第551話、弟子達と一緒に行きたい錬金術師

「メイラ、パック、今日は私も行くからね! 良いよね!?」

「は、はい。わ、解りました・・・」

「しょ、承知しました・・・」


フンスと気合を入れ、二人に宣言する様に同行を告げる。

二人はそんな私の勢いに少し驚いた様子で、けど拒否はしなかった。

その事にホッとしつつ、ちょっと気持ちが前のめり過ぎた事が恥ずかしい。


「じゃ、じゃあ、精霊達、準備しようか」

『『『『『キャー!』』』』』


誤魔化す様に指示を出し、元気よく答える山精霊と共に家を出る。

とはいってもやる事は殆ど無いけど。何せ今日は買い物に行くだけだから。

何時も通り山精霊が荷車を取りに行き、中に空の樽や箱を乗せるぐらいだろうか。


それでも久々に弟子達と一緒に行けるので、私としては気分が上がる。

だって最近は買い出しになると、私一人でお留守番なんだもん。

出かける事が楽しいなんて、昔の自分じゃ絶対に考えられなかったなぁ。


とはいえ一人で市場には行きたくないから、余り成長はしてないけれど。

あくまで弟子達と一緒に居たいから、というのが私にとっては大事な事だ。


『『『『『キャー♪』』』』』

「ん、ありがとう」


必要な物を積み込み終わり、準備が出来たと庭の中央へ荷車が置かれる。

駆け寄って来る精霊達に礼を言って、弟子達へと振り返った。


「先生、今日はやけにご機嫌ですが、市場に何か気になる物でも?」

「ううん、別に市場には興味無いよ」

「へ? じゃあセレスさん、何でそんなに楽しそうなんですか?」

「だって、一緒に行こうって言わないと、二人共私の事置いて行くと思ったから・・・」


元々はメイラが独り立ちする為に、何時までも怖い事がら逃げない様にと始めた事だった。

最初はまだ買い物は一緒に行ってて、荷車から見守事ぐらいは許してくれたのに。

気が付くといつの間にか、二人で買い物に行って私はお留守番が定番になってしまった。


勿論私は市場に行きたい訳じゃない。どちらかというと行きたくはない。

だって人多いし。この街は良い人が多いけど、それでも知らない人はやっぱり怖い。

特に市場は見慣れた店員だけなら兎も角、当たり前だけど見慣れない客が沢山居るもん。


一人なら行きたいなんて決して思わない。必要が無い限り絶対に行かない。

けど二人に何時までも置いてかれているのは、何だか段々悲しくなって来ちゃったんだ。

なので次の買い出しこそは一緒に行こうと言う為に、前日の夜から気合を入れていた。


「だから、偶には一緒に行きたいなって、思ったん、だけど」


胸元で両手の指を組んでグネグネしながら、段々ちょっと不安になりながらそう告げる。

やっぱり二人で行きたかっただろうか。余計な事を言ってしまっただろうか。


「・・・セレスさんって、時々物凄く可愛いですよね。ね、パック君」

「先生は何時でも美しいと思いますよ」

「そういう定型文の誉め言葉じゃ駄目です。はい、パック君素直に」

「う、まあ、その、年上の女性に、それも師に告げるのは憚られるのですが・・・可愛らしく思う事が多々有りはします」

「良く出来ました!」

「・・・メイラ様はメイラ様で、時々びっくりするぐらい押しが強いですよね」


すると何故か弟子二人に『可愛い』と言われてしまった。何故だろう。

可愛いのは二人の方であって、私ではないと思うよ。うん。

ただパックは何故か少し顔を赤くしていて、メイラだけがとても満足そうだ。


「じゃあ、えっと、セレスさんは一緒に買い物が行きたかっただけ、って事ですか?」

「うん、駄目かな?」

「いいえ。むしろごめんなさい、セレスさん。私自分の事ばっかり考えてました。早く一人前にならなきゃって・・・でも今日は甘えます。一緒に来てくれますか?」

「う、うん、勿論!」


メイラがパスっと抱き着いて甘えて来たので、私は喜んで抱きしめ返す。

えへへ、良かった。嫌がられたりとかしなくて。


『『『『『キャー♪』』』』』


そうしていると今度は山精霊も仲間に入れてと、私達を覆う様に飛びついて来た。

黒塊がそっと混ざろうとして、家精霊に掴まれ阻止されているのが視界の端に映る。

いつもながら不憫だけど、私がうっかり触ると危ないので許して欲しい。


そんなこんなで弟子二人の許可も貰えたので、荷車を動かし街道へと向かう。


街道に出る前に何時も通り精霊兵隊さんに先導して貰い、ノンビリと市場へ。

移動の間の私はメイラを抱きしめたままで、終始ご機嫌だったと思う。

パックがそっと離れたのだけは残念だったけど。今日も逃げられてしまった。


「・・・今日も、市場は、人が多いね」


ただ市場に辿り着くと、当然というべきか、楽しさよりも緊張が強くなって来た。

慌てて仮面をつけてから、そっと幌を開いて市場を見つめる。今日もとても人が多い。


「そうですね。でも今日はまだ少ない方じゃないですか? ね、パック君」

「ええ、何時もに比べれば少ないかと思います」


けれど弟子達は当然の様にそう答え、私は内心「えぇ」と怯んだ気持ちになっていた。

でもここでそれを口にすると多分置いて行かれてしまう。それは嫌だ。

ぐっと弱音を堪えて気合いを入れて、メイラの手を握ってから外に出た。


因みにメイラも既に仮面をつけていて、やっぱり仮面無しは怖いらしい。

女性相手ならまだ良くなって来たけど、男性だと上手く声が出せなくなるそうだ。


「セレスさん、どうしたんですか?」

「先生、何かありましたか?」

「・・・ううん、行こうか」


久しぶりに市場に立ったせいで、少しは慣れたはずの事すら緊張して来た。

そのせいで足が止まり、けれど弟子達に問われて慌てて足を動かす。

ただその後は順調だったと思う。何せこの市場の商人は優しい人が多い。


それに弟子達は可愛がられているみたいで、皆二人にもとても笑顔で接してくれる。

おかげで市場に来てすぐよりは緊張が和らいで、周囲を見る余裕も出て来た。


「え、無いんですか?」

「ええ、すみません。錬金術師様のご要望にはお答えしたいのですが、少々仕入れに手間取っておりまして。本当に申し訳ありません」

「い、いえ、そんなに謝らないで下さい。無いなら仕方ないですよ」

「ありがとうございます。そう言って頂けると助かります」


弟子達と商人の会話を聞く余裕も出て来て、ただそんな事が今日は多いなと思った。

全く無い事も有れば、量が少なくて売る数を制限して居たりと。

何やら一部地域からの仕入れが滞っているというか、仕入れられなくなっているそうだ。


おかげで家精霊に頼まれた物も、幾つか手に入らないまま帰らないといけなくなりそう。


「・・・ん?」


そんな市場の中で、とある物が目に留まった。

鮮やかな装飾品が並んでいて、思わず足を止めてしまう。

普段は装飾品になんて興味無いけど、それには目を引く力を感じた。


「おや、錬金術師様は、装飾品にご興味がおありで? 良ければお一つどうですか?」


にっこりと笑う店員を見てから、再度視線を装飾品に落とす。

とても綺麗な細工だ。作った人の技量の素晴らしさを感じられる。

装飾品には余り興味がないけれど、この細工には見惚れる程に技術が詰まっている。


「・・・手に、取っても、良いかな」

「ええ勿論。どうぞ好きに見て下さい」


許可を取って装飾品を手に取り、細工をじっくりと確かめる。

見れば見るほど惚れ惚れする細やかな装飾に、胸が熱くなる気がした。

宝石の類が付いてはいるけど、この細工の為にはそんな物オマケでしかない。


「・・・これ作った人は、凄い人、だね」

「そうでしょうそうでしょう。生憎製作者は教えて頂けませんでしたが、この細工に一目ぼれして仕入れたのですよ。幸いこの街は裕福な方も多く、それなりに購入して頂けております」


そっか、製作者は解らないのか。これだけの物を作る人なら、少し会ってみたかった。

とはいえ会った所で、初対面の人と私が真面に会話出来る様子が頭に浮かばないけど。

むしろいつも通り怒らせそうだ。うん、その可能性が一番高いね。想像したら泣きそう。


でもその時は、頑張って話してみたい。色々その人に聞いてみたいな。

この気持ちはアスバちゃんと仲良くなろうと、そう思った時に似ていると思う。


「・・・そう、頑張ってね。応援してる・・・私も、頑張るから」

「へ? は、はい、あ、ありがとうございます」


その気持ちが逸ったせいで、言っても仕方ない事を口にしてしまった。

ちょっと恥ずかしい。思わず自分に対して顔を顰め、そそくさとその場から去った。

まあ、頑張るって言っても、どこの誰とも解らないから頑張り様が無いんだけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


―――――――焦った。心の底から焦った。何故今日に限って出て来たのか。


最近錬金術師が市場に居ないという事は、商人達の当然の認識だった。

弟子達に買い出しを任せ、自分は家で作業に専念しているのだろうと。

だから顔を合わす事等ないと、何よりも装飾品に興味など無いだろうと思っていた。


だがその錬金術師がぴたりと、俺の店の前で止まって装飾に目を付けた。

最初はまさかと思い、そして流石に錬金術師も女かと思い、慌てた心を抑える。

にこやかに、何時も通り、誰に対しても同じ様に心掛けた接客をして。


「・・・これ作った人は、凄い人、だね」


ただその際に錬金術師が告げた言葉に、思わず心からの笑顔になっていたとは思う。

この作品の制作者を知らないというのは嘘だ。本当は誰が作ったか知っている。

だがそれを公開するつもりが無いので、嬉しく想いながらも知らないと答えた。


装飾には安めの石が使われており、そちらをメイン見てに買う人間も多い。

だがこの装飾の真価は細工の方だと俺は思っている。

とはいえだからこそ、余り高い金額で売れないという所もあるのだが。


いや、理由は他にも色々とあるが、ともあれ細工を評価されたのは嬉しい。


「・・・そう、頑張ってね。応援してる・・・私も、頑張るから」


だが、この言葉でそんな気持ちが困惑になり、そして一瞬で冷や水を浴びた気分になった。

最初は何を言われたのか、何を頑張るのか、本気で理解出来ずに流してしまった。

けれど錬金術師の去っていく姿を見て、じんわりと何を言われたのか理解した。


『その装飾の製作者は誰か解っている。中々に良い腕だが、こちらも対抗準備はしている』


今のは、そういう意味だ。俺が誰なのか、どこの国の草なのか理解しての言葉だ。

何時だ。どこでだ。どうしてばれた。対策は万全だったはずだ。

精霊達の監視から逃れる為に、国内では手紙のやり取りすらしていないのに。


しかも草と知った上であの女は俺を見逃した。好きにやれと言わんばかりに!


「・・・あれが、錬金術師か。成程、恐れる国が居る訳だ」


あの女には手札が多く、けれどまだ公開していない手札がごまんとある。

そう告げられた事を本国に伝え、その上での作戦を立てて貰わねば。

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