第2話
先日、ボクの学校である生徒が話題になった。生徒の名前は吉野麗香。二年生の女子生徒だ。素行が悪くて授業をサボることがよくあり、教師からは問題視されていた生徒らしい。
そんな生徒がなぜ話題になったか。それは何らかの功績を残したとか犯罪に巻き込まれたという特別な事ではない。
彼女が死んだからだ。
死因は運転手の飲酒運転による交通事故。運転手が横断歩道を歩いている吉野さんに気づくのに遅れて轢いてしまったとのことだ。ブレーキを踏むのが遅れたうえに打ち所が悪かったため、即死したという話だ。
だから吉野麗香という人間は、今はこの世に存在しない。幽霊となったかあの世に行ったかは定かではないが、少なくとも生きてはいない。
しかし島村叶恵は、死んだはずの吉野麗香から手紙が届くと言った。
「手紙が届いたのは一週間前からです。亡くなった二日後で、学校のわたしの机に白い封筒の手紙が入っていました。差出人が封筒に書いてなくて気になって開けたら、吉野さんの名前が書かれてたんです」
一週間前といえば、ちょうど吉野さんの名前が話題になり始めた日だ。
「その日から毎日手紙が来るようになりました。家の机の上に毎日置かれてて……、明日もあるんじゃないかと思ったら怖くて眠れないんです」
「手紙にはなんて書いてあったの?」
「……全部開ける前に捨ててます。何が書いてあるのか怖くて……」
「けど一通目は開けたんでしょ。だったら読んでるはずだけど」
「……」
島村さんは黙り込んだ。図星なのだろうが、怯えてなかなか口を開かない。
だが意を決したのか、彼女は小さい声で答えてくれた。
「『お前を呪ってやる』って……書いてました」
死人からの手紙に書かれていた明確な敵意。島村さんじゃなくても怖気が立つ展開だ。ましてやそれが知人からの手紙ならどれほどの恐怖か。
案の定、島村さんの身体は震えていた。
「わたし……どうすれば、いいんでしょうか……。吉野、さんは良い人で、誰かを怨むような人じゃなかったんです。そんな人から、こんな手紙が送られて来て……」
怯えが混じった震えた声。顔を見なくても恐怖を抱いていることが察せられる。
その感情は、強く言葉に出てくるほどだった。
「わたし、死んだ方が良いんですか?」
「それで、どうするんですか?」
一通りの話を聞いて島村さんを帰した後、継音さんはソファーにもたれて天井を見ながらずっと考え込んでいた。何も言わず、ただぼうっとしているように見えていて、何の発言もない。いつもなら何らかの指示や意見を言うのだが、今回はそれが無かった。
相談事への対応は継音さんの指示で解決にあたる。ボクは対人関係でネネは調査に長けているが、呪霊や呪いに最も詳しく経験があるのが継音さんだ。普段はぐーたらニートみたいな人だが、仕事に関しては頼りになるのだ。
だから指示通りに動くのだが、いつまで経っても指示が来ない。もうじき島村さんが出てから三十分が経とうとしていた。
そんな何も言ってこない時間に我慢できずに尋ねると、継音さんは「んーとね」と話し出した。
「よく分からないのよ」
「分からない?」
継音さんは「うん」と頷いた。
「あの子に呪霊は憑いていない。呪われた痕跡もない。なのに机には手紙があって、そのうえあの子に霊気が纏わりついている。とても変な状況なのよ」
「変なんですか?」
「うん。呪霊はあの子の近くにいたみたいだけど呪われてはいない。霊気を見たらね、浮遊霊みたいに周りをちょろちょろしているだけっぽい。だから呪いでどうこうのされてるようには思えないのよ」
「呪霊が直接手紙を書いたというのは?」
「霊は無生物に干渉できない。それはどんな呪霊にも例外は無いの。霊だけにね」
なにも反応しないでいると、その空気に耐え切れずに継音さんが咳払いをした。
「と、ともかく、あの子は呪霊の影響を受けていない。だから分からないの」
「そうですか……」
呪霊に憑りつかれてなければ、呪いもかけられていない。しかし死人からの手紙は届く。まるで推理小説のような謎の展開である。呪霊が関係していたらともかく、そうでなければ継音さんの管轄外の出来事だ。
だが一応、島村さんの傍には呪霊が居た。完全に無関係とは言えなかった。
「手紙の内容も気になりますね。彼女が死んだ直後にあんな手紙を貰ったら、恐がるのも無理はありません。仲が悪かったんですかね」
「喧嘩でもしてたのかな?」
「喧嘩した恨みだけで、死後にあんな手紙を送りませんよ」
それに聞いた噂が本当なら、吉野さんはあんな内容の手紙を送るような人物とは考えられない。……いや、言えないから手紙に書いたのかな?
どちらにせよ、島村さんの話とボクが聞いた噂だけでは原因は分からない。呪霊が何もしないのも理解できない。
調査が必要だ。それは継音さんも同じ考えだった。
「じゃあこっからは調査ね。調べるのは呪霊の所在と発生原因。ユズちゃんとネネが島村ちゃんと一緒に調べてね。私は夜に動くから」
「あいよ」
「分かりました」
「場所は島村ちゃんの家。泊まりの許可を取るから後はお願いね」
「おう」
「分かりま……いやダメですよ」
ボクは男性で島村さんは女性。しかも泊まる先は彼女の家。彼女の親が許すとは思えない。
しかし継音さんは「なんで?」と首を傾げた。
「あの、ボクが男だってこと忘れてませんか?」
「…………あ」
忘れていたようだった。
「へ、へーきへーき。言わなきゃばれないってば」
「ばれたら大問題ですよ。継音さんが調べる方が良いんじゃないですか? 一応女性でしょ」
「一応って何よ。どっちみち私は無理よ」
「なんでですか?」
「だって……」
継音さんは嫌そうな顔をしながら言う。
「知らない人と二人きりとか……無理」
子供みたいな理由に言葉が出なかった。そういえばこの人は、仕事以外では碌に人と話せないほどのポンコツだった。最近はボクと普通に話せていたので忘れてた。
ボクは呆れて大きな溜め息を吐いた。
「言ってて恥ずかしくないんですか?」
「……し、仕方ないじゃん。事実だし。それに自分の欠点を理解して冷静な判断を下すのは大人の対応だし」
「仕事以外で人と話せるようになってから大人を名乗ってください」
継音さんはばつの悪そうな顔で「うぐっ」と呻く。この調子ではそんな未来の実現はまだまだ先のようだ。
だが継音さんの苦手克服を待っている時間は無い。呪霊の被害に遭っている人は今助けを求めている。もたもたしていたら手遅れになるかもしれないのだ。
あんなに怯えている少女を放っては置けない。
「分かりました。ボクが行きます。何とかばれないようにしてみますよ」
「ホントに?! じゃ、じゃあさ……」
継音さんは立ち上がって隣の部屋に向かう。そしてすぐに戻って来た。
両手に大量の服を持って。
「服はどうする? 大人し目な感じ? エロチックな感じ? パジャマも持って行った方が良いよね。いや、いっそこのギリギリまで見えないベビードールでも―――」
「……全部破っちゃって。ネネ」
「おう」
ネネが猫又になって巨大化する。継音さんの汚い悲鳴が洋館に響いたのはその直後だった。
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