第7話

 ボクが継音さんの家に訪れるのは、主に学校が終わってからの夕方からだ。家族には勉強を教えてもらっているという体で、夜までここにいることを許されていた。

 だから朝から洋館で家事をするのは、朝食を作ってあげるのは初めてだった。


「やっぱり、朝もちゃんと栄養のあるものを食べないといけないね」


 ボクが作った朝食をモリモリと平らげる継音さんは、満足そうな笑みを浮かべていた。ネネもキャットフードをがつがつと口に入れる。徹夜明けだというのに食欲は落ちていないようだ。

 朝食を食べ終えた継音さんに食後のコーヒーを淹れようとしたが、「眠れなくなるからいらない」と断られた。


「で、今日の予定なんだけどね」


 ボクが食事の後片付けを終えたとき、継音さんが話し出した。


「昨日言った通り、夜には除霊に行くから。それまでは、ユズちゃんはいつも通り過ごしてて」

「普通に学校に行ってていいんですか?」

「うん。昨日の夜大丈夫なら、もう襲われる心配はないから」


 何か確信があるのか、継音さんは自信を持って答えていた。


「山木は学校では大人しくて真面目な生徒で通ってる。そんな奴が学校を休むわけがない」

「……山木さんはそうかもしれませんけど、呪詛士はどうするんですか? まだ見つけれていませんよね?」


 呪霊は山木さんに憑りついている。だから山木さんの動向に注意を向けるのは分かる。

 しかし、肝心の呪詛士の正体が分かっていない。

 今回の調査の目的は呪詛士を探し出すことだった。だが昨日、ボクが呪いをかけられたせいで調査は中断してしまった。

 呪詛士を見つけられない限り、また山木さんが呪霊に憑りつかれてしまう。それどころか危険を感じた呪詛士が、今度はボクだけじゃなく継音さんも襲うことが考えられる。

 呪霊に操られた山木さんは危険だが、事の発端である呪詛士も同じだ。見つけるまではボクらの安全は保障されない。

 そのはずなのだが、


「大丈夫。もう見つけてるから」


 まるでお目当ての店を最初から知ってたかのような調子で、継音さんは答えた。

 驚きのあまり、「へ?」と間の抜けた声を出してしまった。


「見つけてるって……もしかして昨日調べに行ってたんですか?」

「ううん。ずっとここにいたよ。襲撃に備えてゲームとかネットとか映画見たりしてずーっとここで徹夜してた」


 意外と充実した徹夜だったようだ。……じゃなくて、


「じゃあどうやって呪詛士を見つけたんですか?」


 尋ねると、「聞きたい?」と継音さんが焦らす。得意げな顔にイラッとしたが、ボクはすぐに「聞きたいです」と答えた。


「じゃあさじゃあさ、『継音様。ボクの体を好きにしていいので、どうか教えてください』って言って」

「学校に行ってきます。今日はもう来ませんので」

「冗談! 冗談だから! 話を聞いて!」


 ソファーから立ち上がったボクを継音さんが必死に止める。優位に立つとすぐ調子に乗るのも、継音さんの悪い癖だ。

 ボクが座り直すと、継音さんは落ち着きを取り戻して話し始めた。


「呪詛士の正体は、ユズちゃんの話を聞いて分かったの」

「ボクの話で?」


 ボクは目を丸くしていた。


「昨夜の時点で分かっていたなら、教えてくれたらいいのに……」

「うん。けど昨日は色々あったから、早く休ませてあげたかったんだ。ごめんね」


 そんなことを言われたら何も言い返せなくなる。


「そもそも今回の相談が持ち込まれた時は、呪霊の影響は学校だけにしか及んでなかった。だけど城央高校は《霊源地》(※《霊源》の影響を受ける地域)であるこの町から離れていて、呪霊が生まれにくい環境下にあった。だから最初、呪詛士の正体は霊源地から通う城央高校の生徒か学校関係者って考えてたんだけど、昨日の話を聞いてたらおかしいなって思ったの」

「何がおかしかったんですか?」

「一つは学校以外の場所で呪いが発動したこと。学校でしか呪いが発動しないのは、呪詛士が山木の様子を観察するためだと思ってたの。《虚飾》を憑りつかせる目的のほとんどが、被害者の錯乱っぷりを見て愉しむことだから。けど汽車の中はともかく、山木の家でも呪いは続いた。これだと呪詛士が観察できない」

「……もう一つは?」

「山木に都合が良すぎることよ。呪霊に憑りつかれてるけど被害に遭っていない。むしろちやほやされることを楽しんでいた。最初は、呪詛士は山木を持ち上げてから絶望に叩き落そうとしてるんじゃないかなって想像してたんだけど、それは無いかなって」

「その様子を観察できませんから、ですよね」

「うん。しかも取り入れようとした相手が、呪詛士の天敵である呪い屋の関係者。常識では避けるべき相手。私たちを知らない一般人の可能性はあるけど、ユズちゃんを選んだ最もな理由がある。なにか分かる?」

「……ボクらも呪うためですね」

「そういうこと。私たちも呪いの影響下に置けば、ずっと呪霊を行使できると考えたんでしょうね。フヒヒ……」


 継音さんが気味の悪い笑みを浮かべる。どこか人を小馬鹿にするような印象があった。


「浅はかな考えだけど、お陰で呪詛士が特定できた。山木にとって都合の良い呪いばかりを発動し、ユズちゃんが呪い屋の人間だということを知っている、この町の城央高校関係者」


 昨日の夜から気になっていることがあった。

 なぜ継音さんは、「山木くん」から「山木」と呼び方を変えたのか。


「呪詛士は山木翔平、被害者本人よ」


 山木さんが敵だからだ。




 呪詛士が山木さんだと分かると、全ての謎が解決できた。

 ボクが呪い屋関係者だと知っているのは、相談者だから当然だ。霊源地であるこの町に住んでいるのなら、呪霊を生むのも簡単だ。呪いが山木さんにとって都合の良いのも、そういう風に呪霊を使えば良い話だ。お守りを鞄に入れ替えたのも、ボクにばれないようにお守りを自分から遠ざけるためだったからだ。


「ここに来たときに緊張してたのも当然ね。ちょっとした興味本位でネネについて来たら、自分に憑りつかせた呪霊を祓おうとする呪い屋の家だったんだもの。そしてすぐに除霊されないと知ると安心して、調査が終わるまでに何とかしようと考えてユズちゃんを狙ったのね」


 ボクを支配下に置けば、調査が滞って時間を稼げる。そしてボクを利用して、次に継音さんに呪いをかけようとしたのだろう。ボク達を支配すれば、山木さんの呪霊を除霊する者はいなくなるからだ。

 だが山木さんは、もう一人、いやもう一匹の呪い屋メンバーを甘く見ていた。


「つまりオイラのお陰ってわけだ。感謝しろよな」


 人並みの知能を持つネネがドヤ顔を披露する。彼がいなかったら、継音さんはともかくボクは確実に山木さんの手に落ちていただろう。つくづく有り難いことだ。


「ま、ネネの活躍は置いといて」


 褒めたくないのか、継音さんはネネの主張を流す。


「山木はユズちゃんの支配に失敗した。この時点で山木が考えてることは二つ。一つは私たちが山木が呪詛士であるとまだ分かってないことに賭けて、被害者のふりを続けること。二つ目は開き直って私たちと敵対すること」

「今までのことを白状して謝罪しにくる、ってことは考えてないんですね」

「かんっぜんに王様になりきってたんでしょ? あんなに呪いに嵌ってる奴が謝りに来るわけがない。もし謝って来ても、呪霊に操られたって言い訳を使う気よ」


 継音さんが経験則を語る。数々の呪詛士を見てきた人の言葉だ。重みがある。


「山木は今、私たちの出方を待っている。このまま何も聞かないでいたら、ばれてないと高をくくって別の手で襲いに来る。そして呪詛士として問い質せば……しらばっくれるだろうな。除霊をしても、またすぐに呪霊を生んで同じことを繰り返すかも」

「ボクらの動き次第で、都合の良い方を選ぶつもりなんですね」


 被害者に見せかけながら呪霊を言い様に使って呪いを振りまき、自分の理想の世界を作った。不都合が起きても責任を取らず、何事もなかったかのように振る舞い続ける。

 そのせいで、他人が被害に遭っても。


「ふざけてますね」


 山木さんは己の判断で決めず、他人任せで事を終えようとしている。他人を巻き込んで好き勝手なことをした張本人のくせに。

 無責任な様に腹が立ち、声に怒りが乗った。


「うん。私もそう思う」


 ボクの怒りに、継音さんが賛同する。


「だからさ、私も好き勝手しようと思うんだ」


 すると継音さんは、スマホを取り出して画面を操作し始めた。操作し終えると耳にスマホを当てる。誰かに電話をかけていたようだ。

 間もなくして「もしもし」と継音さんが喋る。


「おはよう。山木くん」


 電話の相手は山木さんだった。


「今日は学校に行くのかしら? ……、えぇ。今日は平日ね。……、もちろん知ってるわよ。普通の学生が平日は学校に行くことくらい」


 継音さんは、昨日は何もなかったかのように平然と話し続ける。知らないふりをして山木さんを泳がせるつもりなのか。


「けどね、昨日のことがあったのに、どうしていつも通りに学校に通えるのかなって思ったのよ」


 その予想は間違いだった。


「私のユズちゃんにあんな目に遭わせといて、なにのうのうと通学してるの? なんで何事もなかったかのように連絡して来ないの? あんなことをしたら、普通は謝罪するわよね?」


 継音さんのスマホから山木さんの声が聞こえる。何を言っているのか遠くて分からないが、必死な雰囲気であることは伝わった。


「は? 呪霊に操られてた? だからなに? そんな言い訳が通用すると思ってるの? 馬鹿じゃないの? そんな言い訳が通用するなら、私は何回もユズちゃんにセクハラしてるわよ」


 怒涛の追及が続く。徐々に山木さんの声が聞こえなくなってきた。


「許さない」


 継音さんは、憎悪を込めた声を放つ。


「今日の夜、あなたを呪いに行くわ。死ぬまで苦しむ呪いをかけてやるんだから」

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