第9話
言いたいことを正直に言うということは、一種の才能だと思う。周囲の顔色を窺って発言を遠慮する人が多い日本では、その能力は貴重である。吉野さんはそのうちの一人だったのだろう。だから周囲に目をつけられたのだ。
それは行動だけに限らず、趣味嗜好が周囲と外れていても同じことが起こる。島村さんがその一人だ。
「だから惹かれ合ったのかもしれないね。二人ともマイナーな人種だったし」
継音さんは冷たい麦茶を飲みながら言う。
事件解決の翌日、手持無沙汰となった継音さんは涼しい部屋でゴロゴロと寛ぎ、ボクは家事に勤しんでいた。
「こんな田舎の小さな中学校で、自分と似た人を見つけるのって難しいからねー」
「……そうですね」
少数派は肩身の狭い思いを抱く。だから吉野さんは学校に居場所を求めず外に出た。島村さんはばれないように隠していた。
二人の根底は、ボクが都会に出たいという想いと同じだった。
「居場所をつくれないから他に求めるってのは、当然のことですから」
「そうね。けど見つけれたのなら良い方よ。中にはそれが見つけられないどころか、諦めて探そうとしないのもいるから」
「ご自身のことですか?」
「……言わないでよ」
継音さんは溜息を吐く。
「懐かしいわぁ……陰気だの暗いだの、あだ名は貞子だったかしら……。そんなふうに陰で言われててね……。両親も暗くてじめじめした私を嫌ってて、どこにも居場所が無かったわぁ……」
「……ずっとそんな生活だったんですか?」
「大学に入るまではね。大学では師匠と知り合ったから呪い屋になれたけど、会えなかったら今頃ニートだったかもしれない……。いや確実にニートだわ。ひきニート」
余程酷い環境だったということが窺える。ありがとう、出会ったこともない師匠さん。
「けどいじめは大丈夫ですか? あの人たちに立ち向かえるのでしょうか」
今回の件で島村さんの問題は解決したが、その切っ掛けとなるいじめはまだ終わっていない。いじめが無くならない限り、同じことが起こる可能性も考えられる。ボクが教師に報告しておくべきだろうか。
「それについても大丈夫よ。島村ちゃんにおまじないをかけておいたから」
「おまじない?」
「うん。いじめようとしても、その直前に怖くなっていじめられなくなるおまじないよ」
「そんな便利なのがあるんですね」
どうやらその後のフォローもしていたようだ。さすが、仕事の時だけは働き者なだけはある。
「島村ちゃんには吉野ちゃんが憑いてるからね。何かしようとしたら吉野ちゃんが何とかしてくれるよ」
「……成仏してないんですか?」
「うん。現世を満喫したらあの世に行くってさ。ま、少なくとも卒業するまでは憑りついてるから安心ね」
「おまじないじゃなくて呪いじゃないですか……」
「良いじゃん。ほら、おまじないも呪いも同じ字でしょ。たいして変わらないわよ」
「心象的にはかなり違いますよ」
吉野さんのような元が人間の呪霊は意思を持ち、生者との意思疎通が可能である。その呪霊が危害を与えないと判断すれば、他の浮遊霊と同じように成仏させるタイミングは呪霊の意思を尊重している。
今の吉野さんは、呪霊の力が使える浮遊霊のような扱いだ。だから継音さんは彼女を除霊しなかった。
もちろん人に危害を与えるようなことをすれば除霊の対象となるが、その心配は無いそうだった。
「もともといじめっ子を相手にしてなかったからね。せいぜい追い返すくらいのことしかしないでしょ」
「そういうことなら……」
継音さんの判断に任せよう。そう判断して、ボクは家事を続行する。
そうして洋館で過ごしていると、窓からネネが帰って来た。しかもその口には手紙を咥えていた。
「島村からの手紙だ。お前らに渡してくれってよ」
手紙は二通あった。一つは継音さん宛で、もう一つはボク宛だった。
継音さんは手紙を読み始めるとくすりと笑う。
「手紙も意外と悪くないものね」
ボクも手紙を開けて読み始める。書いてくれたのは島村さんかと思ったが、差出人を見ると吉野さんの名前があった。どうやらまた島村さんの身体を借りて書いていたようだ。
手紙には無断で身体を借りたことに対する謝罪と、話す機会をくれたことへの感謝の気持ちが書かれていた。意外と律儀な性格だったことに、くすりと笑ってしまう。
そして最後に書かれている内容を見て、ボクは継音さんに話しかけた。
「継音さん」
「なに?」
「写真ってなんですか?」
途端に、継音さんの表情が固まった。手紙には吉野さんがボクに憑りついたとき、お願いを聞く代わりにボクに色んな格好をさせて写真を撮ったということが書かれていた。当然、ボクはそんな話を継音さんから聞いていない。
継音さんはボクと目を合わせず、「なんのことかな~」ととぼけている。
「あぁ、なんか最近パソコンの前に張り付いてんなーと思ったら、それだったのか」
しかし、ネネの告げ口により証拠が挙がる。継音さんはキッとネネを睨んだが、その態度がより真実味を帯びさせた。
ボクは一つ息を吐いてネネに言う。
「ネネ」
「なんだ?」
「高級キャットフード買ってあげるから、パソコンを壊してくれない?」
「任せろ」
数分後、洋館に継音さんの叫び声が響いた。
呪いと青春と嘘吐きと しき @ryokyo8
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。呪いと青春と嘘吐きとの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます