魔王のバカ息子、王にはなれず敗北者

狐狸夢中

『生まれながらの敗北者』



生れて、すみません

__太宰治/二十一世紀旗手



これが一生か、一生がこれか、ああ嫌だ嫌だ

__樋口一葉/にごりえ








僕は、恵まれているはずなのに恵まれなかった。

世界を統べる者の息子として生まれ、周りから期待されて育った。


だが父ほどの才が僕には無かった。


むしろその能力は下の下。格下であるべきはずの使用人よりも貧弱であった。


魔族の恥さらしだと何度も殺されかけた。だがもしかしたら大人になる頃には才能がある開花するかもしれないという情けでなんとか生かされていた。


僕は自分が生まれてきた意義を自らに問いただした。相談できる者などいないから、自分で自分を追い込んだ。


こんな世界、なくなればいいと思っていた。

そういう点では僕は魔王に向いている。

心構えだけ一丁前に魔王でも、力がなければただのごみ。


生まれてこの方勝ったことがない。

訓練だろうが実戦だろうが連戦連敗。敗けて帰るとゴミ山に捨てられる。勝ったことがないから、勝負の後=ゴミ山にレッツゴーだ。


ゴミ山は魔王軍の廃棄物だけでなく人間の死体やそれを食うアンデッドなんかもいる。

僕はそいつらよりも弱いからこそこそ隠れながら魔王の城へ帰る。


強くなるために鍛えさせられるが、あれはただの一方的な暴力に過ぎない。風呂いっぱいになるほど血を吐き、蛇腹じゃばら折りになるくらい骨を折られた。

療養のための休みなど当然存在しない。傷つけば回復魔法ですぐさま再開。


飯の味より血の味を覚えてる。教育係からは同情より殺意、苛立ちを感じた。


昔、密かに人間の友達が出来たことがあった。

だが翌朝、その子の首が僕のベッドの隣に置いてあった。その子の村も跡形もなく焼き尽くされた。


生きる意味が分からない。自殺をしようとしたが、死んでも使用人に蘇生魔法をかけられ生きさせられる。


「万が一才能が開花するかもしれないから、一応生きてろ」だってさ。


唯一の誇りは偉大なる父から授かった「カムルショット・エルクディス」という名だけ。

僕は、魔王生まれ、ゴミ山育ちの『敗北者』だ。



「おい、は」

「は、いま連れて参ります」

使用人のオーガが彼を呼び出した。


「なんでしょうか父上」

膝まつき話を伺う。

「お前に妹が生まれる」

会話の時も後ろを向き、顔を合わせようとはしない。

「...!」


「本来ならば長男である貴様が未来の魔王軍を引っ張っていかねばならぬ。だが今回生まれる妹が、後継者に相応しければ...分かるな?」

「追放.....ですか?」

「違う。処分だ」

父の言葉は冷め切っていた。あれが息子に対する態度なのだろうか。彼はよく分からない。処刑でなく処分という言葉を使われた意味を当時六歳の彼は理解できていない。


「逃げ出したければ逃げ出せ。誰も貴様を追わん」

「僕は」

「我の前で必要以上に口を開くな、ゴミが」

「.....」


「六年だ。六年待った。なのになぜ貴様はこれほどまでに貧弱で、下卑で、恥なのだ」

「.....」

「我は生まれた瞬間にその産声で数人は殺した」

「.....」


「魔族の恥...冒険者でない民間人の人間にすら敗ける始末。貴様に与えた時間を返せ」

「.....申し訳ございません」

「我には時間がないのだぞ。アンデッドやオーガと違って魔族の寿命は短い。人間と大差ない。その短い時間の中で世界を統べることこそ我が一族の使命」


「貴様、魔族と人間の違いを言ってみろ」

「...人間は、平凡な筋力、頭脳を持つ種族。魔族は、容姿こそ人間と大差ないものの、皮膚の色や角に尻尾など人間にはない部分があり、何より強さと頭脳が段違いです」


「だが貴様はどうだ」

「人間より...貧弱でございます」

「お前は本当に我の子か?いま、転生人とかいう無類の強さを誇る人間が現れたという。そいつらに対抗するために必要なのは強さ、ただそれだけなのだ!なのに貴様は!!!」


魔王が激昂すると、特大の雷が落ち、城の庭に植えられている大樹に炎が上がった。


「魔王様!お静まりください!」

屈強なオーガが必死に魔王を宥める。


「ふー...もう戻れ。そして出ていきたければ出ていけ」

「あの...一つ、よろしいでしょうか」

「あぁ?口を開くなと」

「私からの最後の質問です、お許しください」


「.....なんだ」

最後だからなのか聞いてくれた。

「私の、私めの名前を覚えておりますか...」

「知らん」

特に考える様子もなく即答だった。


「.....です、よね。しかし、私は偉大なる父上から頂いた御名前を誇りに思い」

「貴様、外に出たら魔王の息子だとは決して言うでないぞ」

「.....え?」

「当然だ。貴様のような恥さらしが我の息子だと知られるだけで魔王軍の質が落ちる。ふむ、やはり殺すか」

魔王はやっとこさ息子に振り返る。だが会話をする気ではなく、殺意を持って。


「し、失礼します!」

彼は殺されると思い急いで逃げ出した。

「ふんっ.....」

魔王は再び玉座に重い腰を下ろす。



「(驚いた...)」

彼は自分の部屋に戻ると驚愕していた。

「(まさか)」

だがそれは、妹が生まれることでも、自分が追放されることでも、父が自分を殺そうとしてきたことでもなく


「僕、生きたいんだ...」


自らを殺そうとした父から生き延びるために逃げ出した。特に頭が働いたからではない。本能的に逃げ出したのだ。




妹が誕生まで残り少なったがまだ彼は魔王の城に閉じこもっていた。逃げ出してはいなかった。食事は一応運ばれてくる。

彼は、一度でもいいから実の妹の顔を見てからこの城を出ようと思っていた。



そして、妹が生まれる前夜。



魔王は、転生人に、為す術もなく、殺された。

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