る。

「うあぉぁぁあぁあああ!!!」

まるで聞いていない。槍を放ることをやめない。


「おやおや、やはり危険な子供でしたね。これで連行なんかしなくても現行犯ということで殺しても大丈夫だ」

奴が動いた。降り注ぐ槍を全て避ける。


「死ねっ!」

あっという間に近づき、クリームパイに魔力を込めたナイフを向ける。

我を忘れ、ひたすらに槍を放っているクリームパイには避けようがない。

「クーちゃん!」



その攻撃を受けたのは、クリームパイを庇って奴の前に立ちふさがったハルおばさんだった。

「うっ.....」

大量の血を吐き、倒れた。急いでエルクが駆け寄るが、心臓の鼓動が止まっている。


「なんてことを...」

奴も動きを止める。

「ハル...おばさん...?」

クリームパイも攻撃を止め、倒れたハルおばさんをゆする。何度もゆする。しかし反応がない。

「ねぇ、立ってよ、ねえってば!」


「そんな...」

エルクは、家族を目の前で失うのが二度目だった。だが妹は違う。


本当の母のように育ててくれた人が目の前で殺され、魔力はさらなる暴走をした。

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