唯一の使命

悲しみは、単独では来ない。かならず群れをなしてやってくる。

__シェイクスピア/ハムレット








妹が産まれる前夜。



「貴様が...転生人というやつか...」

「そう呼ぶらしいね。魔王がどんなやつかと思って来てみれば弱すぎて話になんないや」


土砂降りの雨、半壊の魔王城、転がる魔王軍たちのほぼ原型を留めていない遺体。魔王は満身創痍、比べて転生人はかすり傷一つない。


いきなり単身乗り込んできて、数分で魔王軍を壊滅させた。


「それほどの、、力を得るまで、どれほど...」

一言喋る度に体中が痛み、血を吐く。だがそれでも決して痛がらないのは、最後まで人間相手に屈しないという魔王としての意地だ。


「ん?努力?してないよ。ただ平凡な高校生活を送ってたけどトラックに轢かれて死んで、気がついたらこの世界にいて、めっちゃ強い力を持ってました。ちゃんちゃん」

「何も...していない、だと...」


魔王は初めて絶望の表情を見せた。その顔を見て転生人の口角が上がる。


「俺、そこまで強いかな?まだ本気の30%パーも出してないんだけど」

「.....我らを、皆殺しにするか、転生人」


暫く唸った後、

「別にそれでもいいけど、めんどくさいなー。早く帰ってハーレムしたいし。てかこんなに弱いなら女の子たちも連れてきて大丈夫だったね」

「頼む、この部屋の奥には、娘の妊娠を控えている我が妻がいる...。妻と娘に罪はない...本当だ...見逃してやってくれ...」


魔族の長、魔王は、人間に頭を下げた。


「奥さんか。それとボテ腹属性ね。ね、美人さん?」

「...貴様、我が妻を、、、自らの女にするつもりか...?」

魔王は睨みつける。だが既に死にかけの魔王の眼光など怖くもなんともない。


「美人かって聞いてんだけど」

「...あいつは、我と幼き頃から過ごしてきた」

「美人かって聞いてんだけど」

二回目の質問には怒気が混じっていた。


「絶世の美女だ...」

「よしおっけ。これでハーレムが一人増えるね。確か元いた世界にも魔王の妻に惚れられて、パーティに入るラノベあったよな。それって現実に起きるもんなんだな」


転生人は、るんるん顔で奥の部屋に行く。しかし、すぐに部屋から出てきた。


「おい魔王こらてめぇ!お前の奥さんもう死んでんじゃねーかよ!」

「なっ.....」

魔王は息が詰まった。愛する我が妻が死んだ。しかし、そのことを悲しむ間もなく


「嘘つきやがったな!死ねよ!!!」



「ぐあああああああああああああああああ!!!!」


魔王は死んだ。妻の死を受け入れる間もなく、転生人に殺された。


「いらつかせるなや、雑魚がよっ...」



その少し前、バカ息子は


「母上!逃げ出すのです!!」

奥の部屋に行き、母を逃がそうとしていた。

「エルク...。私は逃げません」

普段は寡黙な母はこの時ばかりは抵抗して動こうとしない。エルクディスと名で呼んでくれるのは母だけだ。


「なぜです!あの人間の強さは、異常です。父上ですらおそらく...」

そう言った瞬間、母は体を動かすのも一苦労のはずなのに、エルクに平手打ちをした。

「エルク、なぜあなたは魔王の息子であるのに、闘おうとしないのですか。なぜ逃げ出すのですか。私は、偉大なる魔王の妃として、あの人と共に死にます」


なぜ闘わないと言われても、彼は闘っても勝てないことは知っているからだ。普通の人間でも勝てないのに、ましてや転生人だなんて。


「しかし、妹が」


その時、魔王と転生人が戦闘を始めた音が聞こえた。扉の隙間から戦闘の様子を覗く。

父に全ての望みをかけたが、決着は一分も経たずに終わった。そして何やら話を始めた。


父の苦しむ声など聞きたくもなかった。



「そんな...あなた.....」

母は涙を流した。彼は母の涙を初めて見た。父と母は幼き頃から共に世界を統べるために育てられた二人。その別れが、あっけないにもほどがある。


「母上、逃げましょう、母上!」

「.....いえ、私は逃げません」

「母上!」

「ですが、この子は、この子は守ってください...」

「産まれてもいないのにどうやって」


彼が考える前に母は行動を起こす。

「この方法は...できれば避けたかった...」

衰弱している母の全ての魔力が胎児に集まる。母はお腹を擦りながら、胎児に話しかける。


「強く.....生きて...クリームパイ、それがあなたの名です。あの人が大好きだったお菓子の名前...あの人は普段は怖いですが、私の作ったお菓子を食べる時は、笑顔になるのです」

母は笑った。エルクは母の笑顔など初めてみた。自分には決して向けられなかった顔だ。


胎児に集まる魔力は球体となり、胎児を包む。そして、そのまま優しく包ながらゆっくりと母の腹から産道を通らずに、透けるように出てきた。


「この方法で...出産すると、強く育たないのですが致し方ありません...ね」

その技をした後の母は虫の息だった。


妹はシャボン玉のような優しい魔力に包まれ眠っている。


「エルク...この妹を命に変えても守るのです...。貧弱なあなたでも、これだけは命にかえても必ず成し遂げなさい」

母はエルクの手を握った。彼はこうやって誰かに手を握られたのが初めてだった。


「母上...」

既に母は息を引き取っていた。



「こっちに、奥さんがいるんだねー。楽しみだなー」

転生人の声が近づいてきた。


妹を守らなければならない。その使命感が生まれながらの負け犬だったエルクに初めての闘志を与えた。

妹は、ロッカーに隠した。見つからないことを祈って。


扉が開いた。エルクは隠れられていない。転生人と確かに目が合った。


「あれ?これ、死んでね?」


転生人は母にしか興味がなかった。エルクの事など死体に集る蝿程度にしか見ていなかった。


「よくも父さんを、うおおおおおお!」

エルクは全身全霊の力を拳に入れた。死ぬまで戦い抜くと覚悟を決めた。すると何かが体の中で目覚めた気がした。勝てる、いや勝つ!!!地獄の六年間はこのためだったのだ。今までの敗北はこのたった一勝のために!!!


訓練で習った通りのパンチを繰り出さんと、転生人に全速力で駆け寄る。全ては母の約束のため、父の仇を取るために、妹を命にかえても守り抜くために...!

僕は、勝つんだ...!!!




「うるせぇよカス」

転生人は特に相手もせずに扉を閉め部屋から出た。死ぬ覚悟で、決死の戦いを挑んだエルクは、戦闘すら行われず、敗北した。


その後、父の断末魔を聞くまで、ショックのあまり体を動かすことができなかった。



「この城壊すかー。まだ残党もいるかもしれないし」


城の一階が爆発を起こした。その爆音で我に帰り、逃げなければと思った。ロッカーから妹を出し、抱える。母の魔力は切れ始めており、もし無防備になってしまったら妹は死んでしまう。


どこか、助けてくれる人のいる所へ。


爆発と炎が迫ってきている。ここは三階。階段を降りてる暇はない。窓を開け、飛び出した。


妹を守るため、自分の受身は犠牲にした。そのせいで足の骨が折れた。だが走らなければならない。


エルクは泣いた。涙にすらも雨に流される。

走った。どこでもいい、妹だけでも、妹だけでも。

僕は死んでもいい。元々死ぬべき存在だ。おそらくこの前生きたかったのはこのためだったのだ。



長い雨だった。日が沈み、そして明け、また沈み、明け。二日間だったがエルクにはそれが永遠に感じた。妹の体温が逃げないように、上着を妹に被せ、自分は寒さに晒されなりながらも走った。足が変色し、腐った臭いがし始めた頃、やっと雨がやんだ。


妹は、クリームパイは、生きてる。

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