第11話

 事件が起こった翌日、ボクはいつものように洋館に来ていた。

 仕事場のソファーでは、継音さんが仰向けになって本を読んでいる。挨拶をしてから隣の着替え用の部屋に入る。そこにはボクと継音さんの服が用意されていた。

 学校帰りのボクはそこで学ランを脱ぎ、メイド服へと着替える。女性の服に着替えるのも大分慣れた。

 仕事場に戻ると相変わらず継音さんはだらしない体勢で読書中だ。ボクはコーヒーと砂糖を用意してテーブルへと運ぶ。継音さんは寝転がったままコーヒーに砂糖を五匙入れ、同じ体勢で飲み始めた。

 あの後、山木さんは継音さんに呪いをかけられた。山木さんはボクの発言がそれほどショックだったのか、がっくりと肩を落とし、抵抗する素振りすら見せなかった。

 生徒職員たちも皆無事で、何事もなかったかのように記憶を改ざんし、事件解決へと至った。

 そして、そんな事件に携わったにもかかわらず、継音さんは普段通りに怠けた生活をしていた。


「何を読んでるんですか?」


 ボクが尋ねると、「ラノベ」と返事があった。


「なんかでかいとこの新人賞を取ったやつ」

「面白いですか?」

「少年漫画を読んでる気分」


 前の本と似たようなキャラが描かれた表紙だが、内容は好みじゃないのだろう。集中できてないのか読む速度が遅かった。


「ちょっと思い出したことがあるんですけど」


 前置きを言うと、継音さんが本から視線を外してボクを見る。


「前に継音さんが読んでいた本ですが、他の読者を見つけました」

「……誰?」

「山木さんです」


 山木さんの部屋に訪れたとき、本棚に同じ本があったのを思い出していた。あの本以外にも、継音さんが読んでいた本のいくつかが並んでいた。

 継音さんが嫌そうな顔を見せた。その顔を見て、もう一つ思ったことを口にした。


「もしかしたら、継音さんと山木さんって性格が似てるのかもしれませんね」


 それを告げると継音さんは本を手放し、天井を仰ぎながら言った。


「……言わないでよそんなことー」


 心底嫌そうな声だった。


「薄々分かってたけどさー、ユズちゃんには気づかないでほしかったなー。見逃してほしかったなー」

「自覚してたんですね」


 継音さんは長い溜息を吐いた。


「なんかさ、昔の私に似てるなーって思ったのよ。やけに自己評価とプライドが高くて、物事を達観しちゃったりするところがさ。一種の発作みたいなやつかな。思春期特有の」

「前に言ってた中二病みたいなものですか?」

「それの一種ね。完治しないまま大人になる人もいるから、中二病より厄介ね」

「継音さんもですか?」

「わ、私は完治してるし! むむむ昔の話だし!」


 必死になって取り繕う様子が怪しかったが、とりあえずこの場は聞き流した。

 継音さんの言うことに心当たりはある。昨日の学校の調査後、山木さんは急に先輩ぶった態度を取り始めた。やけに親切にしてくれたり、汽車の中では悩みを聞いてくれたり、ボクの呼び方を変えたりと。呪霊の影響もあるかもしれないが、元々そういう人だったのかもしれない。

 表面上では大人しい生徒を装い、内心は他人を下に見ていた。その裏の顔が呪霊の力により表に出てきて、今回の騒動を起こしてしまったということなのだろう。

 だが一つ、気になることがある。


「それだけで呪霊が生まれるんですか?」

「生まれないよ」


 継音さんが即座に否定した。


「確かに呪霊は人の感情で発生する。だけどね、どうしようもなく耐えがたい苦悩、憤怒、悲愴、恐怖といった負の感情が限界を超えたときだけ。ただの病気じゃ呪霊は生まれない」


 人の想いが呪霊を生む。だが無際限ではない。活性化している霊源地でも、山木さんの人格に問題があるとしても、そこに例外は無い。

 山木さんは強いストレスを感じた。それが原因で感情が高まり、呪霊を生んだのだ。


「じゃあその原因は何だったんですか?」


 再び尋ねると、継音さんは「写真」と短く答えた。


「黒板の横に写真があったんでしょ? 集合写真」

「ありましたけど……。あれがどうかしたんですか?」

「山木はどんな様子だった?」

「……変な笑顔でしたね」

「もう一枚は?」

「……あ」


 もう片方の写真を見て気がついた。何で気がつかなかったのかと思うくらいの重大な見落としだ。

 継音さんは得意げな顔で頷いていた。


「山木が居なかったんでしょ?」


 継音さんの言う通りだった。

 片方の写真には、山木さんが皆に囲まれて中央に写っていた。だがもう一枚の写真の中央には、山木さんの姿はなかった。

 最初は見落としたのかと思ったが、普通一枚撮るごとに配置を変えることはしない。

 つまりあの二枚の写真は、一枚は山木さんが居ないことに気づかずに撮ったものと、もう一枚はその後に気づいて取り直したものだったのだ。


「教師とクラスメイトの誰一人も、自分が居ないことに気づかなかった。しかも悪意があってしたことじゃなくて、素で忘れてた。あの性格なら相当ショックを受けただろうな」

「だから誰もが気づいてくれる呪霊を生んだんですね」

「そういうこと」


 継音さんはまた小説を読み始めた。


「けどそうなったのも自業自得でしょ。自分から動かなきゃ友達なんてできないのにねー。この主人公みたいにさ」

「どんなキャラですか?」

「かっこよくて優しくて、他人のために身体を張れる少年。ストーリーはたいして面白くないけど、このキャラは結構好き」

「そのキャラみたいに、山木さんはなれるんですか?」

「さぁ。けど少しは近づけるんじゃない。あの呪いをかけたんだからさ」


 にんまりと、継音さんがあの気味の悪い笑みを見せた。

 継音さんが山木さんにかけた呪いは、《束縛》。人の行動に制限をかける類の呪いだった。この呪いをかけられている間、山木さんは継音さんが課した制限の下で生活することとなる。

 その制限とは、「一日に一度、クラスメイトに話しかけないと奇声を発してしまう」というものだった。

 まるで罰ゲームみたいな呪いだが、継音さん曰く効果はあるだろうということだ。

 「蛇の道は蛇」。似た者同士で分かることがあるのだろう。継音さんの対処に任せることにしよう。

 だけど、いつまでも蛇ばかりに任せるのも申し訳ない。


「継音さん」

「なに?」


 ボクは一つ、お願いごとをした。


「おすすめのラノベを教えてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る