第7話

 放課後になると、校舎に残る生徒は少なくなる。残っているのは部活動の生徒や、友人たちとだらだらと会話する生徒だけでそれらは少数だ。ほとんどの教室には人気がなくなり、島村さんの教室もその一つだった。

 ボクとネネは島村さんの教室に訪れた。皆帰宅しているようで、教室には誰も残っていない。お陰でボクとネネは特に怪しまれることなく教室へと入れた。

 島村さんの席にネネが近づく。机に飛び乗ってから教室全体を見渡すと、ふんふんと意味ありげに頷いた。


「何か分かった?」

「あぁ」


 ネネは得意げな顔で言った。


「何も分からないことが分かった」


 ボクはネネに近寄って頬を掴み、それを左右に引っ張った。意外と伸びた。


「だったら思わせぶりな態度しないでよ。期待したじゃない」

「そりゃ悪いことしたにゃ。だがホントのことなんだにゃ」

「語尾に『にゃ』をつけなくていいから、真面目にして」

「真面目だにゃ」

「……」

「痛い痛い痛い!」


 ネネが痛がったところでボクは手を放す。「まったく……動物虐待で訴えるぞ」とぼやきながら、ネネは前足で頬をさすった。


「弁護士雇うお金なんてないでしょ。それよりも、何も分からないって本当?」


 確認をとると、ネネが「そうだよ」と肯定する。


「驚くのも無理はないけど事実だ。ここでは呪霊が力を使ってなければ、呪霊が来た痕跡も無い。完全に振り出しだな」


 ネネは残念そうに溜息を吐いた。

 ボクたちの予想では、呪霊が発生した原因は島村さんにあると思っていた。その切っ掛けは、昼休みに見た光景にある。

 島村叶恵はいじめられている。呪霊が生まれた原因はそれにあると考えた。誰か島村さんに恨みのある人物によるものか、山木さんのように自分自身を呪ったものだと。

 だがその予測は外れた。もし当たっていたら、いじめが起こっているこの教室に呪霊が力を使っているからだ。

 ネネの言う通り、振り出しに戻ってしまった。


「いじめは関係ないのか。じゃあいったい何が原因なんだろう……」

「いや、それは関係あると思うぞ」


 ネネがボクの考えを否定した。


「……けど痕跡は無いんでしょ?」

「あぁ。だがいじめとあの呪霊は無関係とは思えない。いじめが始まったのは吉野が死んだ二日後、手紙が届き始めた日と同じだ」

「偶然じゃないの?」

「それだけじゃないぞ。島村をいじめてたやつらは、吉野もいじめていたようだ」


 次々とネネが新情報を開示する。あまりにも遅い情報提供に苛立ちを覚えた。


「そんなことどこで知ったの?」

「あいつらの会話を盗み聞ぎしただけだ。まぁ吉野の方はいじめられてもほとんど意味無かったみたいだがな。無視されてたらしい」

「そういう大事なことは早く教えてよ」

「言うタイミングが無かったからな」


 屋上に呼び出したときに言えばいいじゃないか。そう言おうとしたがグッと我慢する。朝のように躱されるだけだ。それにここで口論しても意味が無い。相談解決が優先だ。


「じゃああの呪霊は何で生まれたんだろう。手紙を書いたり、ボクに憑りついたり……何が目的なんだろう」

「……憑りついたってどういうことだ?」


 今度はネネがボクに尋ねた。そういえば言ってなかった。

 ボクはネネが去った後のことを話した。するとネネは「はぁ」と溜め息を吐いた。


「そういうことは早く言え。大事な事だろ」

「聞かれなかったし。言うタイミングも無かったしね」

「……そうかい」


 ネネは机から下りて出て行こうとする。


「どこに行くの?」


 ボクが呼び止めると「帰る」と返してきた。


「ここで口論するより継音の所に帰った方が早い」

「けど、まだ調べたらどこかに痕跡があるかもしれないよ」

「あいつが言ったんだろ? 後は場を整えたら終わりだって。じゃあやることはねぇよ」


 そして、ネネは断言した。


「もうあいつには、この件の全貌が見えてるからな」




「おかえり。ちょっと手伝ってくれない?」


 洋館に戻ると、継音さんが家具を移動していた。いつも使っているテーブルを端に寄せ、ソファーも動かそうとしている。ボクは鞄を置いてすぐに手を貸した。

 ソファーを部屋の端に置くと、一仕事終えた継音さんはソファーに寝転がった。


「何で移動させたんですか?」

「んー……その前に休ませて……」


 肉体労働をしたせいか、かなり疲れているようだ。ボクは継音さんが動けないうちに着替えに隣室へ向かう。

 いつもの服に着替えて仕事部屋に戻ると、継音さんは相変わらずソファーに寝転がっていた。


「コーヒーでも入れましょうか?」

「……麦茶が良い」


 ボクは台所に行き、コップに麦茶を淹れる。それを継音さんに渡すと、彼女はごくごくと飲み始めた。飲み終わると「ぷはっー」と満足した表情を見せた。


「疲れた後には冷たいやつよねー。生き返る~」

「それは良かったですね」

「うん。……さてと」


 継音さんは立ち上がり、さっきまでソファーを置いていた場所に移動する。そこで彼女はチョークを取り出し、床に何やら文字や図形を描き始めた。


「何してるんですか?」

「《呪陣》だよ。これが無いと疲れるんだよねー」


 継音さんが描いたのは、漫画やゲームでよく見る魔法陣みたいなものだった。これの中で呪術を使えば、効果を高められるらしい。

 だが気になるのは、なぜこんなものを描いているのかということだ。


「いったい何に使うんですか?」

「呪術を使うために決まってるじゃない」


 継音さんは平然と言う。たしかに呪陣を使う理由は他には無いが、なぜこのタイミングなんだ。

 疑問を抱くボクに、継音さんが話を続ける。


「今回の事件を解決するには、私だけじゃなくてユズちゃんや島村ちゃんの協力も必要だからね。そのサポートのためにあった方が良いんだよ」

「……ボクたちのために用意してるってことですか」

「そういうこと。これがあれば何事もなく解決できるよ」


 自信満々に継音さんが言う。仕事の時はやはり真面目だ。私生活にも少しくらいこの真面目さがあればいいのに。


「島村ちゃんに夜に来るように伝えたから、それまでは待機ね」

「分かりました。けど何の呪術を使うんですか? ボクたちのために必要ということですけど」

「なぁに、たいしたことじゃないから」


 そして継音さんは気軽に言った。


「ちょっと操られて貰うだけだから」

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