第3話

 島村さんの家に着いたのは夜だった。辺りはすっかり暗くなっており、周囲の住宅からは楽しそうな声が聞こえる。家族が楽しそうに笑う声だ。

 ボクは島村さんの家のチャイムを押す。数秒ほど経つと玄関が開き、島村さんが出てきた。彼女は私服に着替えていた。


「い、いらっしゃい……」


 小さな声でボクを出迎える。ボクは家に入ると、リビングに居た彼女の両親に挨拶をした。


「ご飯もお風呂も要らないの?」


 島村さんの親が、彼女に事前に伝えていたことを確認してくる。ボクは「はい」と肯定した。


「今日は勉強しに来たので、勉強に集中できるように先に済ませてきました」


 ボクが男だとばれる可能性があるのは会話と入浴時。これらの危機を回避するために、先に終わらせておくことにした。

 挨拶をほどほどにして島村さんの自室に向かう。案内された部屋は、ボクの想像とは少し外れていた。

 大きな本棚には小説と図鑑が並んでいる。小説は見たことのないタイトルの物が多く、図鑑は爬虫類や植物の本がある。壁際には水槽や花瓶が置かれており、水槽の中にはトカゲやヘビといった爬虫類が入っている。年頃の女子にしては珍しい部屋だ。


「珍しいですよね」


 爬虫類に見入っていたため、ボクは不意を突かれたかのように驚き、思わず「あ、うん」と肯定していた。

 だが島村さんは、気を悪くした様子は無かった。


「大丈夫です。わたしの趣味がずれてるってことくらい、自覚してます」


 自嘲気味に島村さんは言う。


「昔からそうなんです。みんなが流行に乗ってるのに、わたしが好きになるのはそうじゃないものなんです。直木賞作家より無名作家。犬や猫よりもヘビ。メジャーなものよりもマイナーなものの方に惹かれちゃうんですよ」

「好きなものくらい自由にすればいいよ」

「そうもいきませんよ。クラスメイトと話が合いませんし、目をつけられるんです。なんかかっこつけてるとか、バカにしてんのとか。そんなつもり、全くないんですけどね」


 出る杭は打たれる。どこかで聞いた言葉を思い出していた。


「だから隠してたんです。買い物は通販で済ませたりとか、話を合わせるために勉強したり」


 異物は排除される。島村さんの周囲ではそれが顕著なようだ。人とは違うことや変わったことをすると咎められ、最悪の場合は糾弾される。

 仲間外れにされて独りになると、学校では過ごしにくくなるだろう。除け者にされたり、無視されたり、果てはいじめられたり。

 だから島村さんは、他人とは異なる個性を隠していた。本来の趣味や嗜好を隠し、大衆に人気なものを学ぶ。そうして、独りにならないように努力をしてきた。

 吉野麗香のクラスメイトになるまでは。


「けど吉野さんは、わたしと真逆でした。彼女は自分の考えを大事にしてて、皆に合わせて意見を曲げたり、納得しないことは絶対にしない人でした。だからクラスではいつも独りだったんですけど、そんなことも気にせず堂々としてて、すごいなって思ってて……」

「憧れてたの?」

「そう、ですね。同い年なんですけど、そうとは思えないほどかっこよくて……見た目は不良っぽいんですけどね、それがまたアウトローな感じがして良くて……服もわたしみたいにちゃんと着ていないんですけど、上手く着こなしてるから同じ制服とは思えないくらいかっこよくて様になってるんです。それに……」


 最初の大人しい印象が嘘だったかのように、島村さんはペラペラと話し続ける。好きなもののことになると饒舌になるタイプのようだ。そして話を聞いていると、噂から作った吉野さんへの人物像が少し変わっていた。

 噂では教師が手に付けられない不良だと聞いていた。だが授業をよくサボることは間違っていないが、それ以外で素行が悪い点は無いそうだ。教師と言い合うことはあるがそれはただの会話で、吉野さんの態度の悪さから険悪な雰囲気に見られるだけだった。そしてサボっている時間は、ファッションデザイナーになるという夢を叶えるための勉強に充てているらしい。

 話を聞き終わった後、彼女の印象は少々自分勝手な女子生徒へと変わっていた。加えて、島村さんへの印象もだ。


「島村さんは、吉野さんのことが好きなんだね」

「……え! あの……その……」


 途端に、島村さんが言葉を詰まらせる。顔を赤くし、恥ずかしがって俯いた。

 何かと目立つ振る舞いが多いやんちゃな吉野さんと違って、島村さんは物静かで大人しく、対照的な二人だ。だが島村さんは吉野さんのことに詳しくて、しかも好意を持っている。彼女のことになると饒舌に話し、肯定的になる。

 その理由が、ただの憧れてただけの関係じゃなかったを察していた。

 島村さんは顔を伏せたまま、「はい」と答えた。


「最初はおっかなそうで避けてました。けどちょっとしたきっかけで話しかけられて、そしたら良い人だって分かったんです。それから何度も話をしてたら仲良くなって……」


 先程の嬉々として語っていた時と違い、今度は徐々に声が小さくなる。身体を小さくし、何かに怯えるように体が震えていた。


「島村さん?」


 気になって声を掛けると、島村さんはハッと顔を上げた。


「あ、その……お風呂、入ってきます!」


 突然彼女は慌てだし、バタバタしたまま逃げるように部屋を出る。その様子はまるで都合の悪いことから逃げるような態度だった。

 一人部屋に残された僕は、部屋にある唯一の窓に近づいて外を見る。窓の下の屋根にはネネが居た。ボクは窓を開けてネネを部屋に招き入れた。


「外から見た様子はどうだった?」


 ボクの質問にネネは「それなりだな」と答える。


「浮遊霊が何体かいるだけで呪霊はいない。だが痕跡は残っている。今日か明日にでも来るだろ」

「また手紙を置きに来るってこと?」

「そうだな。呪霊は日中はふらふらとしてて、深夜にここに来るみたいだ。呪霊にしては珍しいタイプだ」

「人か場所に憑いてることが多いんだよね」


 呪霊は人の想いで生まれる以上、対象が存在する。それは人だったり場所だったり、特別な思いがあるものだ。だから呪霊はその対象から離れることは無い。

 ネネは「あぁ」と肯定した。


「今回の呪霊は変だ。呪われていない、曰く付きの建物に住んでるわけでもない。だけどあいつは呪霊に目をつけられている」

「危険なの?」

「それも分からない。強い霊力は持って無さそうだが、弱そうにも思えない。油断はできない相手だな」

「そっか……」


 前回の山木さんの呪霊はネネでも対処できた。だがそれができたのは、事前に継音さんが強さを確認できていたお陰でもある。強さを知っていたからこそ、ネネは対抗することができた。

 今回はそれが分からない。継音さんが見たわけではないから、呪霊の強さを確認できていない。だからネネが一緒に居ても不安はあった。夜に調べると言っていたが、それよりもボク達の方に来て欲しかったのが本音だった。

 しかしボクは仕事を請け負った。受けたからにはちゃんと最後までやり遂げよう。


「じゃあ今度はこの部屋の調査だね。どこから調べようか」


 霊は物に干渉できない。だが机には手紙が置かれていた。何らかの手段を使って手紙を用意したのは明らかだ。今回の調査で探すのはその方法だった。


「手紙が残ってたらいいんだが、捨ててるんだっけ?」

「そう言ってたね」


 念のためにゴミ箱を漁る。だが調べるまでもなく、ゴミ箱には何も入ってなかった。


「次は置いてた場所かな。机だったよね」

「だが何もないな」


 島村さんの机には卓上ライトと筆記用具、参考書が数冊あるだけでおかしな点は見当たらない。ネネも調べていたが、首を横に振っていた。他の場所も調べたが、部屋には呪霊が居た痕跡が残っているだけで、それ以外におかしな点は無かった。

 呪いを使った痕跡も、推理小説のようなトリックも見つからない。だけど手紙は毎朝置かれている。


「決まりだね」


 ボクが呟くとネネが頷く。

 残った方法は一つだけだった。

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