第二章 死者からの手紙

第1話

「手紙なんて無くなればいいのに」


 ソファーに座っている継音さんが不意に言った。テーブルには手紙が入っていた封筒と、砂糖がたっぷり入ったコーヒーが置かれている。

 継音さんの手には封筒に入っていた手紙があり、不満顔でぶつぶつと呟いていた。


「こんなことをわざわざ手紙で伝えるなんて、師匠は何考えてるの……。メールでいいじゃん」


 どうやら手紙には面白くないことが書かれているようだ。察して、ボクは口を挟まずに掃除を続けた。

 季節は夏。蒸し暑い日々が続いており、歩いているだけでも汗をかく気候である。継音さんはもちろん、ボクでも外に出たくないほどだ。そんな夏らしい気候だが、部屋の中はクーラーが効いているため動きやすかった。

 だが呪いの被害者を探すネネは、会社の営業マンのごとく外を歩き回っている。ここ最近は洋館に帰って来るとすぐに水を飲みに行く。暑い外で頑張るネネのためにも、冷たい水は用意しておこう。


「紙の無駄、インクの無駄、運送料の無駄。手紙なんてめんどくさいだけじゃん。無くていいじゃん、無くて。そう思わない?」


 とうとうボクに意見を求めてきた。面倒なので「そうですね」と適当に返事をした。

 すると継音さんは気を良くして、「でしょ」と嬉しそうに言った。


「昔と違って今はIT化が進んでるんだからさ、全部メールにすればいいのよ。年賀状も無くしてさ、ペーパーレス化を促進すべきなのよ。そうすれば資源の節約、配達の人件費削減ができてみんな嬉しくなるわけ。どうせなら新聞も無くしちゃえばいいわね。今どきニュースなんてネットでも見れるんだからさ、あんなの無駄の中の無駄よ。それなのに年寄りは未だに新聞とか年賀状とか買っちゃってさ。ああいうのが文明化を遅らせちゃってるのよ」


 極論を調子良く語る継音さんは、とても機嫌が良さそうだった。言ってることは賢そうに振る舞う中学生と同じような内容だけど。

 とは考えるものの、ボクも継音さんの言い分を強く否定できない。全てを電子化するというのにはいささか抵抗感はあるが、次第にそうなっていくのではないかと思っている。

 自宅では新聞を取っているためたまに目を通すが、基本的な情報収集源はネットだ。スマホで手軽に読めるうえ、欲しい情報を探すのが楽だからだ。

 手紙に至っては書いたことが無い。連絡はLINEを使えばすぐにできる。わざわざ手紙を書く必要は無い。

 使う機会があるとすれば……。


「そういえば継音さんって、ラブレター貰ったことありますか?」


 なんとなくで聞いたつもりだった。ただの話題作りで、それ以外に他意はない。

 だが機嫌良く話していた継音さんは、突如表情を一変させた。


「は?」


 瞳孔を開かせ、敵意の混じった声を放っている。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。


「は? なに? らぶ……なに?」

「いえ、何でもないです。忘れてください」

「なんで? 言いなよもう一度。ほら」

「……ラブレターを貰ったことはありますか?」

「ら、ぶ、れ、た、あ、だぁ~? なにそれ、なにそれ。そんなものが実在するの~?」

「実在しますよ。今でも」

「知らないよそんなもの~。私が子供の頃は一度も見たことなかったなぁ~。都市伝説でしょ、そんなもの~。ってか何でそんなことを言ったのよ~」

「話題にしようと思っただけです。先日貰ったので」

「なるほどねー。私にマウント取ろうとしたのかー。へぇ~、良い性格してるじゃないユズちゃーん」

「そうじゃなくて……。紙を使わなくなったらラブレターも電子化するのかなーって思っただけですよ」

「無くなりまーす。ラブレターなんてものは消えちゃいまーす。滅亡しまーす」


 なにが理由でここまで捻くれてるのか分からない。だけど苛ついてきたので話を強引に進めることにした。


「けど手書きの文章って貰ったら嬉しくないですか? 手間をかけて書いてくれると気持ちがこもっている気がするんですよ。そう思いませんか?」

「ないよ。ない。嬉しくなんかない」

「それは手書きじゃないんですか?」

「手書きだけど嬉しくないことが書かれてるから」

「じゃあ年賀状はどうでしたか? 友だちから送られて来たら嬉しかったでしょ」

「喧嘩売ってんの?」

「……ごめんなさい」


 あまりの悲しさに思わず謝ってしまった。残念ながら継音さんは、手紙に関しての良い思い出が無さそうだ。一先ず、手紙の話は止めよう。

 何か別の話題が無いか考えていると、窓を鳴らす音が聞こえた。窓の外には暑そうに舌を出しているネネが居た。

 ボクはすぐに窓を開けて水を用意する。ネネの前に水が入った餌皿を置くとすぐに飲み始めた。


「どしたの? 暑さでばてちゃった?」


 ボクが尋ねてもなかなか顔を上げない。予想以上に暑さに参っていたようだ。

 十秒ほど経つとネネが「ふぅ」と息を吐く。その後に何か言おうとしたが、ほぼ同時にチャイムが鳴った。帰ってきた理由はそれだけで分かった。継音さんはテーブルに置いていた手紙を持って隣室に移動した。

 ボクはテーブルに残ったカップを片づけてから玄関へと向かう。扉を開けると見覚えのある制服を着た少女が立っていて、いきなり扉が開いたことに「え、あ」と驚いていた。

 前髪がやや長めのショートボブ。小さい体に気弱そうな表情で、学校鞄を大事そうに両手で抱えている。白のブラウスと黒色のスカートを着ており、胸元にはボクの学校の校章が縫い付けられている。同学年では見ない顔だから学年が下の生徒だ。

 彼女はおどおどした態度で俯きがちになっている。なかなか喋りそうにない雰囲気を察して、「中へどうぞ」と入るのを促す。


「け、けど……」


 臆病なのか動く様子がない。だけど彼女は呪霊の関係者だ。話を聞く必要がある。

 ボクは笑顔を作って「大丈夫です」と声を掛けた。


「ここにいる人はあなたの身に起きた現象を解決してくれます。安心してください」


 すると彼女はハッとした表情を見せた。


「分かるんですか?」

「はい。ボクたちは専門家です。ぜひ話を聞かせてください」


 やっと安心したのか、彼女は家の中に入っていく。難所を乗り越えたことに、ボクは顔に出ないように安堵した。

 仕事部屋に着いて彼女をソファーに座らせる。継音さんが来るまでの間に飲み物を用意する。外は暑いので、コーヒーではなく冷たい麦茶を差し出した。

 そうして飲み物を出した直後に、継音さんが隣の部屋から出てきた。相変わらず、普段の怠け者と同一人物とは思えないほどの変身ぶりだった。


「こんにちは。私は呪い屋の織野継音よ。あなたの名前は?」

「……」


 彼女は見惚れててぼうっとして、声を掛けられたことに気づいていない。

 継音さんは想定外の反応に少々戸惑って、「あ、あの……名前は?」と再び尋ねた。


「……あ、は、はい……し、しまむ、島村ひゃな……叶恵です」

「島村ひゃかなえ?」

「叶恵、です。ごめんなさい」


 ちゃんと言えなかったことに謝る島村さんに対し、継音さんは「あ、うん」と返事をする。予想外の反応に戸惑っているようだった。


「え、えっと……島村さんね」


 困惑していた継音さんだったが、気を取り直したのか継音さんはソファーに座って島村さんと向き合う。島村さんは硬い表情で「は、はい」と答えた。


「私は呪い屋。呪いの問題を解決する専門家なの」

「呪いの専門家……」

「そう。あなたは呪いに悩んでいる。そんなあなたをネネが見つけてここに連れてきたの」

「ほ、本当にいたんですね……」


 まるでどこかで聞いたことのあるような発言だった。継音さんも気づいたのか、眉をピクリと動かしていた。


「あら、私たちのことを知ってたの?」

「あ、いえ、さっきそこの猫ちゃんから聞いて……」


 ネネは喋れるが、普段は関係者以外にそれを教えない。教えるのは非常時くらいだ。今はそれに該当しない。

 ボクと継音さんがネネを見ると、ネネはばつの悪そうな顔をしていた。


「しゃーねぇんだよ。こいつ、ぜんっぜんオイラに付いて来ないからよ。声を掛けるしかなかったんだよ」

「ご、ごめんなさい。わたし猫苦手だから……」


 単純な理由だった。すぐに納得したボク達は話題を戻す。


「それでね、私たちはあなたの身の回りに起きた現象を解決する仕事をしてるの。それを話してくれないかしら?」


 優しい口調で継音さんが話すと、島村さんは手を強く握る。表情も怯えていて、何かに恐がっているようだ。その何かは間違いなく呪霊だ。


「大丈夫よ。必ず私たちが守ってあげる。だから話してみて」


 継音さんが続けて言うと、島村さんは顔を俯けたまま小さな声で語り出す。


「……手紙です」

「手紙?」


 聞き返すと、島村さんは頷いた。


「死んだ人から手紙が来るんです」


 手紙は無い方が良いかも。そう考えを改めていた。

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