幸せの毎日
エルクはペロロロという心優しい少女に救われた。
しかし、ペロとの別れはすぐにやって来た。ペロは平和な町として知られる「ラブーホ」という町の付近の教会に移ることになった。
元々ここはペロにとってラブーホに行くまでの中継地に過ぎず、元よりラブーホへ向かっていたのだ。
エルクとペロが過ごした時間は数日間だけだったが、それでも記憶には彼女の優しさがしっかりと刻まれている。
ペロや他の冒険者に何度も名前を聞かれたが、エルクは答えなかった。それは、父から言われていた「魔王の息子だと言うな」というのを守ったからである。
もちろん、魔王の息子だと宣言しなければ名前自体は名乗ってもいいのだが、まだ六歳だったエルクは解釈違いを起こしていた。だがペロが呼び名がないと困ると言ったのでそれぞれ最初の文字の「エ」と「ク」は教えた。それによりペロからエルクは「エッくん」、クリームパイは「クーちゃん」と呼ばれるようになった。
他の冒険者の面々も最初はペロのそう言うならばと嫌々世話をしてあげていたが、徐々に普通の人間の子供と大差がないように思うようになったのと、子供なのに過剰に卑屈な態度を取るエルクに見て居た堪らなくなり、愛情を持つようになった。
ペロが去った後も冒険者は代わり代わり世話をしてくれた。赤ん坊のクリームパイは教会の管理人である最年長のプリースト「ハルおばさん」が我が子のように面倒を見てくれた。
冒険者もエッくん、クーちゃんと呼び、家族のように接してきた。エルクは偽物ではあるものの家族の愛というものを初めて感じた。
♢
〜そして平和なまま時は流れ、六年後
「エッくん、今日も行くのか?」
「はい、もちろんですよ。体も痛くないですし。トウヤさんも大丈夫ですよね?」
エルクは12歳となり、冒険者と一緒にクエストの手伝いをするようになった。トウヤというのはエルクを一番先に庇ったハゲの中年である。あの時よりは身なりはよくなっているようだ。ハゲは進行しているが。
12歳になってもエルクは弱いままだ。ウサギを仕留めるのにも一苦労の半端者。攻撃するということが滅法苦手。
しかし、エルクには生まれ持っていた特殊な能力があった。
「魔法だ、エッくん!」
「了解です!」
ガーゴイルが唱える闇魔法攻撃に自ら当たりに行くエルク。
やられてしまったかのように見えるが、そんなことはない。ピンピンしている。エルクの魔王の息子としての力が目覚め、これしきの攻撃が効かないほど丈夫とかそういうわけではない。
ガーゴイルの貧弱な闇魔法だからでもない。ならなぜ無事かというと、実はエルクにも分からない。六年前、土下座しているエルクに光のレーザーが撃ち込まれても無事だった。
よってエルクには魔法無効化の能力があると思われたが、そういうわけでも無いようで、たまに魔法をもろに喰らって大怪我を負う。
六年経ったが未だに自分の能力が分からず、怪我が回復すれば実験兼クエストの毎日。
「エッくん、前!」
トウヤが言うには遅すぎた。エルクが向き直った時にはガーゴイルの鉤爪はエルクを引き裂いた。
「ぎゃっ」
「こんにゃろ...」
《炎剣:フレイムスラッシュ》
トウヤの仕返しの剣技でガーゴイルは倒された。
「大丈夫かエッくん」
トウヤが駆け寄る。血はそこまで流れてないようだ。
「大丈夫...です。やっぱり僕、肉弾戦はどうしても駄目ですね...」
「うーん、ずっとエッくんの能力について研究しているが、一向に分からんな」
「とにかくクエストは終わったのでガーゴイルを持ってHQに行ってきてください。教会で待ってます」
「おう、痛むようだったらハルおばさんに言えよ」
「はい!」
♢
教会に着く。
六年前はこんな辺地に置かれ、ぼろぼろだった教会も今では立派な施設だ。エルクが真面目に働いてくれてるおかげと、可愛いクリームパイが評判になり少しばかり儲かっている。
教会に通ういつもの冒険者たちも強くなり、防具や武器もより質のいい物を使うようになった。
エルクは幸せだった。毎日多忙だが、それでも愛してくれる人がいる。それだけで充分だった。
ただ、一つ悩みを言えば
「ただいま...」
「お兄ちゃん!遅いよ!」
「クーちゃんごめん。ちょっと怪我しちゃって」
「もーー!一緒にお菓子作るって言ったじゃん!ハルおばさんがいっぱい材料買ってきたのに腐っちゃうよ」
「そんなに早く腐らないよ...。それに、はぁ...。また買ったのかい?前も買っただろ」
「今日のは今までのとは違うのー!何も分からないんだから口出ししないで!」
赤ん坊の時、生死をさまよったクリームパイも六歳になった。ずっとクーちゃんと呼ばれているため自分の本当の名前はまだ知らない。
魔族の成長というのは早いものでクリームパイは六歳にしてお菓子を手作り出来るようになった。
エルクが謙虚で控えめな性格なのに対し、クリームパイは魔族らしいというか、わがままで自己中心的だ。
教会にお金があるからってハルおばさんに何でもねだりすぎだ。
ハルおばさんも自分の孫の様に可愛いクリームパイのわがままを何でも聞いてしまう。
「...で?今日は何を作るんだっけ?」
「モンブラン!アタシの大好物!」
「またか...」
「ダメなの!?」
「いいよ、その代わりちゃんとトウヤさんたちにも配るんだぞ」
「当たり前じゃん」
教会に一人の冒険者が帰って来た。六年前エルクに光のレーザーを放った冒険者、ナッツだ。もちろん、あの後謝罪し、エルクも気にしてはいない。
「お、
「ナッツさん!あのね、あのね、ハルおばさんがすっっっごい美味しいクリーム買ってきてくれたの!」
クリームパイはナッツによく懐いている。ナッツの姿を見るなり飛びついた。
「俺は今日早めに終わったから今来たけど、もうすぐしたら皆来るからそれまでに作っておいてくれよ」
「うんーーー!ほら、お兄ちゃん、手洗った!?」
「今洗うよ」
妹が多少わがままでも、それも含めて幸せな毎日に違いはなかった。
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