第5話

 目を覚ますと、洋館の仕事場の光景が目に入った。視界にはテーブルとソファーがある。状況的に、ボクはソファーで寝ていたことに気づいた。

 起き上がろうとしたときに、下半身の方から人の気配を察した。変態オヤジのような気持ち悪い視線を感じる。正体を掴もうと、ボクは体をなるべく動かさずに視線を動かす。

 視線の先には継音さんが居た。継音さんは位置や体勢を何度も変えながら、ボクのスカートの中を覗こうとしていた。その表情は興奮した変質者そのもので、その行為は変態同然だった。

 継音さんは辛抱できなくなって、ボクのスカートに手を伸ばす。流石に中を見られるのは勘弁だ。継音さんを変態にもしたくない。……いや、元々かな。

 ボクは目を瞑って、わざとらしくならないように体を動かす。継音さんが驚いて手を引く気配を察してから、今起きたかのように目を開けた。


「あ、おはようございます。継音さん」

「お、おおおおおはようユズちゃん! 元気かな?」


 継音さんは全く動揺を隠せていない。寝惚けているふりをして気づかないことにしよう。

 ボクが体を起こして座り直す。そのとき身体に妙な感覚があった。手足が妙に痺れて動かしづらい。正座をして足が痺れたような感覚が四肢にあった。

 意識を集中しながら手足を動かして、やっと座り直す。その様子を見て察したのか継音さんが「あっ」と声を出す。


「もしかして体痺れてる? 正座したときみたいに」

「はい。手足がけっこう痺れてます」

「ふーん……フヒ」


 なぜか継音さんがにんまりと笑う。その笑みに嫌な予感を察した。


「えいっ」


 継音さんはボクの太腿を突く。その直後、言い表せないような感覚が体全体に広がった。その感覚に耐え切れず、「んっ」と嬌声のような声を出してしまった。

 恥ずかしい声を出してしまったことに気づき、すぐに口を塞ぐ。だがやはり聞かれていたようで、継音さんは意地悪な笑みを浮かべていた。


「えいっ、えいっ、えいっ」


 調子に乗った継音さんがボクの体のあちこちをつつく。その度に体に電流が走り、嬌声が出るほどに身悶えてしまう。反抗したくても、それができないほどの痺れが体を襲っていた。


「ちょ、ちょっと、あっ、や、やめて、んっ、つぐね、さんっ」


 荒い息を出しながら、止めてもらうように懇願する。


「ほらほらほら。どうしたどうしたユズちゃーん。女の子みたいなイヤらしい声を出してさぁあぁ。見た目だけじゃなくて中身も女の子になっちゃう~?」


 だが継音さんは、ますます調子に乗って攻め立てた。その姿は弱点を執拗に攻撃する悪役のようだ。ボクは弱味を握っても無かったことにしてあげたのに!

 継音さんのテンションが上がるとともに、ボクの怒りのボルテージも上がる。ボクは声を上げてしまいながらも、反撃の時を待つ。

 時間が経つとともに徐々に体の痺れが弱まってくる。だがそれを察せられないように、ボクは演技で声を上げる。継音さんはそれに気づかずに突き続ける。

 そして十全に体の感覚が戻ると、ボクは継音さんの腕を掴んだ。


「……え?」


 呆気にとられる継音さんをソファーの上に引き倒す。継音さんの方がボクより背は高いが、意表を突いたお陰で難なく成功する。未だに状況を理解しきれない継音さんの上に乗り、動きを封じ込める。

 体の感覚が戻った数秒後、継音さんはソファーで仰向けに倒れ、ボクはその上に乗っていた。形勢逆転だ。

 荒くなった息を整いながら、ボクは継音さんを見下ろした。


「さて、と……何か言いたいことはありますか?」


 継音さんはぎこちなく笑う。


「ご、ごめんなさい」


 ボクは笑い返した。


「もちろん許します。同じことをやり返した後でね」


 数秒後、洋館に継音さんの汚い悲鳴が響いていた。




「それで、なにが起こったんですか?」


 ボクは何事もなかったかのように継音さんに訊ねた。継音さんも平然とした様子でコーヒーを飲んでいて、ボクが質問をするとコーヒーを置いた。


「何がっていうのは、ユズちゃんの話かな」

「はい。ボクの身に起こった事です」


 少し前、ボクは洋館に向かっていた。だがネネと別れた後からの記憶が無く、起きたときには洋館のソファーで寝ていた。当然、その間の記憶は無い。ボクの身に何かが起こったことは明白だが、その何かの正体が分からなかった。

 しかし継音さんは別だ。継音さんは洋館の中に居た。そのとき意識のないボクの様子を見ていたはずだ。そして呪い屋の継音さんなら、ボクの身に起きたことが分かるだろう。

 期待を寄せた眼差しで継音さんを見つめる。すると継音さんは「うん」と頷いた。


「知ってるよ。何が起きたのか。それの原因も」


 やはり、継音さんはボクの期待を裏切らなかった。

 さらに継音さんは、ボクが聞き出す前に当時の状況を話し始める。


「徹夜明けでそろそろ寝よっかなって思った時だったね。呼び鈴が鳴ったから出て行ったらユズちゃんが居たのよ。いつもなら普通に入って来るから変だな思ったんだけど、その理由がすぐに分かった」

「なんだったんですか?」

「呪霊に身体を乗っ取られていたの。体が痺れていたのもその影響なんだ」


 継音さんは平然と言い切った。対してボクは動揺して言葉が出なかった。

 呪霊に乗っ取られていた? そんなことがあるのか。


「別におかしいことじゃないのよ。呪霊の中にはそういうのが得意な奴がいて、同じように乗っ取られやすい人もいるの。それにユズちゃんが該当していたって話」

「該当って……どんな人なんですか」

「霊感があるか、その呪霊と波長が合う人。ユズちゃんは両方に該当してたっぽいね。すっごく自由に動かれてたからさ」


 どうやら乗っ取るのにも相性があるらしく、相性が悪ければ不自然な動きになるが、良ければ生きてる人間と同じように動ける上に表情も変えられるとのことだ。ボクとその呪霊は相性が良かったらしい。


「あまりの違和感の無さに最初は驚いちゃったね。あそこまで見事に乗っ取られてた人は今までにいなかったからさ。もうほんっと自然に喋るの。今までは体を動かすことしかできない例しか見なかったからね。だからどこまで動かせるのか気になってね、調べるために家に上げたわけよ。どこまで動けるのか、表情も変えれるのか。あとはユズちゃんの記憶を引き継いでるのかなーって。その辺は聞いた通りでさ。体は自由に動かせたみたいだけど、記憶とかはさすがに共有できないみたい。やっぱ師匠の言ってたことは正しかったんだなって再確認できたよ」


 継音さんはその時の様子を嬉々として語る。その姿が心の底から楽しんでいたようだったので、ボクは口を挟めずただ聞いていた。人が乗っ取られていたというのに、なんて呑気な人なんだ。……もともとこんな人か。

 そしてひと通り語り終えた継音さんは、一息ついてコーヒーを飲む。


「ま、想定外のこともあったけどさ、楽しめたし良い気分転換になったよ。お陰で今回の相談も解決できそうだし、万々歳かな」

「……解決って、どういうことですか?」


 流石に聞き逃せない言葉が出てきたので問い質した。

 継音さんは、「うん」と頷く。


「ユズちゃんの身体を乗っ取っていた呪霊が、島村ちゃんに起こった現象を引き起こしていた呪霊なのよ」

「同一犯だったんですね」

「そう。で、色々とお話ししたのよ。呪霊になっちゃった切っ掛けとか目的とか。あとユズちゃんにも伝言を残してた」

「伝言ですか?」

「うん。身体を勝手に乗っ取っちゃってごめんって。あと手紙は処分しといたって」


 ボクは鞄を開ける。鞄の中には昨夜操られていた島村さんが書いた手紙が入っていたはずだが、それは無くなっていた。先に読んでおくべきだったか。

 ボクが後悔していると、「大丈夫よ」と継音さんが言う。


「手紙の内容はもうどうでもよくなったから。あとは場を整えれば今回の相談事は終わりそうだし。だからユズちゃんもそろそろ行ってもいいよ」

「どこにですか?」

「どこって……」


 継音さんは部屋の時計を指差した。


「そろそろ出ないと遅刻するんじゃないの? 学校」

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