第3話

 翌日の放課後、ボクは城央高校の校門前に来ていた。放課後になってから大分時間を過ぎているため、下校する生徒は少ない。だから山木さんの姿を見つけるのは簡単だった。

 山木さんは校舎から出てきて、校門まで歩いて来る。ボクを見つけると「お待たせ」と声を掛けてきた。


「えっと……ユズさん、だよね?」

「はい。昨日会いましたよ」

「そうだけど、昨日と服装が違うから……」


 山木さんがボクの体に目を向ける。彼の言う通り、ボクは昨日と大分違う服を着ている。

 白のブラウスに赤いリボン、チェックのスカート。城央高校の女子生徒の夏服だった。


「学校を調べるなら、制服を着た方がやりやすいから」


 継音さんはこういうときのために、付近の学校の制服を全て用意していた。今回のような調査のために、あらかじめ購入していたそうだ。その全てのサイズがボク用しかなかったことには疑問を抱いたが、せっかく用意しているのだから活用しない手はない。

 というわけで、ボクは城央高校の制服を着て侵入することになった。制服を着ているうえに、本物の生徒が同行者だ。ばれる危険性は極めて低い。


「じゃあさっそく、山木さんの教室を調べたいので案内をお願いします」

「分かった」


 山木さんに先導してもらって後に続く。持参した上履きに履き替えて校舎に入るまで、誰にも遭遇することは無かった。人が少ない時間帯のため、容易に調査が出来そうだ。

 山木さんの隣を歩きながら教室へと向かう。山木さんの教室は二階の一番奥にあるそうだ。

 教室に着くまでの間、山木さんはポケットからお守りを取り出して今日のことを話してくれた。お守りが効いて静かに過ごせたとか、気が楽になったとか、急に人が来なくなって寂しかったりとか……。

 話しながら歩いていると、目的の教室に辿り着いた。教室には誰もおらず、机が整然と並んでいるだけで変なところは無かった。


「高校の教室って、中学校とたいして変わらないんですね」

「……ユズさんって中学生?」

「そうですよ」


 ボクはスクールバックを床に置く。開けると中からネネが出てきて、固まった体を解すために前脚を大きく伸ばしていた。


「山木さんの席ってどこですか?」

「……あそこ」


 山木さんは窓側の一番奥の席を指差す。ネネは山木さんの席に近づき、机の上に飛び乗った。そこから辺りをきょろきょろと見渡した後、ボクと目を合わせてこくりと頷いた。


「じゃあ今から調べますので、廊下で待っててください。終わったら呼びますので」

「え? 見てたらダメなの?」

「ダメです。危ないので」


 適当なことを言って山木さんを教室から閉め出すと、ボクはネネの下に向かった。


「何か分かった?」


 ネネは「まぁね」と言って、山木さんの机を前脚で踏むように叩く。


「霊気が学校全体に広がってる。中でも霊気が強いのがこの教室だ」


 霊気は霊力の塊である《霊源》付近や呪霊がいる場所に発生する。今回の場合は後者だ。


「奴はここで力を使ってたんだな。この霊気の広まり具合だと、あと二週間で学校を支配されてたね」

「支配って……全員が山木さんを王様として扱うってこと?」

「そ。学校中の生徒と職員が、山木を敬い褒めたたえる。そんな学校になってたろうな」


 全員に敬われ、崇められる。誰もが肯定し、賛同する。呪霊はそんな環境を山木さんに与えようとしていた。

 呪霊は人の想いで生まれる。主にそれは負の感情が原因で、山木さんに憑りついた呪霊も同様だ。

 誰かの想いが呪霊を生み、山木さんに憑りついてる。山木さんに対し、並々ならぬ感情を抱いていたからだ。

 呪詛士が呪霊を生んだ切っ掛けは分からない。それはこれから調べることだ。

 しかしその理由がどうであれ、納得できないことがあった。


「けど、何であの呪霊を生んだんでしょう?」


 山木さんは《虚飾》に憑りつかれており、その現象に違和感を持っていた。だが変に感じているだけで困ってはいない。むしろ嬉しそうにしていた。

 呪霊は人に危害を与える存在だが、現時点では山木さんに深刻な被害は無い。山木さんを恨んでいるのなら、もっと直接的な被害を与える呪霊を生んでいたはずだ。

 呪詛士は何のためにあの呪霊を生み、王様に仕立て上げているのか。そこに何の狙いがあるのか。

 考え込んでいると、「それを調べるのが結弦の仕事だ」と言って、ネネは机から床に飛び降りる。


「オイラが任されたのは呪霊の影響の調査だ。何が原因とか、呪った理由とかを調べるのは専門外だ。猫だからな」

「けどネネはボクより呪いに詳しいじゃないですか。経験豊富なネネさんから助言をいただきたいです」

「継音ならともかく、オイラにそんな安っぽい煽てが通じるかってんだ。アドバイスが欲しけりゃ高級キャットフードでも用意しな」


 ネネは床に置いていたバッグの中に戻り、体を小さく丸めた。どうやらネネの仕事はこれで終わりのようだ。

 ボクは助言を諦めてバッグを閉めようとする。その直前、「けどな」とネネが顔を上げた。


「今回の呪霊が生まれた切っ掛けには、山木が強く関わってる。あいつをよく調べることだな」

「……山木さんに憑りついてるんだから、関わってるのは当然じゃないの?」

「そういうことじゃない。ま、ともかく調べてみろよ」


 そう言ってネネは頭を低くしてバッグの中に入る。もう喋らない様子を見て、今度こそバッグを閉めた。

 教室の調査を終えて廊下に出ようとしたとき、黒板の横の掲示物が視界に入った。時間割表やお知らせの書類が貼られており、その中には二枚の集合写真もあった。周辺の景色から、宿泊研修で撮ったものと推測できた。

 両方とも別々のポーズをとっている生徒が何人かいる。それ以外の生徒は小さい笑みを浮かべているだけで、よくあるクラスの集合写真である。二枚も貼ってるのは、二種類のポーズで撮った写真を両方載せるためだろう。

 ただそのうちの一枚に、妙に目を引く人物がいた。


「緊張しすぎでしょ」


 前列中央で、ぎこちない笑みを浮かべている山木さんだった。

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