第8話

「じゃあ、始めましょうか」


 外が真っ暗な時間になると継音さんが言った。仕事場には継音さんとネネとボク、そして島村さんが来ている。島村さんは緊張しているのか、顔が強張っていた。

 だけどボクも同じように緊張していた。これからまたあの呪霊に憑りつかれるのだ。不安が無いわけがない。


「二人ともそんなに怖がらなくていいよ。私が居るから万が一のことは無いから」


 普段は頼りない大人だけど、仕事中だけは誰よりも優れた呪い屋の継音さん。彼女の言葉に少しだけ緊張が和らぐ。

 だが、それを知らない島村さんの表情は硬いままだ。


「だ、大丈夫なんですか……。ここに呪霊を呼びだすなんて……」


 島村さんには事前に説明していた。ここに呪霊を呼びだすことと、その解決のために島村さんに協力してもらうことを。

 万が一のことが起こらないように十分な準備をしていることを伝えてもいたが、それでも島村さんの緊張を解くには至らなかったようだ。


「まぁ慌てることないから、ちょっとお話でもしよっか」


 島村さんは肯定も否定もしない。だが継音さんはかまわず話を始めた。


「今回の呪霊なんだけど、元々島村ちゃんに危害を加えるつもりは無かったんだよ」

「……え?」


 呆気にとられる島村さんをよそに、継音さんは話を続けた。


「あの呪霊がしたかったことは、島村ちゃんに手紙を読んでもらいたかっただけ。けど島村ちゃんが一通も読まなかったから、送り続けていただけなの。実際に、それ以外では被害は無かったんでしょ?」


 継音さんの言う通り、呪霊がやったことは人の身体を乗っ取って動かしていただけだ。危険な行為をしたことは無い。

 だがそれに納得していないのか、「けど」と島村さんが答える。


「最初の手紙に『お前を呪ってやる』って書かれてました。あんなことを書いていたのに……」

「あれは違うの」

「違うって……?」

「最初の手紙は呪霊が書いたものじゃないのよ」


 島村さんが大きく目を見開いていた。驚くのも無理はない。ボクも最初に聞いた時は同じ反応だった。


「じゃ、じゃあ誰が書いたんですか?」

「クラスメイトよ。あなた、いじめられてるんでしょ?」


 最初に送られた手紙は教室にあり、それ以降は自室に届けられていた。最初は気にも留めなかったことだが、そういう理由なら納得はできる。クラスメイトは教室には入れるけど、島村さんの自室には入れない。


「最初の標的は吉野ちゃんだった。けど吉野さんはいじめられても気にしていなかった。それがつまらなかったから標的を吉野ちゃんと仲が良かったあなたに変えたけど、吉野ちゃんが守っていたから手が出なかった。それも吉野ちゃんが死んじゃう前の話だけどね」

「ど、どうして―――」

「何でそんなことを知ってるか? そりゃあ聞いたからよ」

「聞いたって……誰にですか?」

「吉野ちゃんよ」


 継音さんは死者の名前を出した。それを聞いて、島村さんは声を出さずに驚いている。

 死人に口なし。死んでしまえば何も言えない。

 だがそれは、霊が見えなければの話だ。


「あなたに手紙を送っていたのは、吉野ちゃんなのよ」

「け、けど吉野さんは死んでて……」

「うん。だからあなたの身体を借りて手紙を書いていたわけ。相性が良かったら身体を乗っ取れるのよ」

「……」


 島村さんは口を閉じ、怯えているかのような悲愴な顔を見せている。

 にもかかわらず、継音さんは話を続けた。


「吉野ちゃんはあなたに伝えたいことがあった。だから手紙を書いてたけどあなたは全く読まなかった。だからユズちゃんの身体を借りて私に話を持ち掛けたの。どうかあなたと話をするチャンスを下さいってね」

「じゃあこの呪陣は吉野さんと話をするために用意したんですね」

「そういうこと。これがあれば長い間身体を貸していても悪影響は出ないわ。その間ユズちゃんの意識は無いけど」


 意識が無いのは怖いが、そういう理由なら仕方がない。近くには継音さんもいるから危険なことになならないだろう。

 しかしボクが覚悟を決めた一方で、島村さんは未だに顔をこわばらせていた。


「本当に大丈夫なんですか? その幽霊は本当に吉野さんなんですか? 人違いなんじゃ……」

「間違いないわよ。万が一違っていてもすぐに除霊できるから、二人に危険は無いわ」

「ユズさんの身体を借りて何かしてきたりとかは……」

「それも平気。この呪陣の中に居たら何かされる前に動きを止めれるから」

「け、けど……」

「島村ちゃん」


 継音さんが島村さんの言葉を遮った。


「あなたは後悔してるのかもしれないけど、する必要ないのよ」

「え……?」

「吉野ちゃんが死んだとき、あなたは一緒に居た。けどあれは事故で、あなたにはどうしようもできなかったことなの。吉野ちゃんはそれをちゃんと理解してるわ」

「……違う。私のせいで……私が、一緒に帰りたいって言ったから―――」


 島村さんは後悔を口にする。目には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだった。


「だから私は、吉野さんに呪われても仕方ないんです」


 吉野さんの生への執着と、島村さんの後悔。これらの想いにより、本来ならただの浮遊霊になるはずだった吉野さんの霊は呪霊と化していた。

 だが呪う対象が居ない呪霊は誰にでも憑りつくことは無い。だから吉野さんはやり残したことをやろうとした。

 それが、島村さんへの手紙だった。


「だったら、それを受け止めないといけないわ」


 継音さんは告げる。島村さんがずっと避けていたことをさせるように。


「あなたのせいで吉野ちゃんが死んだというのなら、その責任を果たすべきよ。どんな想いも呪いも受け止めなさい。そうしないと次へ行けないの」

「つぎ、って……」

「あなたが明日に進むために。吉野ちゃんが次の人生を謳歌するために。今ここで終わらせるべきなの」

「次の人生……」


 島村さんは涙を拭うと、じっと継音さんを見た。

 眼にはまだ涙が浮かんでいる。だがその目からは、強い決意を感じ取れた。


「お話をさせてください」


 継音さんはボクに視線を送る。ボクはこくりと頷いた。


「じゃあ、始めるわよ」


 継音さんは力を使う。間もなくしてボクの意識が混濁し始めた。

 そしてボクが何時間後かに目が覚めたときには、全てが終わっていた。


「ありがとうございました」


 彼女が帰るとき、ボクは初めて彼女の笑顔を見た。

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